第63話
1838年
レガリス中央新聞
薪山の月5日
“堕落した抵抗軍、次なる惨劇の矛先は救世主へ”
先日の夜、邪教徒レイヴンによって更なる惨劇がアルバリス地区で巻き起こった。
穢れた邪神崇拝が明らかになった結果、夢見がちな奴隷達からの信用も失って資金も尽き、自暴自棄になった黒羽の団が矛先を向けたのは、改良型テリアカを開発・発表した事で知られる医学界の天才、レオノーラ・ハイルヴィッヒ・イステル女史。
イステル女史が勤務している研究所内にレイヴンは無断で侵入し、医療技術者や事務員、清掃員までもを含む十数名を殺害し、内部の金銀や金貨を奪って逃走。
事もあろうにレイヴンは、医学史の未来を担うイステル女史にまで残虐な暴行を繰り返し、金庫の鍵を奪い取ったとの事。
イステル女史は従軍経験がある訳では無いが、人民の為そしてバラクシアの為を思って万能解毒剤の開発に勤しんできた、帝国軍の誇りある兵士にも負けない真の愛国者だ。
遂に金銭強盗にまで身を落としたレイヴン達の卑劣さと残酷さ、そして何事にも屈しないイステル女史から伝わる、真の愛国者足り得る気高さが供述から明らかになっていく。
当初、レイヴンがイステル女史の部屋に押し入った時、当のイステル女史は敬虔なテネジア教徒として、聖書を読んでいる最中だったという。
レイヴンは脅せば許しを請い何でも話すだろうと剣の切っ先を向け、金を出さなければ殺すと脅迫したそうだ。
しかし余りにも落ち着き払った態度のままそれを拒否するイステル女史の態度にレイヴンは面食らい、暫く狼狽した後にイステル女史に掴みかかり暴行を繰り返した。
膝の靭帯を損傷し、耳介を切り裂かれ、後に搬送された病院で二ヶ所の手術を受ける程の傷を負わされたイステル女史だったが、それでも下劣なレイヴンなどに屈服してなるものかと最後まで真っ直ぐに眼差しを向けていたそうだ。
そして卑怯な方法でしか勝った事の無いレイヴンが狼狽えているのを見ながら、一言イステル女史は言った。
「貴方が私に暴力を振るい、殺そうとするのは私に勝てないからよ。例え私を殺しても貴方は私に勝てないわ」
鉄の様な意思と言葉に見事に言い負かされたレイヴンは一旦は剣を振り上げたが、そのまま逃走したそうだ。
心の折れないイステル女史を屈服させるのを諦め、鍵を机から奪ったレイヴンは逆恨みの様な罵倒を繰り返しながら逃走したそうだ。
純金、そして純銀のインゴットを何本も奪われたイステル女史だが、資産額は帝国本部から無事に補填申請が認可される事となった。
二ヶ所の手術を終えたイステル女史はレイヴンが去り際に言ったある言葉が、気にかかっていると言う。
「《あの帳簿でお前を破滅させてやる、どうせ見分けは付かない》と騒いでいたの。何か偽物の証拠をばら蒔く事で私を何か社会的に破滅させようとしているのかも知れないわ」
どうやら黒羽の団は今、虚偽告発の様な汚い手段を考えているらしい事がこの発言から明らかになった。
どこまでも穢れた下劣な抵抗軍は、一体どんな卑劣な手を考えているのだろうか、レガリスの平穏の為にも帝国憲兵達は今日も気の抜けない日々が続く。
最早、レガリスの疫病となった黒羽の団。次はどんな“未来”が狙われるのだろうか、レガリスに巣食う“腫瘍”の一刻も早い“切除”がレガリス中の人民から願われている。
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