第3話チクワ忘れる
10分そこらで老犬と一緒にここまでやってきた。
しかし滋賀県奥琵琶湖の片田舎までロングな道のり、ゆるりそろりと進むことにする。
あまり利用しないタイプのコンビニ店そば交差点で赤信号。斜め右には、雨季に一時期使用したコインランドリーを発見。犬用品を洗濯乾燥するため、わざわざここまで足を運んだ時代が懐かしい。現在は自宅近くにランドリーが新設されたので、もっぱらそっちを多用する、と言いたいが金がもったいないので天日乾燥。
ペット用品を洗濯乾燥するのは気を使う、ドラム内に犬の
信号がブルーに。エンジンに無理をさせないよう、アクセルを丁寧に踏む。滅多にない
だったら全線一般道にしろって?
それはそれ、我が家の2代目主人が、無言でETCカードをダイニングテーブルに置いていた。それを使用しないと、後でどんな災難が発生するかわからない、居候の私に選択の自由があると思うかね?
ただし有料道路が嫌いなわけじゃない、有料には有料の良さがる。自腹だと絶対一般道だがな。
2代目主人が購入した、業界で知らぬ人のない車メーカートヨタのコンパクトカーは、問題なく前進する。発光ダイオードの信号機がレッドに点灯、実際は青や黄色の時もあるが、話の関係上、赤の方が都合が良いので、ストーリーはそんなで進行するらしい。
助手席の向こうにまたコンビニが、私が
北西には元ファミリーレストランの現焼肉屋。うまそうな名称の焼肉屋の、前身だったレストランでは、就職面接をしたことがある。
通信最大手の撤去済み電信柱跡を、舗装するレア業種。マンツーマンだったらしく、従業員が辞めて、やつれた顔の親方は非常に気前がよく、なんでも食べて飲んで良いと、大盤振る舞い。だが初対面でガツガツ食うほど、精神が壊れてない私は、遠慮気味にダージリンティーと、ベイクドチーズケーキを注文。レア業種の代表兼社長がさらにすすめるも、私はやんわり断り、形ばかりの面接を終了して、即刻採用が決定した。
そして4ヶ月後にスピード解雇、このとき稼いだ月収40万以上は、私の就労人生で最高額となる。
親方とは相性が最悪だった、ただそれだけのことだろう。
儚い短期のリッチマンは消え失せ、汗だくでこなした肉体労働は、焼肉屋から立ち登るカルビの匂いと混じり合って、苦い思い出となり脳裏に流れ込む。
ところで理不尽解雇を通告した親方の娘は、有名女性アーティストと友達らしい。嘘かほんとかわからないが、真実を知ることは2度とないだろうと確信している。そう言えば、娘の写真を嬉しげに携帯で見せられた時、私が興味なさげな生返事をしたから、首になったのではなかろうか?
きっとそうに違いない、心の狭い雇い主だぜ。
ちなみにお世辞でなく、娘は親方に似ずまあまあ綺麗だったぞ。
愚痴る運転手の後ろの座席で、犬がスクッと立ち、肉の匂いに鼻をヒクヒクさせていた。
不愉快な思い出に、私は焼肉屋から視線を外し、コンビニの奥に潜む、生活共同体らしきスーパーをボ〜と見つめ、昔昔ここで買い物して、何を買ったか思い出そうとしたが、面倒臭いので断念する。
青信号。名残惜しくもない場所から出立し、右折した進行方向は緩やかなカーブを描き次の信号機へ。交差点の左は忍者っぽい名前の駅。
そして右の市道は、ここまで走行した道が渋滞などで塞がれている時、便利な抜け道だ。
大阪市内ほどではないにしろ、
なので100%ナビを信用せず、己の記憶と経験を頼りに逃げ道を開拓してきた。しかし、たまには予測が外れて、密林の獣道を
そんなこんなで、気づくと少々暑い、いやずいぶん暑い。
ホームセンターの衣料品棚で、半額以下の見切り品だった上着のベストを、助手席の荷物の上に投げおく。ポロシャツの袖をめくり上げ、4つある窓を少しづづ開放した。今少し外気温が上昇しないと、冷房をつける気になれない、季節外れの温暖な気候は温度調節を難しくしていた。
ハンドル横のペットボトルに手を伸ばし、吸水を済ませ、何気なく犬の様子を確認。短くカットされた毛は黒いけど涼しげ。
焼肉屋の匂いが開放された窓から逃げていくと、犬は残念そうにまたクッションで丸くなる。
トイレのこともあるし不用意に餌は与えられない、それに滋賀県の老婦人宅へ行けば、必ずご馳走が待っている。溺愛された犬は私より贅沢な餌を食う、肉、肉、肉だ。あまりに肉を食い過ぎたせいか、大阪ではチクワのあっさりさを喜ぶ、まったく幸福なのか不幸なのかわからん犬だった。
ここで大切なことを思い出した。ダックスのためだけに、ディスカウントスーパーで仕入れたチクワの袋詰めを、家に忘れた。
犬に心の底から詫びを入れる。
畜生を送り届け帰宅したあと、チクワの袋詰めはマヨネーズと醤油を着けたのち、責任を持って私の胃袋で処理することを誓う。
車が走り出した。
飽きるほど見た建築物が、往来する人と共に流れすぎる。お互いの人生を終えるまで、一言も話すこともない人たちがいるかと思えば、拾われた犬と縁がつながることもある。面白いと言えば面白く、儚いと言えば儚くもある人間の一生ってやつだ。
車を運転すると、ついついそんな感傷に浸ってしまう、それも含めてドライブを楽しみたい自分。まだまだ先は長い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます