第120話

 寒空の下、随分と不機嫌な顔が歩いていた。





 トミー・ウォリナーの顔は吹き付ける寒風の冷たさを差し引いても、随分と渋い。


 理由は、言うまでもない。


 前から問題視していた、ゼレーニナの経費についてだ。


 多額の開発費を“浪費”する事についても以前からウォリナーは問題視していたが、ここ最近の開発費については流石に度を越していた。


 ゼレーニナは何も、団の財産から影で抜き取っている訳では無い。無理に予算案を押し通している訳でもない。


 至って順当に、同意の元に“投資”を受けているに過ぎないのだ。


 そして投資しているのはよりにもよって、団内でも波紋を呼んでいる“あの”デイヴィッド・ブロウズ。


 4ヶ月程前に我が団の一員となったブロウズは、当初は入団早々トラブルを起こした事もあり控え目に言って周りから疎まれていたのだが、幹部達の直々の命令によって彼には元々ある厚待遇を用意していた。


 会計及び経理総主任のウォリナーが宝石を擂り潰す思いで用意した、“個人資産”という高額の支援資金だ。


 ブロウズ個人への様々な準備や支援に使う資金、また本人の要望で自由に引き出せる資産でもあった。


 まぁ、此方も彼方も子供では無い。


 この厚待遇によって、レガリスでは裕福とは言えない生活をしていたデイヴィッド・ブロウズが、帝国に未練を残さず黒羽の団へ加入出来る様にという狙いもあるのは否めないだろう。


 俗な言い方をすれば、ステーキだろうとワインだろうと気兼ね無く用意出来る資金と待遇を用意してやったのだから、これからは我々の為に頑張ってくれ、という訳だ。


 しかし、結果から言えばデイヴィッド・ブロウズは殆どその資金を自分の待遇改善の為には使っていない。


 高いシカ肉のステーキも、ニーデクラの赤ワインもキロレンの高級ブランデーも買わずに、ブロウズは一般隊員の様に過ごしているのが現実だ。


 調達したものと言えば、日用雑貨など一般隊員でも支払いに困らない様な物程度。


 ところが、だ。


 何処をどう巡りあったのか、ブロウズはよりにもよってあのニーナ・ゼレーニナと出会ってしまった。


 ウォリナーからすれば正しく頭痛の種とさえ呼べる、あの不気味で厄介な少女に。


 結果、ブロウズはあの忌々しいゼレーニナに“個人資金”を投資する様になってしまったのだから、業腹という他無い。


 渋い顔で歩きつつ、ウォリナーが僅かに歯噛みする。


 思い出すのが億劫になる程の苦労と共に用意した資金が、ブロウズの我が儘で“消費”されるならまだしも、あの忌々しい小娘に丸流しされ“浪費”されるのは実に不愉快でしかない。


 大体、人格者のクルーガーでさえ手を焼く様な問題児がどうやってブロウズを説得したのだろうか?


 ウォリナーからすれば、「ガラス瓶の方がまだ聞き分けが良い」とさえ表現出来る程にゼレーニナの社交能力は致命的だ。


 初対面どころか、入団当初から関わりがあるクルーガーでさえ未だに“冷遇”されているのだから、普段関わりの薄い他の団員に至っては最早まともに声を聞いた団員の方が少ない始末。


 そんな曰く付きの少女と、周りから疎まれていたブロウズが出会った所で、到底仲良く出来るとは思えない。


 それが、暫くするとブロウズの方から“資産から開発費を引き出して欲しい”と此方に言ってくる様になったのだから、最初は随分と目を丸くしたものだ。


 しかも予め“知らないならそれに越した事は無い”と忠告しておいたにも関わらず、そんな結果になってしまったのだから。


 技術開発班ですれ違う者達に気の抜けた挨拶を返しつつ、ウォリナーが“悪名高き”塔へと向かう。


 相も変わらず、ゼレーニナが住み着いている塔は周りの建物を寄せ付けない様な、不気味な雰囲気を纏っていた。


 これなら“魔女の塔”なんて渾名が付くのも、至極当然の結果だろう。


 今からそこに踏み込んで行くのかと思うと益々気乗りしないウォリナーだったが、今回ばかりは仕方無かった。


 時折、呼んでも居ないのに此方の事務所にまで押し掛けては予算を倍近く増額しろだの、浮いた予算を此方に回せだの騒ぎ立てるのがゼレーニナの常だったが、今回に限っては向こうが現状に満足してしまっている為に此方が“物申す”必要があるのだ。


 あれだけ日頃は姿を見せない癖に、此方の事務所に踏み込んでくる時には珍しく塔から姿を表し、しかも故意なのか否かは分からないが日没後に目深にフードを被り、ディロジウムの手提げランタンを持って現れるものだから殊更噂になってしまって手に終えない。


 そうして向こうが散々押し掛けてくるのも迷惑だったが、まさか“此方に押し掛けてこない”事が面倒になるとは考えても見なかった。


 不相応に大きく感じる両扉を押し開き、ウォリナーが塔の中へと入ると途端に機械油の匂いが鼻につく。


 ウォリナーの顔が、幾らか険しくなった。


 顔の前で手を振って油の匂いを払いつつ、様々な工作機械が立ち並ぶ中を歩いていく。


 気が滅入る光景だった。


 工作機械に錆が浮いている訳でもなく、どの機械や機材も磨耗の跡は幾らか見えるものの、丁寧に手入れされ整備されている。


 他の者なら、この光景を不快に思う事は無いだろう。むしろ、整理整頓されている事に好感を持つ者も居るかも知れない。


 だが、ウォリナーにはとってはこの整然とした工作機械達は不気味な光景に他ならなかった。


 機械油の匂いからも分かる様に、倉庫の様な寂れた雰囲気は無い。埃っぽい事もなく、カビ臭い様な事も無い。


 かと言って、他の技術開発班やクルーガーの工房の様な人気や活気も感じられない。


 複数人が行き来する様な想定はされていないし、作業用の椅子等の配置からしても見るからに個人がこの工房を扱う事“だけ”が想定されている。


 それが、ウォリナーには余りにも不気味に感じられた。


 本来複数人が行き来しながら扱う様な代物が個人の手によって幾つも立ち並び、かと言って寂れる様な事も埃を被る様な事もなく、機械達は常用している事を示すかの如く丁寧に整備され注油までされている。


 風景から見える複数人の印象と、整備の跡や椅子の数等の情報から伝わってくる個人の印象が乖離し、まるでピースが余ったまま不足無く完成したパズルの様な、不安で奇妙な光景。


 それがどうしてもウォリナーには、不気味に思えてならなかった。


 体重をかける様にして随分と固い呼び出し用のレバーを引くと、轟音を響かせながらディロジウム駆動の昇降機が上層階から降りてくる。


 分かりきっていた事だが、相変わらず来客に対しては随分と冷遇する姿勢を貫いているらしい。


 大型貨物昇降用の土台に乗り込み、主が普段使っているレバーを引くと此方は日頃から使っているせいか、すんなりと作動する。


 喧しい音と共に上層へと昇っていくウォリナーは、この塔に何も知らないブロウズが自分から踏み込んで行った事実が、未だに信じられずに居た。


 上層階に辿り着いてボタンを押し、シャッターを上げ、眼鏡を拭いてから中へと踏み込む。


 相も変わらず、工房と貴族の宮殿をスクランブルエッグにした様な内装だ、とウォリナーが内心でぼやく。塔の主が変わり者である事を差し引いても、やはり若い女の子が一人で全ての部屋を管理出来るとは到底思えない。


 其処らの独り暮らしより余程片付いて品格高いのに、何もかも気味が悪い場所だ。


「ゼレーニナ、ゼレーニナ居ますか?ウォリナーです。お話があるのですが」


 聞こえる様に大声で呼び掛けながら、品格高い奇妙な部屋の中を歩いていく。


 ウォリナーはこの塔に何度も来た訳では無かったが、まるきり初めてという訳では無かった。


 最初に踏み込んだ時の数々の無礼や失敗により、この塔の至る所に“触ってはいけない物”と“聞いてはいけない物”が宝石箱の装飾の如く散りばめられている事は重々承知している。


 以前ウォリナーはこの塔を訪問していた際、ベールをかけられた箱から何やら音が聞こえたので、大して考えもせず不用意に捲ってしまった事があった。


 何とその中には、“検証用”と銘打たれた数えきれない程のウデナガエビが籠の中で所狭しと蠢いていたのだから、昆虫類に生来から嫌悪感を覚える性質のウォリナーとしては、もう少しで失神する所だった。


 大体、年頃の若い娘が不快害虫の代表とも言えるエビ類を平気で触って観察している時点で、信じられないの一言に尽きる。


 そんな手痛い経験からこの塔では必要に迫られない限りレバーとドアノブ、そしてシャッター開閉ボタン以外に触るつもりは無かった。


 屋内に来たと言うのに、未だに防寒用の手袋を外さない理由は言わずもがな。


「ゼレーニナ、居るんでしょう?」


 そう呼び掛けながら部屋の中をウォリナーが歩いていく。余計な物に触らない様、細心の注意を払いながら。


 昇降機が上層階に上がっていた事から考えても、まず塔にゼレーニナが居る事は分かっていた。


 そして、これだけ呼び掛けてもあの娘はそうそう返事はしない。すぐ傍で自身の名前が呼ばれていても、顔も上げずに本の頁を捲る。あの娘はそういう娘だ。


 漸くゼレーニナが居る部屋に辿り着いた頃には、日頃の運動不足も相まってウォリナーは随分と疲れていた。


 ウォリナーが懐からハンカチーフを取り出し、首や顔を拭いている間も当のゼレーニナは訪問者をまるで気にする事なく、水の容器から管の繋がった金属容器に水を注ぎ込んでいる最中だった。


 管が伸びた先の植木鉢には、染色に使えそうな程に鮮やかな色合いの花が幾つも咲き誇っている。


 毛細管現象を利用した配水機構に水分を貰っている花々は、窓ではなくディロジウム灯から“日差し”を受け取っていた。


「ゼレーニナ」


 汗を拭い、一息ついたウォリナーが努めて穏やかな口調で語りかける。


「聞こえているでしょう、ゼレーニナ」


 不本意故の堅さが語気に幾ばくか滲んではいるものの、何とか体面を保ったまま話し掛けるウォリナーに、ゼレーニナは顔も向けずに呟く。


「ミス」


 ゼレーニナがそう一言発したきり、妙な間が開いた。


 もう一度問い掛けようとするウォリナーに、辟易した様な顔でゼレーニナが振り返る。


「ミスを忘れていますよ、ミス・ゼレーニナです。その年齢で敬称を付けるのが難しい訳でも無いでしょう」


 疲労に加え、更にウォリナーの気持ちが重くなった。


 分かってこそいたが、何も初っぱなからこんなに面倒な幕開けでなくとも良いだろうに。


「…………ミスゼレーニナ、少し時間宜しいでしょうか?」


「時間なら既に取られていますよ、どうぞ」


 そう返すゼレーニナの眼は、書き損じの書類でも見るかの様に冷ややかだった。


 こうした所作や目付き一つ取っても、年相応の愛想がまるで無い。若い娘というよりは、老獪な教師か医者でも相手にしている様な気分だ、とウォリナーが胸中で愚痴を溢す。


 こうして鮮やかな花々を育てている光景も一見すれば、若い娘が花を愛でる淑やかな光景に見えなくも無い。


 だがウォリナーは、教えられるまでもなく知っていた。


 このゼレーニナにそんな淑やかさを求める事の無意味さと、正に今育てている“それ”が鮮やかな色合いの毒草だと言う事を。


 植物を詳しく知っている者なら「もし見掛けても鮮やかな色合いに騙されない様に」と必ず注意される、猛毒で有名な北方国由来の毒草が今もゼレーニナの後ろで美麗に咲いている。


 不用意に触れない為だろう、鮮やかな花々は太い針金で枠を取る様に囲まれ、傍の専用の小さなフックには一組の革手袋が掛けてあった。


 万が一にも間違えない為か、同じく枠の端に標識の如く取り付けられた金属板は丁寧に装飾された上、マグダラ語の筆記体で“毒草”と刻印されている。


 意識的な咳払いの後、少しの決意と共にウォリナーが口を開いた。


「では、単刀直入に聞きましょう。デイヴィッド・ブロウズに、フカクジラの骨を発注させたのは貴女でしょう?」


 ウォリナーとしてはそれなりに気力の必要な発言だったが、それでも氷像の様なゼレーニナは眉一つ動かさない。


「フカクジラの骨を発注したのはブロウズの要望です。私は骨が無事に届けば望む様に加工する、と確約しただけですので」


 自分に“ミス”を付けさせておいて、自身の発言には“ミスター”を付けない辺り、ゼレーニナの性格が如実に現れていた。


 丁寧にコーヒーを注げば、そのコーヒーを口にしながら此方には退室を促してくる。ゼレーニナとは、そういう少女なのだ。


「あれだけ予算増額をしきりに進言していた貴女が、彼が来た途端にまるきり大人しくなった。そして今度は彼が自身の資産を引き出しを申し出て、引き出した資金を貴女に投資し始めている」


 同年代か、年上と話している様な気分だ。そんな錯覚に囚われるも、それでもウォリナーは毅然とした語気、態度を心掛ける。


「彼の資産は元々、彼の為に調達したものです。どう唆したのかは知りませんが、彼を通じて彼の資産を開発費用として引き出すのは、今後配慮して頂きたい」


 再び妙な間が開き、窘められているかの様に空気が重くなる。少なくとも、年若い娘が中年の会計士に糾弾されている空気とはとても思えなかった。


「“配慮して頂きたい”じゃなく、ストレートに“止めろ”と言ったらどうです?そちらの方がはっきり断れるので、お互い楽だと思うのですが」


 まるで、自身が相手を叱っているかの様な口調でゼレーニナが冷たく返す。


 そうそう受け入れないだろうな、とウォリナーも思ってこそいたがゼレーニナの反応は想像以上の冷たさだった。


 ここで言い淀んではダメだ。鼻眼鏡を当て直しながら、ウォリナーは自身に言い聞かせる。


「ここで断って済む問題ではありません、彼は金貨の袋では無いんです。穏便に収まるならそれに越した事はありませんが、どうしても譲らないと言うなら不本意ながら幹部会に申告して、デイヴィッド・ブロウズの個人資金に制限を掛ける事も視野に入れています」


 ウォリナーとしては、この発言がギャンブルな事は否めない。


 実際に、ブロウズの個人資金に制限をかけるには無視出来ない手続きを幾つも踏み、様々な場所に掛け合う必要がある。


 幹部が「自由に使って良い」と用意した資金を「やはりそうは行かない」と制限するのだから、言い換えてしまえば幹部達に直々に抗議するに等しい行為だからだ。


「こういう言い方は好きではありませんが、理由の説明を求められた場合、勿論貴女が彼を利用して開発費用を引き出している件、価格が高騰しているフカクジラの骨を発注している件に付いても細かく話す事になってしまいます」


 そんな言葉を聞いたゼレーニナが、腕組みをする。表情は、変わらない。


 感情的にならぬ様に気を付けながら、それでも言葉を遮られぬ様、そして反論を挟まれぬ様に語気を意識しながらウォリナーが言葉を繋げていく。


「そのまま問題になった際、ブロウズの資産に制限が掛かるだけでなく、貴女がこれだけ自由に過ごせている今の環境や強権も以前の様に、とは行かなくなる可能性も決して低くありません」


 そう。今回の件が余りにも問題視された場合、現在黒羽の団で発揮しているゼレーニナの幹部並みの強権にも影響が及ぶ事は充分に有り得る。


 一旦強権を失ってしまえば、幾らゼレーニナとて今の様な傍若無人な振る舞いを続ける事は難しいだろう。


 只でさえ彼女は元々、多くの団員から不気味がられているのだから。


 いきなり今日の屋根すら無い、とは流石にならないだろうが少なくとも以前程、横柄に生きる事は出来ない筈だ。


 そして、頭の回るゼレーニナは今後も遺恨の残るであろう、その悪影響を決して無視出来ない。


 賢明な相手だからこそ通じる、交渉でもあった。


 場が静まり、不穏な静寂にウォリナーが小さく息を飲む。


 物腰や表情を除けば、御世辞にも紳士的とは言えない交渉だ。脅迫染みた部分も幾ばくかある、とウォリナー自身も自覚している。


 それでもあのゼレーニナを相手にして、相当に強いカードを切った事は分かっていた。


 あの人格者のクルーガーでさえ手を焼く様な厄介な相手に対して、少なくとも交渉のテーブルに引き摺り出す事は出来たのだから。


 腕組みをしたまま、ゼレーニナは動かない。何故、この年若い娘は立ち尽くしているだけでこんなにも、まるで此方に自白を促す様な空気を醸し出す事が出来るのか。


 この空気はゼレーニナ自身の圧倒的な不遜から来るものか、それとも自負か。あるいは、両方か。


 相手と交渉するのではなく、相手を見定めているが如く冷えきった眼。


 まるで小鳥の解剖でもしているかの様な表情で、ゼレーニナが口を開いた。


「それだけですか?」


 思わず問い返しそうになった所を、ウォリナーは寸前で堪えた。


 ウォリナーの中では、“紳士”から外れる程に強いカードを切った。それは、間違いない。


 だが、それでも目の前の不気味な少女は動じない。


 小さな溜め息が聞こえた。


「確かに貴方が言う通り、ブロウズの“個人資金”たる資産から開発費用を引き出す行為が問題視され、幹部会で制限をかける事が正式に認可された場合、私の立場は悪くなるでしょう」


 言うまでもないが、とでも言いたげにゼレーニナが淡々と続ける。


「ですが、それは認可された場合の話です」


 そんなゼレーニナの言葉に、目に見えてウォリナーの眉が動いた。


 それに対し、まるで表情の変わらないゼレーニナが変わらぬ口調で言葉を続ける。


「ブロウズの戦績は幹部達にも深く知られています。個人のレイヴンとしては不釣り合いな程の戦果を挙げた事も、勿論“黒魔術”の事も」


 不出来な生徒を嗜める教師の様な口調で、説明は続く。


 レガリスの上流貴族にも負けない程の不遜と自負。少なくとも、バラクシア都市連邦において有角種の少女が醸し出す空気とは、到底信じられなかった。


「当然、彼が私の開発した装備で戦っている事も知っています。団内においても何かしら報告は出ているでしょうし、恐らく幹部達の会話で私の名前も出ているのは間違いありません」


 そう、実際問題としてデイヴィッド・ブロウズの行動は公私問わず、幹部達に逐一報告が入っているのだ。


 任務中の行動は勿論、任務外でもブロウズの行動は報告されている。


 当然ながら装備の投資や開発について、ゼレーニナの塔に赴いている事など幹部達は数ヶ月前から承知していた。


 ゼレーニナ本人も逆算と推察、そしてグリムの報告によってそれを承知している。


「私は予め、充分な予算さえあればレイヴンの戦闘力を飛躍的に向上出来る、と進言しています。そして進言した通りの戦果を、現にブロウズが出しています」


 ウォリナーは自らの旗色が悪い、もしくは悪くなった事を如実に実感した。


 目の前の不気味な少女は、ウォリナーに問題提起される前からその問題に解決策、もしくは“問題にはならない”と結論付けているからこそ、こうして冷めた眼をして平然と過ごしていたのだ。


「結果を出し、私は幹部に黙認されているんですよ、ウォリナー。問題提起した所で私一人の予算問題など優先度が遥かに低い、些細な問題です。“嫌と言う程”私はそれを知っていますからね」


 現に再三、ゼレーニナは予算増額を申請し、度々却下されてきた。取り合われなかった、と言い換えても良い。


 そして、今更になって「他から予算を調達している、本人達は同意の元で予算内で投資し、結果こそ出ているが如何なものか」と幹部達に言った所で抗議する者と取り合わない者、席が代わるだけだ。


 予算減額、予算規制を申請されても、今までの様に取り合われずに却下され、それで終わりだ。


 日頃から紳士的な言動を心掛けているウォリナーではあったが、余りにも淡々と言い返してくるゼレーニナに今回ばかりは胸中で悪態を吐いた。


 最早、切るカードは無い。


 この交渉が決裂した際の不利益を再び説明しようかと思うも、直ぐ様止めた。目の前の少女は物事に二度説明が必要な程、愚鈍ではない。


 そして、この少女が“思い付かなかった”反論を出す事は容易な事では無い。少なくとも、今になって付け焼き刃で言い返すのは相当難しいだろう。


 目元が険しくなるウォリナーに対し、ゼレーニナの眼からは先程よりも更に興味が消え失せていった。


 この少女の中では、最初から結論は出ているのだ。


 “取り合うまでもない”という結論が。


「再度説明するのも面倒です、難しいなら今晩に反芻でもして理解してください」


 ゼレーニナが、冷めきった目線をウォリナーから外した。






「お引き取りを」

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