第1話 夏の始まり
高校二回目の夏休みは時間を持て余していた。
両親は共働きで家に一人、何をするでもなく時間を浪費する。
他者からの干渉を拒絶してきた俺に当然友達なんているはずもなく、だからと言って宿題も手に付かない。 この無意味に消費するだけの日々は永遠にすら感じられ、まるで時間の牢獄に閉じ込められているようだった。
俺はこの牢獄から逃げ出すかのように特に目的を持たず家を出る。
暇なときはいつも図書館で陽が沈むまで読書を勤しむ俺は、今日もその例に漏れず最寄りの図書館へ向かう。
道すがら通りかかった公園ではネクタイを緩めスーツを着崩したサラリマーマンが炭酸飲料を
この程度の夏の暑さや耳障りな蝉の声も彼女たちにとって人生を彩るための演出でしかないのだろう。
そしてその誰もが俺とは別の次元を生きているようで眩しく思えた。 そんな当たり前で、でも色鮮やかなはずの世界から逃げるように歩みを進める。
10分ほど歩いたところで通いつめている図書館にたどり着いた。 中はエアコンがよく効いていて、外との温度差も相まって少し肌寒く感じた。
図書館に入るとすぐに新刊エリア、ミステリーにファンタジーと気になった物を物色しては館内を回る。
俺は何も考えずにただ没頭できるような他者が創った物語が好きだ。 文字を追っているときだけはモノクロにしか見えない俺も普通になれる気がするから。 だから読む本はジャンルレスだし乱読派になった。
だけど、今日俺が手に取ったのは馴染みの薄い恋愛小説だった。 あまり読まない恋愛小説を手に取ったのは新しい物語に出会えることを期待したというのもあるが『モノクロの君』というタイトルに惹かれるものを感じたからだ。
俺はいつも通り階段を上り特等席であるテラスの一番奥の席へと向かう。 ここのテラスは屋外ではあるが直接陽が当たりにくい創りになっていて、よく風が吹き抜けるからそこまで暑さを感じることはない。
それでもクーラーの効いた室内にいる人が多く普段テラスに人影はない。 だからこそ周りを気にすることなく読書に集中できると思い、この場所を好んで利用している。
だが、今日は一人先客がいた。 それ自体は珍しいことでもなく、俺は一番奥の席に向かう。 そして先客である彼女のそばを通りかかろうとしたその瞬間、俺は目を見開いた。
今までモノクロだったはずの視界が色鮮やかに染められていく。 テラスから見える青々とした草木や赤、黄色、紫と美しく咲き誇る花々、黒で統一されたインテリア、そしてそのどれよりも目の前の女の子は際立っていた。
真っ白の制服に身を包みそこに彩を足すかのように胸元に添えられた赤いリボン、そして風がなびかす黒く綺麗な長い髪。 それらが相まって彼女の美しさを引き立てる。 見ているものはさっきまでと同じはずなのに見えているものがさっきとは別物に感じる。 テラスからの風景をバックに本を読む彼女はまるで何かの映画のワンシーンの様で全ての色がこの子のためだけにあるように思えた。
「……あぁ」
感嘆の声が漏れる。
こんなに美しいと思えたのは初めてだ。 息をすることさえ忘れ俺の視線は目の前の女の子に注がれる。
もっと近くで見たい、もっと長く見ていたい。 そう思うと同時に俺は一歩彼女に向って歩みを進めていた。
視線に気づいたのか彼女は本から顔を上げる。 視線が交差することでまた胸が弾む。
警戒と少しの困惑に満ちた顔でこちらを見上げる彼女は「……なんですか?」と聞いた。
その凛として澄んだ声はまるでピアノの音色のようだった。
景色はモノクロに戻ってしまっていたけどあの光景が目に焼き付いて離れない。
高鳴る鼓動を抑える事ができず、頭によぎった言葉がそのまま口から漏れる。
「……好きです」
あの夏の日に、色鮮やかな世界で 不破伊織 @FUWAIORI
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