第84話

 食べ終えた皿や缶詰を丁寧に片付けるゼレーニナを尻目に、グリムから説明された話を纏めていく。





 グリム曰く、人間には知覚出来ない世界として自然には“生命”としての知覚、見え方があるらしい。


 他の動物も本能的には感じているらしいが、こんなにもはっきり知覚出来るのはヨミガラスを含めたカラス科だけなんだとか。


 因みに“生命”という呼称は、こいつの説明を聞く中で俺が付けた仮称だ。本当はもっと抽象的な表現だったが、捉えやすくする為にも“生命”と仮称している。


 こいつの抽象的な説明を聞く限り、“魂”や“存在”と呼称しても良さそうだが、取り敢えずは“生命”と仮称する事にする。


 “生命”には色の様な物があり、ヒトにはヒトの色があり、トリにはトリの色がある。サカナにはサカナの色があるらしい。


 他の動物は見分けられる程はっきりとは知覚していないが、ヨミガラスの知覚からすると人間を含めた一般的な動物は“生命の色”で見分けられるそうだ。


 だからこそ、ゼレーニナもクルーガーも、何なら他のレイヴン達も“ヒト”としてグリムには見えていたのだが、グリム曰く俺に関してはここ最近、段々と“色”がおかしくなってきたらしい。


 最初はヒトの色が歪んできた、程度の知覚だったそうだがイステルの任務の頃には其処らの“トリ”、加えて言うなら“カラス”の色に殆ど染まりつつあったそうだ。


 顔が、苦くなる。


 心当たりがあるかどうかなど、問うまでも無い。


 意識して気付く程度だが既に左手の痣はグリムという“カラス”に反応し、微かな熱を帯びていた。


「……成る程な」


 体重を掛けた椅子が、軋んだ音を立てる。あの時、あの暗い雨の中で俺が果たして何を失ったのか、何を失うのかは未だに分からない。分かる事は生涯無いのかも知れない。


 だが、どうやら今まで通りでは居られない事は間違いないらしい。


 加えて言うならグロングスになった事に対する実害が無い、もしくは実害が分からないのが尚更不気味だった。


 真下の薄氷に罅が入っていく様な、ゆっくりと棺に横たわっている様な不安が静かに背骨を締め付け、幾ばくか脈が早くなる。


「ワァー、キレイ」


 複雑な心境の中で目の前に持ってきた左手を見つめていると、宝石を見つけた子供の様に、机の上に居たグリムが左手の痣に夢中になっていた。


「綺麗?」


「ソレドウヤッテルノ?スゴクキレイ。イイナァ」


 食い入る様に痣を見つめるグリムに、何故か肌寒い物を感じた。


 “これ”が、綺麗?


「グリム、後にしなさい。今からブロウズと話しますので貴方は情報収集に向かってください」


 不意に飛び込んできたそんな言葉に振り返ってみれば、片付けを終えたであろうゼレーニナが手を拭きながら此方の机に戻ってきていた。


 そんなゼレーニナに、グリムが堂々と抗議の声を上げる。


「エーーー!!モットアソビタイ!!ダイタイ、アメダヨ!!キョウハイイッテ、ゴシュジンイッタノニ!!」


 また、何とも分かりやすい抗議もあったものだ。


 勿論、あのゼレーニナがそんな我が儘を聞く訳もなく。


「グリム。二度は言いませんよ」


 怒鳴るでも叱るでもなくゼレーニナがそう静かに言うと観念したのか、それとも何か過去に“逆らったらどうなるか”でも教え込まれたのか、名残惜しそうに俺の左手を見つめた後、羽音を立てながらグリムは飛び去って行った。


「マタクルカラ!!スグカエラナイデヨ!!マッテテヨ!!」


 そんな、正に子供みたいな言葉を残して。


 グリムが心なしか、何時もより大きい羽音を立てながら窓から雨の中へと飛び出していくのを見送った後、ゼレーニナに向き直る。


 先程の“缶詰のボイル”よりは、余程興味を惹かれている眼でゼレーニナが対面に座り直した。


「さて、本題に移りましょう。新開発の話ですね?具体的にはどの様な?」


 当たり前の様に装備の話へと話題を持っていくゼレーニナを、手で制する。


「発明の話は後だ。それより先に聞きたい事がある、俺には此方が本題なんでな」


 こいつの話すコツの一つは、主導権を離さない事。


 現に相手は少し不満そうな眼になったものの、僅かな間の後に話を聞く体勢に戻った。


 よし。


「ゴーレムバンカー、という兵器について何か知っているか?」


 おもむろに、そんな言葉を投げる。


 余りにも唐突な言葉にゼレーニナが何かを言おうとしたが、何かを察したらしく静かに考え込み、首を振った。


 少しずつ、こいつも俺との話し方が分かってきたらしいな。


「知らないんだな?」


「そのゴーレムバンカーというのは、どんな兵器なんです?」


 この反応からしても、どうやらゼレーニナは“ゴーレムバンカー”は本当に知らないと思って良さそうだ。


 しかし、あくまで“ゴーレムバンカー”という名前を知らないというだけだ。俺の予想通りなら、兵器自体には確実に心当たりはあるに違いない。


 昨日のクルーガーの、含みのある笑顔が脳裏にちらつく。


「クルーガーが自律駆動兵に対抗する為に開発した、近接戦専用の装甲貫通兵器だ。何というか、ディロジウム炸薬筒を装填して、それを炸裂させた勢いで飛び出す杭を敵に打ち込み、装甲を穿つ形で貫通させる」


 俺の説明に少しだけ、ゼレーニナが眉を寄せた。


「………接近戦で、ディロジウム炸薬の勢いを用いて装甲に杭を打ち込む、という訳ですか?」


 そんな風に返ってくる言葉には、注意深く聞いて漸く分かる程度だが、呆れにも似た色が混じっている。


 間違いない。


 こいつは、知っている。名前は知らずとも、間違いなくあの兵器を知っている。


「あぁ。試験場で実際に炸裂させる所を見せてもらったがそういう事だ。筒と杭の付いたガントレットを腕に通して、至近距離で炸裂させる兵器らしい」


 そんな俺の言葉にゼレーニナが、静かに息を吐いた。


「………成る程。自律駆動兵に対して急遽対抗兵器が必要になり、クルーガーが開発したのがその“ゴーレムバンカー”という訳ですね」


 普段の語気が語気な為に分かりにくいが微かに、だが確かにその言葉には皮肉めいた色が混ざっている。


 確信に近いものが、静かに胸の内から水面の波紋の様に広がっていった。


「……因みに聞きますが、炸裂させたディロジウム炸薬筒はどう排出するのですか?」


 ゼレーニナが、呆れ返った様な声音でそんな事を聞いてくる。


 何故、新開発の筈の装備に対して、よりにもよっていきなり“炸薬筒が排出出来るのかどうか”を聞いてくるのか。


 技術者と言えばそれまでだが、完全に初耳の兵器ならばゼレーニナ程の発明家なら、それより先に聞きたい事が幾らでもある筈だ。


 胸の内の、靄の様だった確信が色濃くなっていく。


「排出は、しない。鋼材の強度から考えてもそれだけの炸裂を起こせば機関部にも歪みが発生する可能性も高いらしいからな。仮に排出した所で、再び装填して再度炸裂、という訳にも行かないだろう」


「それで?」


 俺のそんな説明に、興味無さそうにゼレーニナが相槌を打つ。まるで、子供の言い訳を聞いている様な表情だ。


「だから今回は炸裂させた後は機関部ごと廃棄して、低コストの単発限定兵器として運用する事にしたらしい。レイヴンに“ゴーレムバンカー”自体を複数持たせる事を想定して、発案された兵器だとか」


「まぁ、でしょうね」


 ゼレーニナが、静かに溜め息をつく。分かりやすい、興醒めの様な溜め息だった。


「なぁ」


 静かにそう呟くと、ゼレーニナが机に落としていた視線を上げる。


「はい?」


 本題を話す前に、少し息を吸った。俺の勘違いなら、それまでだ。


「率直に言うぞ」


 改まってそう呟くと、ゼレーニナが訝しむ様な目線を向けてくる。まぁこいつにとって不機嫌な顔は、普段通りの顔なんだろう。


「“ゴーレムバンカー”を発明したのはクルーガーじゃなく、お前なんじゃないのか?」


 少しの躊躇の後に、そう言い切った。急に周りの音が止んだ様な錯覚に陥るが、勿論気のせいなのは分かっている。


 さて、どうなるか。


 幾らか投げやりに近い気持ちで、目の前のゼレーニナを見据える。


 そして、当のゼレーニナは。




「……どうしてそれを…………」




 俺を見据えたまま、信じられないと言った表情で呆然としていた。


 そんなゼレーニナの表情を見て、安堵の入り雑じった長い息を吐く。正直幾らか博打な部分もあったが、勘は当たっていたらしい。


「やはり、お前なんだな?あの兵器を発明したのは」


「どこからそれを知ったんです?あのクルーガーが話したとは思えませんが」


 あのゼレーニナが珍しく目を見開いたまま、問い質してくる。


 頭を掻いた。どこから話すべきか。


「以前グレムリンの事を話した時に、お前が妙な反応をしていたのが気になってな」


 俺の言葉に、ゼレーニナが意外そうな顔をする。


「グレムリン?クルーガーが開発したあの単発のリストクロスボウですか?」


 俺が主導権を握っている話で、こんなにもゼレーニナが食い付いてくるなんてな。


 そんな、脳裏に皮肉めいた考えがちらつく。


「上手く言えないが、お前があの時に真っ先に“コスト”を皮肉っていただろう。今回のゴーレムバンカーの話を聞いた時、既視感を感じてな」


「………確かに、そんな話もしていましたね。ですが何故そこから私の話が出るんです?」


 今までに無い程に俺の言葉の一つ一つに聞き入り、考え込むゼレーニナ。


 こう言うのは失礼だろうが、本当に年頃の少女みたいだ。


「ゴーレムバンカーの説明をしていた時にクルーガーが言っていたんだ。“特殊鋼材を使えば再装填可能になるかも知れないが、レイヴン達に行き渡らせるにはコストが高過ぎる”ってな。その時にお前が最初にクロスボウ、グレムリンを皮肉っていたのを思い出したんだ」


 俺の言葉で記憶を手繰る様に、ゼレーニナが細い顎に指先で触れながら考え込む。


 少しの間。


 考え込んでいたゼレーニナが納得した様に目線を上げ、目線が合う。


 やはり、同じ結論が出たらしい。こいつの頭脳と記憶力なら、俺がどの言葉を切っ掛けに今回の件に勘づいたのかも分かるだろう。


 お互い、同じ言葉を思い出している事が手に取る様に分かった。


 目線を合わせたまま、静かに頷く。



「「金貨の節約の為に、レイヴン達は戦場で命を危険に晒す」」



 お互いの言葉が、重なりあう。


 僅かな間の後にゼレーニナが椅子に体重をかけ、皮肉気味に呟く。


「思ったより、鼻が効く様ですね。これからは発言にも気を付けた方が良さそうです」


 ……ゼレーニナの発言からして、どうやら今回の件はあからさまに反発出来る様な事象では無さそうだ。


 発明の盗用に従う理由があるのか、それとも権利の問題か。


 少なくとも、こいつの性格から考えて自分勝手な盗用なら俺に話を出されて黙っている訳が無い。


 現にウィスパーをクルーガーの発明だと発言した時は、見た事無い程にゼレーニナは憤慨していた。


 しかし、ならば何故今回は黙っている?それも、俺に指摘されるまでは此方に盗用を伝えようともしなかった。


 それに加えて、ゴーレムバンカーがこいつの発明だと言うのなら、ほぼ間違いなくもう1つの疑問も確定と見て良いだろう。


「もう1つ聞くが、グレムリン………クルーガーのあのリストクロスボウも、元々はお前が開発したものだったんじゃないのか?」


 そう、今回の件に気付く原因になったリストクロスボウ、グレムリン。あの時の反応が既視感へと繋がり、今回の件へと至った。


 ならば、間違いなく。


「……えぇ、グレムリンも、元は私の発明です。元々は貴方が使っているスパンデュール、自動連発クロスボウとして私が発明・提案した装備でした」


 物憂げな、自身の過去を皮肉っている様な調子でゼレーニナが呟く。


 そんなゼレーニナを見ている内に、少しずつ過去の記憶と発言、そして理由が噛み合っていく。


「なら、俺が依頼したグレムリンの改良は厳密にはグレムリンの改良ではなく……」


「はい。今貴方が任務で装備しているスパンデュールこそ、本来のリストクロスボウとして私が当初発案した物でした」


 今ならクルーガーのグレムリンに対して、あれだけ力強く“自分なら連発式を作れる”と豪語していた理由が分かる。


 作れるも何も、元々自分が連発として設計していた物だったのだから。


 しかし、ならば何故。


「なら何故皆、グレムリンをクルーガーの装備だと持て囃している?過去の発案者がお前だとは、恐らくこの島の殆どが知らないぞ。俺だって当初はそう説明されていた」


 レイヴン達に聞いたとしても、現に殆どがクルーガーの発明だと答えるだろう。俺がこのカラマック島に来た時も、クルーガーは何一つそんな話は出さずに俺に装備を説明していた。


 俺の言葉に、ゼレーニナが嘲笑する様な笑みを溢す。


「何一つクルーガーは嘘を言っていません。実際、今の単発クロスボウとして設計したのはクルーガーですからね。私の設計図を流用したとしても、鋼材の割合や単発としての設計は全てクルーガーが独自に設計した事には違いありません」


 確かにそれはそうかも知れないが………


 それにしたって、自分の発明した物が組み換えられて他人の名前で発表される等、思う所が無い訳が無い。


 少なくとも、こいつなら絶対にある筈だ。


「自分の設計が元になっているとは主張しなかったのか?」


 幾ら最終的な設計をクルーガーがしたとしても、それでも十分にゼレーニナの功績にもなる筈だ。


 主張するに足る理由はある筈だが。


 そんな俺の言葉にも、ゼレーニナは皮肉な調子のまま返す。


「……むしろクルーガーは当初、グレムリンを私の名前で発表しようと提案してきました。ですが、私から拒否したのです」


 思わず顔を上げた。自分から拒否?


「ちょっと待て、お前自身がクルーガーの提案を拒否したのか?自分の名前じゃなく、クルーガーの名前で発表しろと?」


「はい。低コストの鋼材に置き換えて単発にするべく構成まで組み換えたあの発明は、もう私の手から遠く離れています。幾ら私の発明を原案にしているとは言え、鋼材も構成も組み換わっている装備を私の発明と呼ぶのは私自身も納得が行きません」


 発明家としての矜持、の様な物だろうか。


 自分が最後まで組み立てた物ならまだしも、構成も鋼材も変わったものまで自分の名前で発表するつもりは無い、といった辺りか。


 画家が、同じものを同じ雰囲気で描いた他の絵画に対しては、権利を主張しない様な物だろうか?


 ……ダメだ、俺は余り例えが上手い訳では無い。きっとこの例えも違うだろうな。


「いつしか、私から言ったのです。私が過去に廃棄した発明や没案なら、好きにして構わないと」


 平然と言うゼレーニナに、少しばかり目を見開いた。もし俺が同じ立場に居たなら、そこまで言い切る事が出来るだろうか。


 勿論、こいつ程の頭脳を持った事はないから何一つ断言出来る訳ではないが、いやはや。


「………だから、クルーガーはお前の発明を自分の名前で発表してるって事か?」


「もう私の発明ではありませんがね。あんな生産重視の安い作り、むしろ私の名前が使われるなんてお断りです」


 散々な言われようだ。ゼレーニナなりの矜持なのだろうが、これはこれで拗らせていると個人的には思う。


「最も、それでもクルーガーは納得行かないらしく、発明の協力者として私の氏名を添えて本部には申請していますがね。勿論表の書類には何一つ名前は出ませんが、そのお陰で私にも随分な成果と利益が回ってきています」


「………つまり、お前がこの技術開発班でこれだけの権力を持っていられるのも、それが理由か?」


 こんな灯台じみた不気味な塔を建てておきながら、まるで周りを寄せ付けない生活をしているのも、よく考えれば余程の利益や成果が無ければ許される訳が無い。


 クルーガーの成果や実績が幾ばくか、こいつに回ってきているのなら一応納得出来る理由にはなる。


 そんな事を考えた途端、ゼレーニナが鋭く俺の眼を睨み付けた。


「クルーガーから回ってくる実績など、私の本来の実績からすれば端切れ程度です。私がこの団でこれだけの強権を発揮できるのは、ウィスパー開発の実績があるからに他なりません。勿論、他にも色々と実績はありますがね」


 そうか。思い出して見れば、こいつはグレムリンの時もゴーレムバンカーの時も、ただ皮肉な顔をする程度だったが、ウィスパーの時だけは火を吹かんばかりに憤慨していた。


 黒羽の団で重宝され、一時期は帝国軍に深刻な損害をもたらしたウィスパーは、自身の発明、自身の成果だとゼレーニナ自身も自負しているのだろう。それこそ、開発者の矜持として。


 だからこそ、あの時あれほどまでに感情を露にしていたのだ。


 そんな事を考えている最中、頭の中の歯車が砂を噛んだ様に音を立てて止まった。


 いや、待てよ?


 不意に少し首を捻る。よく考えてみれば、ゴーレムバンカーが必要になったのはつい最近だ。それなら、以前に発明していたというゼレーニナの時間軸が噛み合わない。


 自律駆動兵が開発される前に、ゴーレムバンカーが開発される訳が無い。


「……待て、ならゴーレムバンカー自体もお前の発明というのは分かるが、それならお前はいつ開発したんだ?自律駆動兵の話が黒羽の団に流れてきたのは、つい最近だろう?思い付いてすぐクルーガーに話を振った訳でも無いだろう?」


 そんな俺の疑問にも、ゼレーニナはいつもの退屈そうに答える。


「浄化戦争中に自律駆動兵の話が出たでしょう?結局、開発は頓挫した様ですが。もう数年前になりますかね…………その時に、自律駆動兵相手にレイヴンが携行兵器で装甲を貫通出来る様、当時の私が開発しました。もう浄化戦争も終局でしたので、結局は案のまま終わりましたけどね。“ゴーレムバンカー”何て名前でもありませんでしたし」


 内心、舌を巻く。


 浄化戦争の終わりともなると数年前だぞ?勿論、この目の前の少女も更に若い時代という事になる。歳こそ知らないが、下手したら殆ど子供なんじゃないか?


 そんな少女がそんな時代に、既にゴーレムバンカーを設計していたというのか?


 そこまで考えた後、よくよく考えればその時代に目の前の少女は、ハチドリことウィスパーを開発していた事に気付いた。


 …………こいつに関しては、もう俺達の尺度で測ろうとするだけ無駄なのかも知れない。


 そんな、諦めにも似た結論が脳裏を過る。


「ブロウズ、そう言えば私に何か開発を依頼するつもりだったのでは?」


 自分の身の上を話す事には余り興味が無いらしく、話を切る様にゼレーニナがそんな話を振ってくる。


 不意に、我に返った。そうだ、話に引っ張られて今回の用件のもう一つ、ゼレーニナにヴァネル刀の開発を頼みに来た事を忘れていた。


「あぁ悪い、すっかり忘れていた。ヴァネル刀について何だが………まぁ知っているかどうかは聞くまでも無いよな」


 何を今更、と言わんばかりにゼレーニナが眼を細める。


 これだけ話した仲にも関わらず、随分な扱いだ。これがこいつなりの知人への対応なのだろうが、塔に籠るのも納得の行く話ではある。


 まぁ良い、仕事なら仕事でシンプルに頼んだ方が良いだろう。


「率直に言うが、ヴァネル刀の開発を依頼したい。俺は正直実物を見た事が無いんだが、随分と俺向きの刀剣だと聞いたんでな」


「ブロウズに向いている、となるとやはり“骨割り”についてですか?」


 何気ない顔のまま、いきなり確信を突いてくるゼレーニナに胸中で苦笑する。こいつ、本当に何でも知ってるな。


 理由の説明を求められたら、多少苦労しながらでも説明するつもりで居たんだが。


 まぁ良い、話が早いに越した事はない。


「まぁそんな所だ。頼めそうか?勿論依頼するからには資金提供は約束する」


「当たり前です」


 事も無げに断言するゼレーニナ。まぁ何というか、それはそうなのだろうが、幾ら何でも言い方があるだろうに。


 内心苦い顔になったものの、概ね予想通りだ。理由を付けて断られる事を考えれば、随分と良い兆候だと思うしか無い。


「一応聞きますが、量産は考えていますか?」


「いや。使うとしても俺が任務で個人的に使うぐらいだ、逆に言うが俺が任務で使う事を想定して設計してくれ」


 仮に“骨割り”に特化した便利な刀剣だったとしても、任務に使うのは間違いなく俺ぐらいだろうしな。


 ゼレーニナが小さく鼻を鳴らす。恐らくだが、肯定と取って良いだろう。


「開発にはどれぐらいかかる?」


「勿論手は抜きませんが、所詮は刀剣一本ですからね………余りかからないとは思います。ですが、まず間違いなく貴方の任務には間に合わないでしょう」


 当たり前の様に俺の任務を把握しているゼレーニナに、最早驚く気分にもならない。


 グリム辺りの情報収集か、もしかしたら自分が知らないだけで別口の当てがあるのかも知れない。


 まぁ、気にしてもしょうがない。相手は喋るカラスを飛び回らせている様な“魔女”だ。


「どのみち、自律駆動兵にはヴァネル刀があった所でどうしようもないでしょう。本格的に開発を始めるのは、貴方が生きて帰ってきたらにしましょう」


 事も無げに俺が死ぬ可能性を出してくるゼレーニナに、我ながら皮肉な笑みが零れる。


 こいつからすれば、やはり俺は“金払いの良い顧客”に過ぎないのだと再認識せざるを得なかった。


 もっとも、命を安く扱われる事など最近は最早慣れてしまっているが。


 さて、そろそろ引き上げる頃合いだろうな。


 席から立ち上がり、椅子にかけていたギャバジンのクロークを手に取るとゼレーニナも俺が帰る事を察したらしく、椅子に座ったまま目線で退室を促してきた。


 こう言ってはなんだが、慣れたものだ。


「そう言えば、お前としてはどうなんだ?あの自律駆動兵とやらは。随分と持て囃されている発明らしいが」


 不意に、椅子から立ったままそんな話題を振ってみる。


 てっきり黙殺されるかと思ったが、意外にもゼレーニナが口を開いた。


「個人的には未だに成功した事が信じられませんね。有機性階差機関なんて言っていますが、鳥類の脳構造であんなにも合理的に人型の身体を動かせるとは思いませんでした」


 顔こそ不機嫌そうなままだが、どうやらゼレーニナなりに少しは、いや相当思う所があるらしい。


「何でも、相当な調教を施した鳥を組み込んでいるらしいな。まぁ喋るカラスが居るぐらいだ、出来ない事も無いんじゃないか?」


 ギャバジンのクロークを指で肩に背負いながら、立ち話の様にそんな言葉を返す。


「問題は技術ではなく、その域の調教を施した鳥類が“商品化”している事なんです」


「………悪いが、素人目には問題が分からん。高度に調教された鳥類が商品化するとまずいのか?」


 人語に従う様に調教した鳥類を機械に組み込んで、商品化する。人道的云々を置いておけば、とてもシンプルな工程と思うのだが。


 てっきり睨み付けてくるかと思っていたが、意外にもゼレーニナは深く考え込んでいた。


「単純な話です。生物、鳥類を違う身体に繋いで違和感なく行動させ、かつ赤の他人にすら二つ返事で従う程に調教する事は相当な手間がかかります。それに、生産ラインの様に自動化する訳にも行きません。相手は生き物ですから」


 まぁ確かに、生産ラインの様に部品を組み込んで、という訳にも行かないだろう。


 鳥類一匹一匹にも個体差があるだろうし、勿論調教自体も手間のかかる作業の筈だ。


 だが、それにしたってそんなにも考え込む様な事だろうか?それも、よりによってゼレーニナ程の頭脳を持った奴が。


「悪い、よく意図が分からんが手間暇かかってる、って認識じゃ駄目なのか?」


「勿論、そう言えばそれまでなのですが…………自律駆動兵を発明する程の発明家、クリストフォロ・ピアッツィ氏なら一体一体にそれだけの手間をかける事の非合理性にも気付いている筈です」


 そんな言葉と共にゼレーニナが、またもや細い顎に手をやる。






「ピアッツィ氏程の合理的な人間が、わざわざ鳥類を人語に従う程調教する手間を認めているのは、何か違和感を感じますね」


 そう呟くゼレーニナの眼は、深い色に輝いていた。

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