第64話

 「奴等、好き勝手書いてるな」






 新聞記事を見ながら、思わずそんな声が出る。


 黒羽の団が金銭強盗だの、イステルに言い負かされて敗走しただの、帝国に都合の良い誇張記事ばかりが並んでいる。我々が睨んだ通り、イステルは随分と帝国には気に入られているらしい。


 「言わせておけヴィタリー、イステルが破滅した時にはどんな記事が載っているか楽しみにしようじゃないか」


 涼しい顔で隣のアキムが、自分のグラスにウィスキーを注ぐ。


 自分の作戦に余程自信があるのだろうが、それにしても随分と落ち着いている。窮地の黒羽の団が民衆からの信用を取り戻せるかどうかの瀬戸際だと言うのに。


 「イステルが生きてるとなると、筋書きが大分変わってくるな。その辺りはクロヴィスの担当なんだろ?クロヴィスは何て言ってたんだ?」


 自分のグラスに半分程入っているウィスキーを、一気に干した。確かにシングルは嫌いじゃないが、個人的にはブレンドも負けていないと思うんだがな。


 アキムもクロヴィスも頑なにウィスキーはシングルこそ至高と言うが、生憎と俺はその考えには賛同しかねるのが本音だ。


 「今の所、直接攻撃はしない予定だそうだ」


 ウィスキーの香りを愉しむ様に、アキムがグラスを揺らしながら言う。


 「直接攻撃?」


 「直接イステルやイステルの親元に証拠を叩き付ける様な真似はせずに、イステルの帳簿から調べた取引記録にあった商売相手、つまりブージャムの“青タバコ”を取引していた連中に工作を仕掛ける」


 アキムのそんな言葉を聞きながら、此方も再びグラスにウィスキーを注ぐ。


 残酷で知られるブージャムと取引している連中に作戦を仕掛けるなら、其処らの工作員だけでなく確実にレイヴンを使うだろう。


 そしてレイヴンを使った攻撃を仕掛けるなら、此方に何かしら話が来る筈だ。


 この後にでも、部下からきっと話が来るんだろうな。そんな事を考えながらグラスに口を付けようとして、ふと思い止まった。流石にピッチが早すぎるか、自重しなければ。


 ヤギ肉のジャーキーでもあればな。


 「なぁ、過ぎた事だが一つ聞かせてくれ」


 「何だ?」


 アキムが悠々とウィスキーを堪能しながら返す。顔には出てないが、どうやら上機嫌らしい。


 「アイツ、ディロジウム手榴弾まで使って随分と派手にやったみたいだが本当に良かったのか?最後にそう指示したのはお前だろ?」


 静かにそう聞くと、アキムの手が止まる。ウィスキーをそれなりに飲んでいる筈だが、それでも静かな眼をしている。いや、眼が据わっている様な気もするが。


 「……今更穏便に済ませたりすれば、一時は民衆を納得させられるかも知れないがあくまでも一時だ。そうなると、前回の大騒ぎが“特別”という事になるだろう」


 アキムがまたもグラスを揺らす。


 「そうなれば、派手にやる度に今回の様な弁明が必要がある。そんな壊れた天秤の様な事をやっていれば、今後の黒羽の団は先細りになる」


 少し眉を寄せる。確かに派手にやる事を例外にしてしまえば、今後の作戦方針を含めても随分と窮屈になるのは分かる。分かるが………


 「確かに派手にやる度に機嫌取りをする羽目になるのは、俺もお断りだ。だが、前回の様な………悪魔の様な所業はそうそうある事じゃない、普段の作戦が派手な事とは訳が違う。今回ばかりはもう少し静かにしても良かったんじゃないか?まぁ、アイツが従えばの話だが」


 手に持ったグラスをアキムが静かに机に置き、「同じ事さ」と呟く。


 「“特例”を作らない事が大事なんだヴィタリー。お前がデイヴを良く思ってないのは分かるが、私としては彼の……“力”も作戦の一環として大いに活用していくつもりで居る。後は分かるだろ?」


 苦い顔をしながらグラスを揺らした。


 我々が派手にやる事を民衆に納得させる様に、アイツのとんでもない所業も“特別ではないし弁明が必要な事ではない”と民衆に納得させる訳か。


 しかし改めて考えると、理屈は分かるが随分と思い切ったものだ。


 「今更だが、相当な賭けだったぞアキム。上手く行くと良いんだが」


 自分を納得させる様にウィスキーを再び喉に流し込む。賭けにベットした後に、落ち着かずにバーでカクテルを頼む客みたいだな、と少し思った。結果を待つだけで出来る事が無い、分かっていてもどこか落ち着かない。


 「博打の無い作戦など無いさ。どのみちデイヴがしくじればデイヴを切り捨ててから、別のレイヴンにやらせるつもりだった」


 対するアキムは悠々とウィスキーを楽しんでいる。肝が据わっているというか何というか、随分と落ち着いていられるものだ。余程自信があるのか、全部のコインをベットした後も慌てないタイプなのか。


 前者か後者か、あるいは両方か。


 何にせよ昔からこいつは窮地に陥った時にこそ、随分と思い切った事をする。


 今回の事だってそうだし、何ならあの帝国軍から追い出された“浄化戦争の英雄”を仲間として勧誘しよう、と言い出した時もそうだ。


 腕っぷしならまだしも、戦場で剣を振り回していた俺でさえ度胸勝負では少し分が悪い。


 得手不得手、か。そんな事を考えながらふと口を開く。


 「イステル自身や名誉に直接攻撃はしないそうだが、本当にそれでイステルまで追い込めるのか?確かに取引相手だけが次々に被害に合うのは向こうとしても、かなり都合は悪いだろうが………」


 そんな俺の言葉に、アキムが口角を上げる。酔ってるんじゃないのか、こいつ。


 そんな俺の心配も知らずにアキムが悠々と言葉を紡ぐ。


 「ギャング同士の関係というものは思った以上に狡猾で血生臭いものだ。自分の所で強盗が発生すれば、その日に警備していた奴の腕を切り落として拷問してから、他のギャングチームに疑いの眼を向ける様な奴等さ」


 そういってアキムが口元にグラスを持っていくも、少し飲み過ぎと思い直したのか机にグラスを置く。


 「そんな中、ブージャムと取引していた“相手ばかり”が次々に痛手を負わされ、大赤字になり、損失の補填に追い回される様な羽目になってみろ。答えを教えずとも奴等はすぐにブージャムから、取引の帳簿が漏れた事を嗅ぎ付ける」


 少し自分の手元のグラスを揺らす。今日はこの一杯を最後にしよう、そんな事を考えながらアキムの言葉に返事を繋げる。


 「周りがブージャムの過失だと嗅ぎ付けたとして、そこからはどうする?他のギャングがこぞってブージャムに敵対すれば、ギャング“ブージャム”は追い詰められるかも知れないが………当の薬剤師イステルの名誉は哀れな被害者で終わりだ。それを殴り付けた俺達も無様な強盗で終わりだぞ」


 ブージャムが追い詰められて破滅すれば、街の治安は幾らか良くなるかもしれないが、それだけだ。


 黒羽の団は相変わらず邪教集団として忌み嫌われ、レイヴンを見れば守るべき民衆でさえ逃げ惑うのは変わらない。


 俺のそんな言葉にも、アキムは不敵な笑みを浮かべながら言葉を返してくる。


 「“今の所は”と言っただろ?そこまで下準備を終えてから、イステルの破滅に取り掛かる。イステルがやたら気にしている帳簿ではなく栽培認可証に、再調査を検討させる様な細工をしてから帝国軍にそれを嗅ぎ付けさせる訳だ」


 眉間に少し皺が寄せるも、俺の表情に気付いたアキムが不敵な笑みのまま言葉を続ける。


 「心配するな、技術班の加工も一流だ。金貨と酒しか考えてない帝国連中が見破れる様な代物じゃない」


 まぁ、黒羽の団の技術力は帝国の技術にも勝るとも劣らない。一応は、心配ないか。


 「話を戻すがイステル自身も今、栽培認可証の件に自分から触れる訳には行かない。失った認可証を再申請するにしても、薬剤の原料になるコバロナやデロンタールの栽培も今、再調査されたらまず申請は通らないからな」


 悠々と上機嫌そうに語るアキムの言葉を聞きながら、ウィスキーの入った頭を巡らせる。


 当初は不備を加えた栽培認可証を隠蔽出来ない形で公表した後、取引先の帳簿から割り出した“青タバコ”を焼き払っていき、あの時の抹殺はギャングと禁止薬物取引を破滅させる為にも正しかった、と民衆に理解させる予定だった筈だが………イステルが生きている事を利用する作戦となると、こうなる訳か。


 「そして帝国軍が再調査に来れば、イステルは確実に資格も名誉も剥奪される。普段、滅多な事が無ければ認可を与えた人間に再調査など来ないが、今回は事情が事情だからな」


 レガリスで禁止薬物の原料の栽培認可証が与えられた場合、普通は生涯に渡り殆ど再調査の心配は無い。


 アキムの言う通り、滅多な事が無い限り再調査が行われる事は無いし、あったとしても栽培認可証が与えられる程の人物なら不備も無く製造量と栽培量も噛み合う、その数量を調査班に確認してもらえば済む話だ。


 だが、今のイステルはそうも行かないだろう。青タバコの大口取引をしたばかりで、明らかに生産したコバロナやデロンタールの量が噛み合わない。禁止薬物の原料の計算が合わない、なんて帝国に知れたらどうなるか等、言うまでもない。


 「やがてブージャム達は利益を生み出せなくなったイステルを排除しようとするだろうが、帝国から再調査を命じられてる人物が雲隠れしたままでは、向こうとしても都合が悪い。何せ散々権力を利用してきた程の立場だ、其処らの民衆や帝国兵ならまだ何とかなるが医学史に名を残す天才が行方不明や事故死しては都合が悪い。まさか自分達の縄張りからイステルの死体を出す訳にも行かない。幾ら武闘派とは言え、まさかギャングが真正面から帝国と事を構える訳にも行かないだろう」


 強豪、残酷と言われるブージャムと言えども、流石に真正面から帝国と事を構えれば勝敗は火を見るより明らかだ。


 それこそ黒羽の団でさえ真正面から激突した結果、ペラセロトツカを助力する形であったにも関わらず完全敗北を喫してしまっている。


 「レイヴンが殺したならまだしもイステルが生きているなら、帝国に金銭被害として補填を請求する為に、確実にイステル自身に証言させる筈だからな。ブージャムの様なギャング、そしてイステルの様な守銭奴は得られる利益を逃がさない」


 グラスを揺らしつつ、そんなアキムの言葉を頭で反芻する。


 ウィスキーに思考を邪魔されない様にしながら、アキムに言葉を返す。幾ら俺達の担当じゃないとは言え、ウィスキー飲みながらする話じゃないな。今更ではあるが。


 「その辺りはクロヴィスの読み通りだったな。イステルが虚偽の金銭被害を請求する事を読んでる辺り、あいつも中々頭がキレる奴だ」


 元々イステルが生きていた場合の作戦も多少クロヴィスから聞いていたが、自分はてっきりアイツは確実にイステルの首を斬り飛ばすとばかり思っていたので、余り詳細には聞いていなかったな。元々は自分の担当でもないし、当たり前と言えば当たり前だが。


 「“青タバコ”で利益を得ている連中が万が一、ギャングの垣根を超えてでも利益の為に結託し、イステルの立場や身柄を守ろうとすればとても厄介な事になる。ブージャムだけでは無理でも、大小様々なギャングが結託すれば帝国の再調査をすり抜けられて再び認可証が手に入るかも知れないからな」


 本来なら、只の薬剤師一人の地位を守る為に大小様々なギャングが結託するなど有り得ないと言って良い。


 だが、レガリスの裏社会に蔓延している禁止薬物“青タバコ”、その取引の利益を考えれば絶対に無いとは言いきれない。そして現にイステルは、立場も能力も“青タバコ”生産者としては天才的だ。


 ならば利益を第一に考えるギャングが、手を組む可能性は無いとは言いきれない。


 「あくまでも万が一だがな。だがもしそうなってしまえば、今回の任務が殆ど無意味になってしまう」


 そう呟きつつ、上機嫌そうなアキムを横目にまた一口ウィスキーを飲む。


 「しかし、ブージャムに協力するギャングチームは居ない。ブージャムと取引した帳簿の連中は皆、痛手を負わされているからな。そして、連中はブージャムを疑っている」


 そこまで言い切って、アキムが自分の推理に満足した様にグラスを干し、グラスを置いた。


 まだ泳いでる目線の様子を見る限り、もう一杯注ぐか考えているらしい。個人的には止めておいた方が良いと思うが。


 「結局、ブージャムが帝国と事を構えずに今回の事を収めるには、帝国にイステルを差し出すしかない。周りの協力無しで損失を抑える為にはそれしか方法が無いからな」


 深く、深く溜め息をついた。自分の息も微かに酒の匂いがする。


 こう考えると随分と考えられているものだ。剣を振り回し物陰から喉を裂く自分達からすると、こればかり得手不得手とは言うものの組み立て方は流石という他無い。


 「良く考えたな、全く。全てクロヴィスが考えたのか?」


 グラスを揺らしてからまたも一口飲み、残り少ないウィスキーを見定める。


 次の一口で終わりにしよう。


 そんな俺の様子を幾らか眺めた後に、観念した様にアキムがグラスから遠ざかる様に歩いていく。


 「全て、とは言わずとも大半がクロヴィスの案だ。元々、デイヴがイステルを殺した場合とイステルが殺されなかった場合の案があると言っていた。今回はそれに加えて、ランゲンバッハが生きているという情報が入ったからな。その情報から柔軟に作戦を組み上げたらしい。全く、呆れる程に頭の回る男だよ」


 「元々の“テリアカ”開発者か。元はただの薬剤師だったんだろ?よくもまぁ、今の今までアイルガッツ刑務所で生き残ってこれたな。其処らの女なら一週間もせずに、ヤギみたいに首を切り落とされて終わりだろうに」


 アイルガッツ刑務所がどれだけ過酷、そして残酷な刑務所かは最早言うまでも無い。ウェルデリー程じゃ無いにしろ、それでもアイルガッツ刑務所という場所は血と狂気を練り上げたテリーヌの様な物だ。


 もし賭けなら、それこそ“青タバコ”でも吸ってない限り全員が「惨たらしくランゲンバッハは死ぬ」にベットするだろう。


 「デイヴは尋問中にランゲンバッハが生きてると知って、直ぐにイステルを殺さない方向に切り替えたそうだ。我々が利用する事を想定した上でだぞ?中々どうして、デイヴもキレ者じゃないか」


 アキムのそんな上機嫌な声に、苦くなった顔を流す様に最後の一口を流し込む。理屈は通っている、判断としても上々だ。だが、どうしてもアイツだけは気に食わない。


 頭を掻いて、静かに溜め息を吐く。気に食わないが、結果を出したのも事実だ。


 「………結局、今後もアイツを飼い続けるって事で良いのか?尻拭いが終わったなら、それはそれで切り捨て時だと思うんだが」


 そんな言葉が、酒の酔いを伝う様に口から零れ出る。


 現に、情だの何だのを排除して考えれば、中々に現実的な方針だと思うんだがな。不始末を犯した配下に尻拭いをさせ、成果を出し、丸く収めた辺りでそのまま始末する。


 これも損得を含めた合理性から見れば、中々に堅実な手だと思うのだが。


 しかし意外にも、そんな俺の言葉にアキムは先程と変わらない調子で軽く答えた。


 「必要となれば殺すさ。その時はお前に始末を頼むかもな」


 意外な思いで顔を上げる。余りにも軽く、余りにも単純な答え。アイツの事で、ここまでアキムと意見が噛み合ったのは久し振りだった。


 アキムが、静かに言葉を続ける。


 「元帝国軍かつ黒魔術を使う不穏分子だった事を含め、庭園の件で切り捨てる可能性もあった事を考えれば、デイヴは損失を取り戻す分だけの働きはもう十分してくれたからな。ヴィタリーの言う通り、不穏分子のデイヴをここで切り捨てれば団も落ち着くだろう。士気も向上するだろうさ」


 あれだけアイツを持ち上げていたアキムが、始末を考えているとは意外だった。予防は治療に勝ると考えれば、納得のいく話だが。


 意外な思いのまま、言葉を返す。


 「やる時は言ってくれ。認めるのは癪だが、アイツを始末するなら其処らの連中には荷が重い。俺がこの手で始末した方が確実だろ」


 そんな俺の言葉にも何一つ動じる事なく、少しアキムが自身の手を見つめた後に、口を開く。


 「まぁ、そうは言ったが今すぐ始末するかは正直な所、まだ思案中でな。デイヴは確かに団に波紋を呼ぶ不穏な存在だが、その不穏を補って余りある程に優秀な手駒でもある。勿論、お前は気に入らないだろうがな。そこで一つ、考えがある」


 「考え?」


 俺のそんな言葉に、手を見つめていたアキムが静かに振り向く。






 「一つ、試してみよう。我々の望む答えが出せる様なら、我々の忠実な部下として迎え入れてやろうじゃないか」

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