第139話

「緊急総会、か」





「あぁ、とうとう火種が思った以上に燃え広がってる事に気付いたらしい。アキム、言うまでもないが………」


「こいつを逃す手は無い、だろう?クロヴィス。前に聞いたウィンウッドを仕留める案なら異論は無い、そのまま話を進めよう」


「……言い出しておいて何だが、本当にそのまま決めて良いのか?アキムならもう少し他の案も出るかと思っていたんだが」


「こういった貴族関連はクロヴィス、お前の担当だ。どのみち、私も同意見だからな。お前も同じ結論が出たなら、改めて逆らう理由も無い」


「まぁ、それなら此方も言う事はないが…………燃え広がった甲斐あって、今回の緊急総会では普段まず表には出てこない大物、リチャード・ウィンウッドが顔を出す。それも遠路はるばるな。まだ一部にしか出席する事は伝えていない様だが」


「リチャード・ウィンウッド…………レガリス奴隷貿易組合において、絶大な影響力を持つ影の取締役、だったな」


「あぁ。表としてのウィンウッドの役職は、正直大した事は無い。実力を知らない奴には、“おこぼれを貰う為に傍の椅子に座る”程度の小物にしか見えないだろう。今回程の騒ぎにならなければ間違いなく、焙り出せなかった」


「現に調査員が提出した報告から見ても、深く調べなければまず小物にしか見えない、との事だったからな。日陰から出ない毒虫の様な奴だ」


「だが言うまでもなく、意図的に表へ顔を出さずに済む立場にしているだけで、実際にはレガリスの奴隷貿易においてかなりの影響力を持っている。奴隷貿易に深くまで踏み込んだ奴なら、何処かしらで聞いた事はあるだろう」


「“恐れられるより侮られる方が良い”……か。この手の連中は厄介だな。勇敢な奴や屈強な奴よりも、こういう奴の方が面倒だぞクロヴィス」


「分かってるさアキム。実際、今回の総会じゃウィンウッドより高い席に着いている連中も多く居るが、実際の影響力でウィンウッドに対抗出来る奴は半分も居ないだろうな。レガリス中心部の有数な奴隷商人、及び奴隷商会は元を辿れば何かしらこいつが噛むなり間に入るなりして、上手く糸を引いていると見て良い」


「その証拠に、明らかに立場に見合わない待遇を受けている様だしな。恐らく後ろ暗い連中を使っているのだろうが、明らかに小物では考えられない護衛達が自宅や周辺区域を彷徨いている。表通りの立場なら、まずあんな連中は従えられまい」


「権力を表沙汰に出来ないこいつを始末する事が出来れば、レガリスにおいて奴隷貿易にかなりの損傷を与えられる。実際、貿易ルートの多くを衝突しない様に統制し、纏め上げていたのもウィンウッドだ」


「奴隷貿易を粉微塵に破壊する訳では無いが、統制を失えば奴等は利益を求めて確実にルートを食い潰し合い、互いを疲弊させあって行くだろう」


「空いた穴を補おうにも、あれだけの穴を補える奴など直ぐには見つからない。探している内に、修復不可能な段階まで崩壊するのは目に見えている」


「日陰に籠っていたのが仇になるな。後を継ぐ者が誰も居ない、居たとしても直ぐには周りも従わない。それどころか、自分がその席に座ろうとするだろう」


「アキムの言う通り、ウィンウッドが居なくなっても奴等は直ぐには表沙汰にはしない。その空いた席に自分が座れば、その儲けを吸い上げられると画策するだろうからな」


「どれだけ商売人や投資家を気取っても、元は人を売り飛ばしてまで稼ぎたい連中だ。周りを押し退けてでも、それこそ売り飛ばしてでも“高い椅子”に座りたいだろうな。帝国から認可されているかどうかの違いだけで、実際は人を破滅させる薬物を町中へ売り捌いているギャングと大差無い」


「奴等だって一枚岩じゃない、少しでも緩みを見せれば他人の縄張りや売買ルートでも、平気で奪おうとする連中だ。金が絡めば義理も人情も無く、獣の如く奪いあうのは目に見えている」


「………結果的に、日陰の毒虫を一匹潰せば奴等はお互いを踏みつけあって衰退していく訳か。考えたな、クロヴィス」


「その上、奴等自身が黙っているから向こうは勝手に自滅していく形になる。アキムの言う通り奴が毒虫なら、漏れだした毒は気付かない内に、手遅れになるまで組織に巡っていくといった所か」


「あぁ。表沙汰に出来ない力で纏め上げていた代償として、奴等は表に出せない争いで腐っていく事になる」


「………………なぁ、アキム」


「どうした?」


「もう決まっているだろうから、はっきり聞くが……何故デイヴなんだ?他のレイヴンじゃ駄目なのか?」


「流石に分かるか。なら、逆に聞こう。デイヴィッド以上の適任が居るか?」


「適任?」


「今回の任務は、確かに重要な任務になる。任務が成功すれば、奴隷貿易を内側から崩す事が出来るのだからな」


「あぁ。確かに今回の任務の重要性は、私も分かっている。この任務を成功させたなら、奴等を自業自得に近い形で破滅に追い込んで行けるだろう。だが何故、デイヴなんだ?」


「はっきり言って、今回の任務は相当過酷な物になる。その上もし襲撃が露見した上で取り逃がせば、ウィンウッドは間違いなく日陰から出てこなくなり襲撃は困難になるからな」


「向こうに気取られて行方を眩まされたり、本人直々に“後継者”でも育てられたら非常に面倒な事になる。この機会を逃す訳には行かない、それは分かるが…………」


「その上、これだけの騒ぎの中で奴隷貿易の緊急総会など、レイヴンを警戒していない訳が無い。緊急総会に出席する連中の殆どが、レイヴンに気を揉んでいる筈だ」


「確かに警備は今までに無い程に厳重になっている、緊急総会の警護だけでも相当な金が動いている筈だ。公式な理由で帝国軍も派遣されているからな。だがアキム……」


「聞け、クロヴィス。当然ながらそれだけの警護が固められている所に、正面からぶつかれる訳が無い。幾らレイヴンでも、結果は目に見えている。だが、先程クロヴィスが言った通り、この機会を逃す訳には行かない。次も同じ機会があるとは限らないからな」


「……無茶を覚悟で、向かわせる事になる訳か。“今最もレイヴンを警戒している”大勢の警備と兵士をすり抜けて、目標を抹殺して脱出しろと」


「言うまでもないがそんな芸当が出来る奴はそう居ない、レイヴンでもな。現実的な案として警備をすり抜けるなら単独か二人組(ツーマンセル)、それでも目標に辿り着く前に阻まれるのが大半だろう」


「そしてその人数じゃ、幾らレイヴンでも大勢の警備と兵士には叶わない、か」


「そうだ。万が一辿り着いたとしても、目標を抹殺する事もそうだが、その上生きて脱出するなど難しいだろう」


「……………達成出来るかどうか分からない上に、達成出来たとしてもレイヴンを失う可能性が高い………」


「そう。だが、デイヴィッドならやれる。単独で“最もレイヴンが警戒されている場所”に大勢の警備をすり抜けて忍び込み、獲物を仕留めて帰ってくるだろう」


「アキムにしては、随分と買ってるじゃないか。忘れているかも知れないから一応言っておくが、デイヴは別に不死身でも無敵でも無いんだぞ?」


「悪名含め、デイヴィッドは色んな噂が流れているが、彼自身が他のレイヴン達と同じく優秀な事は否定しようが無い。それに唯一、“黒魔術”を実戦で使える男でもある」


「命懸けの任務だろうに、まるで賭けでもしている様な気分になるよ。当然ながら、我々は“デイヴが塩漬けのウィンウッドの首を片手に帰ってくる”にベットする事になるが」


「私なら塩漬けより“酢漬けにした首を持ち帰る”にベットするがな。それに、ヴィタリーも前に言っていただろう?」






「彼の強みは、しぶとい事だ」

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