はじまりは、これからだ!

@k-tama

はじまりがはじまっていない。

 授業の課題は『協力してひとつの作品を作り上げる』だった。

 いつもは話したりしない人と組んでみるのも新しい発見があるだろうと先生が言い、くじ引きで相手を決める。僕の引き当てた相手は、田中だった。

 いやっほうっ! と、ぼくは心の中で、天に高々とこぶしを掲げた。

 ありがとう、ロマンスの神様! ぼくは田中が好きなのだ。

 席を移動して、作品の相談に移る。何かヒントになるかな、と田中は『鳥類の生態』と書かれた本を取り出した。こういうときにさっと必要なことを考えられるところも格好いい。どうかな? とこちらを見る首の傾げ方もかわいい。ああ、ほんとうに、ぜんぶ好き。はっきり言って授業なんか落ち着いてやっていられる気持ちじゃない。

 す、と息を吸ってから、ぼくは口を開いた。

「『好き』を伝えるっていうの、どうしたらいいのかな?」

 田中は、きょとんとしたような顔をしてから(ああ、それもかわいい)、ふむ、とうなずき、本のページをぱらぱらとめくった。ヒントはその中にあるの? 聞いてみると、参考になるかもしれないと、メガネのふちを押し上げながら言う。そのしぐさもなんだか大人っぽくてすてきだ。

 ふむ、ともういちどうなずいた田中は、作品制作用に置かれていた材料の中から厚紙とお花紙を一束つかんで持ってきた。これを細く切ってほしいというから、喜んでと答えた。紙を切り終わると、今度はそれを手に取り、細くひねっていく。紙縒りを作るんだそうだ。

「本当は細い木の枝とかがいいんだけど、それは用意されていないから代わりにこれで作ってみようと思って」

「へえ。木の枝の代わりに、紙縒りなのか。なんだかおまじないみたいだね」

「うーん。実際に使うときには、別のものをつくるから、凝ったおまじないくらいの用かもしれないけど」

 そうか。好きを伝えるおまじないくらいのかんじのもの。ふるんと心がふるえる。こういうの楽しいね、言ってみたら、うん。こういう単調作業もけっこういいよね、と同意してくれた。ああ、うれしい。

 机の上に一山もある紙縒りを作ったところで、田中はまた材料が置かれた台のところに行って今度はさまざまな色のお花紙を持ってきた。紙縒りのほうを組み立てるから、これで好きな形をたくさんこしらえてもらっていい? 喜んでと答えた。

「どんな形でもいいの?」

「うん。佐藤が好きな形でいいよ」

 好きな人に言われて、好きな形を作る。君が好き、の形。となったら、ハートだろう。うきうきしながら、色とりどりのさまざまな大きさのハートをしこたま作る。作って作って作りまくる。田中はといえば、落ち着いた色の薄紙を台紙に貼ってから、その上にさきほどつくった紙縒りを左右から器用に立て、立てて重ね、それを繰り返していってアーチのようなものを形作った。作りながら、こちらを見て、ハートかあ、と言った。

「自然のそれとは違うけれど、視覚的にはわかりやすくていいかもしれないね」

「うん。愛が詰まってるって伝わるかな?」

 できるだけさりげなく、自分のこころを言葉に乗せてみる。と、田中はそうだね、とうなずいた。

「求愛表現、だものね」

 わーお! ロマンスの神様どうもありがとう! そうです! これは求愛表現なんです! こころの中で天高くこぶしを突き上げる。

 小枝を紙縒りで模したというアーチの前に、ぼくの作ったハートが、これよとばかりに敷き詰められる。好き好き好きをちりばめた愛しいを伝える家のようだね。言ってみたら、田中は微笑んでうなずいた。

「佐藤にそう見えるのなら、よかった」

 わーお! ロマンスの神様(以下略


「そろそろ、皆で見せ合って講評に入ろうか」

 先生の言葉に、各組が出来上がった作品を並べて、何をイメージして、何を伝えたくて作ったかを説明していく。ぼくと田中が作品を発表したのは最後で授業終了まであと五分だった。

「色のバランスもいいし、とても面白い造形で興味深いね。これは何をイメージして作ったものなんだろうか」

 先生の問いに、田中は僕のほうに顔を向けて言う。

「自分が説明してもいいかな?」

 なんと! もちろん! よろこんで!

 ああ。なんてすてきなんだ。この想いを、田中が説明してくれる。ということは、だ。授業終了までのこの5分はつまり、想いが通じる5分前ってことで、そういうことで!

 作品を手に、前に進んだ田中は、ついとメガネを上げなおしてから、ええと、と切り出した。

「なにか感じたことを形にしてみせるという題だったので、なにを作ったらいいのか、自分では見当もつかなかったんですが、鳥についての本を取り出してヒントになるかと佐藤に尋ねてみたところで、『好き』の形を伝えるにはどうしたらいいのかと言う明快な答えをもらったので、助かりました。佐藤、ありがとうね」

 ぼくはあふれる喜びをかみ締めながらうなずいた。すごくハッピーだが、そして同時に照れくさくもある。そんな、クラス中に伝えちゃうなんて、田中って大胆。でもそんなところもすてき。

「これは、求愛行動の形を模したものです。求愛行動、伴侶を得るために、自分の存在を巣よく印象付ける行動のことですが、これはニワシドリのオスの求愛行動の形です。ニワシドリは鳥類スズメ目スズメ亜目のニワシドリ科。土地を整えて形成していくさまが庭の手入れをする庭師のようだというとことから、そう名づけられました。ニワシドリ、あるいは小屋を作っているようだから、コヤツクリ、またあずまやを作ると言う見立てでアズマヤドリとも呼ばれます。生息地はオセアニア区のオーストラリア、ニューギニアです。

 ニワシドリのオスは、メスに対する求愛のためだけに、とても変わった形の巣を作ります。まず、平らな地を選び、それを直径一から三メートルほどの区域を掃除し、丁寧に整地して庭を作ります。そしてそこにバワー……これは、あずまやの意ですが、そう呼ばれる大掛かりな巣を作っていきます。この作品では紙縒りを立ててアーチ上に形成した部分、材料は自然のものでは小枝やわらや草、コケなどですが、まず、地の上に集めたそれらを建材として組み合わせます。実際の大きさは、四から五メートル以上にもなうことがある大きなもので支柱も立ててあり、思っているより堅牢なものです。支柱をしっかり立てることから、欧州では、古代ローマの祭に由来する五月祭にたとえてメイポールと呼んだりもします。あとは、スピア、槍と呼ばれるものや、ニワシドリといってもこのようなものをそもそも作らない場合も有るのですがそれは今はちょっとおいておくとして。

 支柱を立てアーチ状のバワーを創り終えると、ニワシドリは今度は、その建物と庭を美しく装飾していきます。ニワシドリが美しいと思って集める装飾の品々は、花や葉、種などのほか、人の住まうところに遠くない種類の鳥なので、人間の生活にかかるものもたくさん使われていたりします。たとえば、落としたコインやボタン、小さなおもちゃや髪飾り、ふたや紐、石だったりガラスだったり、ありとあらゆるものが美しいものとして扱われます。面白い行動だと知られているのは、青色のものを好み持ってきたりすることです。詳しいところはしかとはわかっていないものの、森の木々や落ち葉など、生活している環境では、そう見ることのない珍しい色であることから、それを獲得できる個体は優れたオスだと判じられるのではないかという説などもあります。

 苦労してバワーを作り上げたところで、自分がニワシドリであるのなら、ここで作り上げた作品の前で、さらに行ったり来たりしつつ、『バズ・ウィング・フリップ』と呼ばれる、熱狂的な踊りを踊り続けなければいけないんですが、それは割愛させてください。その熱心な求愛行動のかわりに、色さまざまなたくさんのハートを作ることで佐藤が表現してくれましたので。特に説明はしていなかったんですが、とても伝わりやすい方法で『好き』を伝えることができる作品になったと、とても満足しています。佐藤、ありがとうね」

 ぼくは、こくんとうなずいた。異国の鳥について、さらさら流れるように語る田中はやっぱりかっこいい。

 すん、と鼻を鳴らしていると、後ろの席の高橋が、ぽんと肩をたたいてきた。

「あのさ、佐藤。あれは鳥じゃなくて、お前が田中に向ける『好き』なんじゃないのかってところは、たぶんクラス全員には伝わってるんだと思う。ただ、田中ひとりをのぞいて。あいつ、頭いいけどな。そういう方面にはちょっとと言うかだいぶうといというか、にぶちんだというか、まあ、そんなところで、お前が伝えたい相手にだけ伝わっていなかったんだな。なあ、泣くな」

「泣いてない。鼻がぐずっただけだ。でもね、高橋」

「ん? なんだ?」

「確かに高橋の言うとおり、僕の思いは田中にだけ伝わっていないのかもしれないが、それって、今、このときもいつも、想いを伝える少し前にいるってことだろ。まだ、はじまりの前にいる。前にいるならあとは進めばいい」

「まあ、うん。お前のその前向きなところは、お前の美点だと思うよ」

 言いながら高橋がティッシュペーパーをくれたので、少ししょっぱい水がにじんだ目元を拭いて、それからぶうんと鼻をかむ。そして、席に戻ってきた田中に、サムズアップしてみせた。

「佐藤と一緒に作ったから、よいものができたね」

 にっこりと田中が笑う。


 うん。やっぱり田中が大好きだ。

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