第65話

 読むに絶えない記事が詰まった新聞を机の上に滑らせ、眼鏡を外してトミー・ウォリナーは幾ばくか目元を揉んだ。









 黒羽の団において、経理を総括しているトミー・ウォリナーには資金の出入り、そして資金の配分と流れが手に取る様に分かる。


 勿論一つ一つ自分が線を引き帳簿を記している訳ではなく、部下に任せている部分も大きいが、それでも大まかな流れは全て把握していると自負していた。


 そして、金の流れは嘘を付かない。


 数ヶ月前、先細りすると悲観していた頃からすると、随分と黒羽の団も持ち直したものだ。


 少なくとも帳簿の上では今、黒羽の団は勢いに乗っていると言えなくも無い。


 話に聞く所に寄ればレガリス、帝国では今黒羽の団は随分と散々な言われ様らしいが、それでも金の流れを見ている身からすれば大した損害は無い。


 ブラックマーケットの売上が落ちる様な様子もなく、此方が製造した剣もライフルも相変わらず売れ続けている。


 邪神崇拝の噂が出ようと、ギャングや裏社会の連中には余り関係ないらしい。


 悪い噂が出ようと、剣は相変わらず切れ味があり、銃は引き金を引けば弾が出る。ギャングからすれば、一番大事なのはそこなのだろう。


 まぁ、幹部の連中からすれば売上の資金よりも、今は外聞と評判が大事な時期なのだろうが。


 聞こえてきた話によれば、悪評を覆し再び民衆を味方に付ける為、件の元英雄デイヴィッド・ブロウズには相当な無理をさせているらしい。


 黒魔術を使う悪魔、と一時期こそ黒羽の団内部では恐れられ、拘束部隊として大人数の戦闘員が駆り出され、処刑計画まで出た程であったが…………今では、その黒魔術を利用して黒羽の団に貢献しろと団の為に使役しているらしい。


 他に行き場が無いブロウズは従うしかない、勿論幹部連中もそれを理解した上で命令しているのだろうが、随分な扱いだ。


 デイヴィッド・ブロウズが来る前には万全の対応と待遇をする為に随分と無理をして、宝石を磨り潰す様な思いで“個人資産”を用意したと言うのに。


 結果からすれば、あれだけ必死に用意した大金、“個人資産”はあの忌々しい小娘、ゼレーニナの開発資金に流れただけだ。


 “個人資産”という大金もデイヴィッド・ブロウズしか運用出来ない様にした筈が、その当の本人がゼレーニナに説得されてしまい、実質ゼレーニナの資金となってしまった。


 勿論、デイヴィッド・ブロウズの命令なら好きに使える様にと用意した資金ではあるが……トミー・ウォリナー本人としては些か、いや大いに思う所があった。


 結果的に開発は成功して今はブロウズ専用の武器として、ゼレーニナの開発した装備が活躍しているらしいが、あの小娘がどんな考えをしているかは容易に想像が付く。


 近い内に、またあの小娘はブロウズを上手く説得して“個人資産”を引き出させるだろう。


 余程の理由が無い限り、言い付け通りに此方は資産を引き出して渡す事になっているが………ウォリナー個人としては、どうにもブロウズが良い様に窓口にされている気がしてならない。


 しかし、現に前回の開発ではブロウズの任務に、あの小娘の開発が役立ったらしいのも事実。


 万が一とは思うが、ゼレーニナが完全にブロウズを手懐けてしまった場合は非常に厄介な事になる。


 次回、もしブロウズが開発資金を引き出そうとしてきたら、今度こそ入念に見極める必要があるかも知れない。








 「ままなりませんねぇ、全く」


 誰に言うでもなく一人でそう呟き、ウォリナーは再び眼鏡を手に取った。

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