第5話老犬の発情期

道路より低地に造営された寝屋川公園が後ろに遠ざかってゆく。下り坂をスローペースで走行すれば、第二京阪道路がはっきりと見えてきた。車は高速道路下をくぐり側道に侵入するため右折レーンに、寝屋川公園西2号交差点前で一旦休止の信号待ち。


過去に電車賃を浮かすため、原付バイクでここを直進し、曲がりくねった複雑怪奇な道を走破しながら、何度も京阪電鉄枚方公園駅の駐輪場まで行ったもんだ。


途中には成田山不動尊なる寺、千葉県の新勝寺しんしょうじが有名らしいが、別院の寺も霊験あらたかだ。ご利益には交通安全・商売繁盛・健康長寿・合格祈願・賽銭さいせん歓迎・庭掃除にわそうじ求む、などなど。残念ながら私は先をちょう急ぐので、参拝したことがない。


道中には改名まえのアイドルグループ、◯坂46と同じ名の欅が立ち並ぶ、美しい大通りも見もの。もしアイドルたちがここで野外コンサートなどすれば、私のペンネームサインをプレゼントするつもり。間違いなく喜んでくれるだろう。


以前は京都や滋賀へ出向くのに、枚方公園駅の駐輪場をよく利用したが、現在では、学研都市線で河内磐船かわちいわふね駅から、京阪電鉄交野かたの線経由の電車移動に切り替えた。総走行距離が5万キロをゆうに超え、もうすぐお迎えがくる、臨終りんじゅう寸前の原付バイクに、枚方までの道のりは厳しいのでおま。


原付バイクで、ブイブイ言わせてた頃のことを考えているうちに青信号。交差点めい寝屋川公園西2号を直進せずに、右折レーンから第二京阪道路沿いの側道へ。比較的信号の少ない側道では、街路樹の歩道を左に眺め、右に国道1号線バイパスの遮音壁しゃおんへきで、騒音から守られながらも、天下のトヨタ車はズンズン進む。


横断歩道と交差点を、1つずつ過ぎたあたりにショッピングセンター。ギリギリ都会の広い敷地は土地代も安くないはず、様々な店舗が固定費と利益を捻出ねんしゅつするため、日夜消費者争奪戦を繰り広げている。


センターの経営母体はホームセンター。滋賀県奥琵琶湖の老婦人の娘が務める、土木事務所で雇用されていた当時のこと、早朝出動のため、小学校体育館の解体工事現場は開場されておらず、仕方がないので、職人の聖地ホームセンターに立ち寄った。


初めてきた場所は、色々調査するのが趣味である。目を離すとどこかへ行く幼稚園児のように、私は先輩作業員を放置してウロウロ。調査が終わり、工事現場へと戻る車中で聞いた話では、コーヒーなどが無料で飲めるコーナーがあったらしく、タダが大好きな私は、くやしくて血の涙を流したことを痛切に覚えている。


しかしこのホームセンターのことを、1時間近く検索して調べたが、無料コーヒーの情報は得られなかった。フェイクニュースの蔓延まんえんする時代、自称ジャーナリストの私は、改めて裏どりの大切さを心に刻む。


無料コーヒーを調べるためだけに、1時間は長えだろ、無駄な浪費で執筆スピードが極端に落ちた。口惜しいので浪費した分もネタにしてやったぜ、ウキョキョ。


ちなみに、親戚からわざわざ紹介してもらった土木事務所、約1ヶ月の見習い期間を終えて、そのまま離職。辞めた理由は国家機密のため明かせないが、私は晴れて親戚一堂に、穀潰ごくつぶしの烙印らくいんたまわる。(別に問題を起こしたわけじゃない、よくある人間関係ってやつだぴょん)


幻となった無料コーヒーを、ブラックで飲みたかった私は、ショッピングセンターを尻目しりめに、側道から国道へ。透明のアクリル板で囲われた遮音壁が、視覚的にそこそこ邪魔な合流地点。国道1号線バイパスから流れてくる、優先車に入れてもらえるかビクビクしながら、右に向かって手を挙げた。ちわっすって感じで。


箱車のトラックドライバーは「うむ、入るがいい」てな態度で、ゆっくり頷く。私は「誰にものを言っている」とは語らず、侵入後お礼のハザードランプを3回ほど点滅、律儀に交通マナーを遵守じゅんしゅした。


第二京阪道路のインターチェンジ前、最後の交差点で赤信号。気持ちを切り替えるため、上の空で聞いていた、ワンセグのワイドショーに何の未練もなく決別。AV機能をオーディオモードに設定し、マイベストソングから『パリは燃えているか』をチョイスした。


青信号で車が前に進むと同時に、立ち込める暗雲と、切迫感をイメージした様な旋律が、スピーカーを震わせる。硬派なドキュメンタリー番組のメインテーマ曲だっただけに、足元から音が迫り上がってくる感覚は、車内にいる私と犬に、生きるとは何かを突きつけてくる。


高速道路入り口に車の前輪が踏み込んだ。天に向かって伸びるスロープを上がりながら、オムツ着用の老犬と運転手の私は、フロントガラス越しに広がる青い空を、いつになく引き締まった表情で見つめる。


わかるか犬よ、これから進むべき道の険しさが、お前にもわかるのだな。


音楽の重厚感に影響された老犬と私は、猛スピードで疾駆しっくする、高速道路の車列に戦いを挑むため、心のボルテージを徐々に加熱させて行く。


覚悟は良いか犬よ!


ワン!


なんてやりとりが、犬との間に成立してたかどうかはともかく、特別な使命感に燃える室内に反比例するように、トヨタのコンパクトカーは、無難に第二京阪の第一走行車線に到達。交通量は並以下で、フロントガラスから上空を流れる青い空には、白い雲が漂っていた。


バックミラーを下げて犬の姿を盗み見ると、奴め、チョコレートロールケーキのように、クッションで丸くなっている。魚肉ソーセージを、1本丸ごと食う夢でも見ているのか?


魚肉ソーセージと言えば、セレブ気取りの犬のために、激安じゃない普通のスーパーで購入した8本(内2本は私の胃のなかに消えた)を、家のチルド室に置き忘れてしまう。チクワに続き改めておのれの失態を痛感し、残された魚肉どもを、マヨネーズケチャップをつけて、残酷に食うことを犬に約束した。


しばらく低速走行用の、第一走行車線をのんびり進行していたが、第二走行車線も空いているので、左にウインカーを出し、追い抜き上等じょうとうの、第三走行車線の暴走車に警戒しながら車線変更。第三を走る高級ポルシェが、私のトヨタカーを追い抜いて行く。高速道路をサーキット場と勘違いするやからは、覆面パトカーに捕獲してもらえ、それが世のため人のためだと、ねたみを込めた呪いを邪神に祈願。


金持ちに対する嫉妬の祈願が、届く届かないに関係なく、時おり遮音壁の開放された区間では、平凡な大阪府の街並みが流れすぎた。やはり有料道路はスイスイ行くね、信号待ちと人の行き来にわずらわされない高速移動も、それなりに緊張感はあるし、運転が単調で睡魔に襲われるが、心身の疲労感は一般道より楽。


これでタダなら文句ないのに。ドライバーから半強制的に通行料を徴収する闇の勢力、道路管理団体の金の流れを猛烈に気にしながら、車は三車線道路の真ん中をひた走る。


オーディオの『パリは燃えているか』が一段落してラジオにチェンジ。ちょうど誰かのインタビュー中に、ラジオ内から犬の鳴き声。後部座席のオムツけんが反応。犬の性別はオス、ラジオの鳴き声はメスのようだ。


老いても本能を忘れない、犬はクッションの上でクルクル、歓喜のダンスを披露した。


まだまだ続く私のドライブノベルは、高速道路上で老犬の発情期を迎えるなど、ハラハラドキドキの急展開がつづき、この先も様々なハプニングが、待ち受けているであろうことが予想された。

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