不倫した妻の看病をすると絆される可能性があると、身を持って知った。


自分がローンを組んで買ったマイホームなのに、久しいと思ってしまった。


そんな自分を自嘲しながら、俺は無言でドアを開ける。


この家に帰ってこようと思ったのは、里美ともう一度話し合う為。


妻と夫。一度は永遠の愛を誓い合った仲なのに、ここまで歪んでしまった俺達の関係。


俺は彩菜の為にもこの歪みを是正しなければならない。








──それだけじゃないだろ、俺。







あぁそうだ、そうだとも。わかってるさ。


彼女を恨んで、憎んで、愛も消えたはずなのに、どこかで彼女を気にかけている自分がいる。


不倫相手を作ってそこの家に入り浸るほど、一緒に居たくないと思っていたのに、彼女を欲している自分がいる。


そんな矛盾を孕む自分を滑稽だと思いながらも、里美と共に過ごした十数年という歳月の大きさを、身を持って知った。


そして、身を持って知るごとに苦しくなる。


という事実が、俺を苦しめる。


トコトコと、足音が聞こえた。随分と弱々しい音。

リビングに繋がる扉が、ゆっくり開かれた。


「おかえりなさぃ……ゴホッ……ご飯出来てるから、食べてね。……ちゃんとマスクもしたから、ゴホッ……ご飯は汚くないよ。……えへへ、嬉しいな、また帰ってきてくれて……」


そこにいたのは真っ赤な顔の里美。確実に熱がある。それにどこか顔がやつれていて、以前に見た時より明らかに痩せ細っていた。


「おい、大丈夫なのかよ」


思わず、俺が声をかけてしまう程に。


「……うん!大丈夫だよ……えへへ、今、ご飯あっためるからね……」


わかった、と答えようと思った瞬間、当初の予定を思い出す。


俺はただ里美と話し合いをする為に来ただけ。彼女を看病する為でも、彼女の手料理を食べる為でも無い。


それを思い出した俺は、当初の目標を完遂するべく彼女に声を掛けようとした時。


バタンと、大きな音が鳴った。


思わず音がした方向に目を向けると、里美がぐったりと倒れていた。


「お、おい!里美!大丈夫か!?」


「はぁ……はぁ……はぁ……」


息が荒い。酷く辛そうだ。


「マジかよ……」


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「んっ……あれ、私……」


「……起きたか」


里美が起きたのは、あれから2時間ほど経った後だった。


あの後、彼女をベッドに運んで、濡れたタオルをおでこに乗せた後、適当に時間を潰した。


後は……。別に他意は無い。里美の不倫が発覚して以来、彼女の手料理をずっと忌避していたけれど、なんとなく食べたくなった。


安易に手料理を食べた俺は馬鹿だった。


久しぶりに食べる彼女の飯は、冷たい筈なのに温かい味がして、思わず涙が出てきそうなほどに懐かしくて。

それがトリガーとなって、彼女との思い出がドンと俺に押し寄せた。




「ご、ごめんね。迷惑かけて。いや、ありがとう、かな。……えへへ、こんなにしっかり寝たの、久しぶりだな。あなたがいたから、安心しちゃったのかな」


皮肉の一つや二つ、言いたくなるかと思ったが、思った以上に里美が弱々しく見えたからか、そんな気は起きなかった。


「じゃあ、俺はもう行くから」


作戦変更だ。これ以上、彼女と一緒にいるのはまずい。



「そっか……もう、行っちゃうのか。そうだよね……」


「あぁ」


「最後に一つ、伝えたいことがあります」


妙に畏まった形で言われたもんだから、思わず足を止めてしまった。


それを里美は返事を促すように見えたのか、彼女はゆったりと話し始めた。


「こんな事を言うのはおこがましいのは分かってるけど、言います」


そこで里美は勇気を振り絞るように大きく深呼吸をした。


聞いちゃダメだと、脳が警鐘を鳴らしていた。


伊達に幼馴染をやってない。彼女が何を言わんとしているのかが手に取るようにわかる。


彼女を憎んでいるのなら、復讐を続けたいのなら、耳を塞ぐべきだと分かっていた。



それは、俺の本来の意思なのかもしれない。分からない。


ただ一つ。


俺達3人の関係が決定的に変わる事は理解できた。





「貴方の帰りをいつでも待ってます。……貴方の事が、大大大好きです」







……あぁ、今俺はどんな顔をしているのか、想像に難くない。


酷く、


きっとそれは、嫌悪から来るものではなく。


から来るものなのだろうと、どこか他人事のように分析していた。



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あとがき


※順番がバグってたので直しました。混乱させてしまい申し訳ありません。

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