第7話伊達巻の犬

ケチ臭い私を鳴き声で嘲笑う老犬、クッションで丸くなるのを見イラッときて、目的地を変更し、此奴こやつが捨てられたスーパー駐車場へ放置してやろうかと、ちょこっと脳裏をよぎる。


だが安心しろ犬よ私は慈悲の権化ごんげ、専用ゲージに1時間の軟禁なんきんで許してやる、ありがたく思え。


この犬はお座敷犬らしく贅沢なため、人間様の部屋で暮らすのが当然だと勘違いしているようで、扉を閉めてゲージに放り込むと狂ったように鳴く。30分ほどすればゲージが浮くほどガンガン暴れ散らす。仕方なく出してやっても私以外家にいないとわかれば鳴く、ずっと鳴いている。近所迷惑もいいとこだ。


で結論。こいつはゲージが嫌い、だからしつけには持ってこいだが、入れれば鳴きわめくから躾には効果がないと判明。それでもうるさいから試しに鳴きだすと、扉を開けたままゲージに突っ込む。すると3、40分静かになった。何をさっしたのか知らんが、犬には犬なりの複雑な事情があるようだ。知らんけど。


八幡市で1つ言い忘れたことがある、松花堂庭園美術館のこと。


ここは都合3、4回行ったかな?岩清水八幡宮と関係のある寛永かんえいの三筆『松花堂しょうかどう昭乗しょうじょう所縁ゆかりの茶室などが有料で見れる。


美術館も有料だが、付属の日本料理レストラン京都吉兆きっちょうが提供する、松花堂弁当はコンビニ弁当より高額でも金持ってる奴は食え、グルメ話のネタにはなるはずだから。そんな美術館では、2020年の大河ドラマで憎たらしい摂津晴門せっつはるかど役を熱演した、肩書き不明のお笑い兼俳優が、暇な時に描いた日本画っぽい絵を拝見したことがあった。プロの絵描きでもないくせにそれなりに上手かったので、しゃくに触った私は塗り潰してやろうかと思う。


でも京都府警に逮捕されそうなので断行はしなかったし、美術を愛する館長に地獄の底まで追いかけられる、そうなったら怖いのでやはり塗り潰しは断念した。


微かなエンジン音がする車内。生意気なオムツ犬も、おせち料理の伊達巻みたいなポーズでスヤスヤ鼻息はないき、1人と1匹を乗せたトヨタカーは、大過たいかなく八幡やわた市をあとにする。


助手席に乱雑に積まれた私物の上には、薄緑うすみどりと黄色が目立つお馴染みのパッケージ、スナック菓子のカールチーズ味だ。開封後に洗濯バサミでフタをして、小腹がすいた時にでも食べようと思っていた。しかし結局、犬を送り届けて大阪の住処すみかに戻るまで、手をつけることはなくお蔵入り。


さすがにいい歳の私が、もしゃもしゃ食べるにはビジュアル的にもキツい。今思えば必要かもしれないと、不必要なものを旅に持参するあるあるネタではないだろうか?他にも折り畳み式の将棋盤。助手席の足元に縦に置いているため、ブレーキを踏むたびにダッシュボードにコツコツ当たりうるさい。滋賀県の親戚と指すかもしれないと用意したが、これも使用せずに持って帰るハメに。


丁寧に指せば3、4段にも勝つ親戚は高齢だが、いつわりの初段を自認している。自分の実力を低く見せて実は強いって言う、勝負事ではよくある話。しかし今回私はコンピューターソフトで修行した、なので自分を低く設定して実は強い高齢初段を、キャいんと言わせたかったが、ウイルスが流行していた時期だから、会うのは避けた。そのため次の機会にキャいんと言わせることにする。


安物主体の縁台将棋と比べたら、高級な駒と盤を隣に置き、私の運転する車両は、広大な田んぼでそれなりになごむ、久御山くみやま町をしれっと通過。


この街は宇治市に良いところを全部吸い尽くされ、伏見区の最近復元されて、歴史的価値の希薄な伏見桃山城に見下ろされ、石清水八幡宮の神様に見放され、目立たないことでライバル関係にある城陽じょうように、ちょうである久御山町は基礎自治体として遅れをとる。


それでもなんとか、相当頑張って街の記憶を捻り出し、久御山町のピーアールに役立つネタを提供しよう。


今回は車移動だが以前は第二京阪道路下を、原付バイクで大阪京都間を行ったり来たり。そのため一般道から見上げる高速道路の構造は、目に焼き付いている。ここで注目すべきは、久御山ジャンクションの立体交差部。コンクリートと鋼材が見事にかたまりとして成立した、無駄にデカい現代アートを連想させる。


久御山の数少ない名物スポットの1つとしてランクイン。田んぼ見物を堪能たんのうした帰りにでも、ぜひ見上げてごらん。道路管理団体が保有する資金力の大きさを、知ることになるから。


一定のスピードで進行する、車の両サイドに流れる久御山ビュー。稲刈りが終わってしばらく経過した田んぼには、青い雑草が生い茂り、その上を綿雲の影がゆっくり移動していた。老いた犬と私は、そんなヒーリング映像に癒されながら伏見区に突入。


以前からこの辺を通るとき、城らしき物体が見えて気にはなっていたが、検索して調べてみると、あれが復元された伏見桃山城であるらしい。高速道路上から見える、豆粒ほどの天守閣はいかにも安っぽい。誰かが趣味で建てたプラモデルではないかと、初代主人と話したもんだ。


ただ行ったことのない城より、見物したことのある醍醐寺での大切なヒストリーを語ろう。


醍醐寺の歴史的背景については、多言語百科事典ウッキキ〜ペディア(仮称)でそれぞれが調べるとして、もっと重要な売店での出来事を述べたい。


醍醐寺観光をサクッと済ませた私は、急速なデジタル化の波にのまれ、今では絶滅危惧種になりつつある、写真付きポストカードを吟味しながら、買うか買わないか売店の熟女店員と交渉。赤い紅葉もみじが鮮やかな写真を褒めて、値段を下げようと試みるも、熟女には撮ったカメラマンの自慢だけされて、あえなく撃沈。しぶしぶ少々割高な数枚セットを購入した。


今でもそのポストカードは未使用で、どこぞの引き出しにでも入っているはず。引き出しの場所は忘れたが。


以上が重要な醍醐寺での出来事だ。


重要な出来事と言えば『中華料理おあずけ事件』を語ろう。


ロードマップが希薄な頃は、色々な道を探り探り開拓した。その1つに京都府道7号線がある。第二京阪道路がまだ大阪直通でなかった時代、初代と2代目御主人様を乗せた車が、国道1号線経由で府道7号線を通行中、ちょうど小腹が空いたと初代が言い出し、中華料理で本家の中国大陸を制覇するつもりの『餃子の〇〇』に立ち寄った。


餃子にチャーハン、酢豚と天津飯は安価で絶品。ラーメンもそこそこ美味い。そんな中華料理屋に来店するつもりでいた私を残して、初代と2代目は店舗内に消えてゆく。金がない私は、オーディオからたまたま流れ出る、竹内まりあの『駅』を聴きながら、空腹を凌いだもんである。


数十分後、満腹になった両名が車中に乗車すると、ニンニクのどぎつい匂いが充満。酸欠状態を回避するためパワーウインドウを下げ、真冬の冷気で車内の空気を循環させた。高カロリーの食事で、すっかり脂ぎった初代と2代目は、悪寒を訴えたが、私は運転に集中するため申し出を無言で却下した。


言っておくがこれは決して復讐ではない、送迎を託されたプロドライバーによる、ベストアンサーだと自負している。


それぐらいだな、伏見区でのエピソードは。


犬もフゴフゴ寝息を立てているので、私は尻を指でつついてやりたい衝動を抑え、車は次の街へと移動する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る