第38話
「君の次の標的が決まった」
アキムが、鋭い眼差しと共に告げた。
再び呼び出された会議室は、依然として変わらず鉛を融かし込んだ様な重苦しい雰囲気を纏っている。苦手とも得意とも言えない、独特の空気がそこにはあった。
「いやぁ随分と苦労したよ。ブラフは蒔かれている、小物は多い、尻尾は出ないで本命を探し当てるのに手間取ってしまった」
そんな雰囲気を物ともせず、クロヴィスが書類を机に滑らせながら明るい声で告げた。机の上の、ディロジウムランプの微かに蒼の入った光が書類を照らし出す。
「ディオニシオ・ガルバン。上流階級の中ではかなりの有名人だ。良くも悪くも、ね」
そう続けるクロヴィスの隣で、ヴィタリーが相変わらずの渋い顔で睨み付けている。その渋い顔が、言葉を繋げた。
「ディオニシオは有数な資産家でもある、その資産を軍に投資して見返りに、一代にして上流貴族という地位を手に入れた訳だ。言うまでも無いが、非公式にな。次はこいつを仕留めてもらう。表に出せない資金源を断絶し、帝国軍を大きく疲弊させるのが今回の任務の目的だ」
そんなヴィタリーに、視線を投げながらもアキムが説明を引き継ぐ。
「そして資金源を絶てば、様々な箇所で無理が出てくる。粗が出ればまたそこに勝機も見える、という訳だ。詳細は資料を確認してくれ」
資料を机から拾い上げ、数枚捲る。ディオニシオの素性、家系、資産総額、人相、様々な情報がそこには詰まっていた。諜報員も前回の任務により強力になったのか、情報量が前回より遥かに多い。これなら、もっと綿密な計画を立てられるだろう。
「まぁ資料を見れば分かるとは思うが、豪邸は随分と警備が厳重だ。襲撃が容易いものでない事も君なら分かるだろう」
僅かに苦い顔と共にアキムが呟く。確かに、上流貴族なだけあって随分と厳重な警備だ。侵入にも離脱にも向かない、単独のレイヴンには分の悪い配置でもある。
「我々で幾つかのルートを用意したが、正直に言ってどれも推奨出来ないというのが本音だ。今回の任務に関してはデイヴ、君の意見を聞かせて欲しい」
そんなクロヴィスの言葉に眼で合意してから書類を捲り、予定表を指と視線でなぞりながら口を開く。
「パーティを狙う訳には行かないのか?」
そんな俺の言葉に、直ぐ様ヴィタリーが噛み付く。
「そのパーティは真っ昼間だ、しかも会場は見晴らしがバカみたいに良い。どんなバカも丸見えだろうよ、レイヴンなんて特にな」
「貴重なご意見どうも」
「やめないか、二人とも」
俺とヴィタリーの応酬に、呆れた様な声でクロヴィスが割って入る。
「レガリスを救った後に決闘でもすれば良いだろう、カードでもコインでも殴り合いでも好きにケリを付ければ良い。だが今はやめてくれ、良いな?」
不機嫌そうに鼻を鳴らしてヴィタリーが顔を背けるが、そのまま会話は続く。
「それで、どうするんだ勇者様?大勢の警備兵と喧嘩でもするか?それとも戦旗を振りかざしながら、パーティに乱入でもしてみるか?」
ヴィタリーの言い方に随分難はあるが、簡単に言ってしまえばそういう事になる。どちらにしろ、御世辞にもやりやすい環境では無い。
予定表を再び捲りながら、頭の中で侵入経路を練る。出来れば夜間に侵入したいのが本音だが、夜半の屋敷の警備は言わずもがな、パーティ会場も厳重な警備体制を敷いている様だ。当然と言えば当然だが、やはり前回のドゥプラの件であからさまにレイヴンを警戒している。日頃の活動でさえ重警備の屋敷から出ず、その警備も数時間毎に警備を交代させている徹底ぶりだ。
これを何とか崩す方法は無い物か。やはり催し物の際を狙うしか無いのだろうが………
「この夜のパーティに乱入するのは?」
「ダメだ、ここも見晴らしが良すぎる。招待状より先に鉛弾が飛んできちまうよ」
「なら屋敷しか無い様だな」
「しかしこの重警備はなぁ…………向こうもレイヴンが来るのを想定しているだろうし…………下手に刺激して、より引きこもる様になったら面倒だぞ」
三者の間で話し合いが進む中、頭の中で物事を組み立てては崩すのを繰り返す。
話し合いの勢いが衰え、ランプの中のディロジウムが乏しくなった頃、一つの崩れない作戦が頭の中で組上がった。勢いの途絶えた隙を突いて、口を開く。
「一つ、提案がある」
「ぬいぐるみは売ってないぞ」
「お前が買い占めたなんて話はどうでもいい」
即座に噛み付いてきたヴィタリーを容易く切り払い、机に広げたパーティの予定表を指で指す。
「ここのパーティで襲撃をかける」
「デイヴィッド、何度も言った様にそこの会場は見晴らしが良すぎる。侵入に難がありすぎるのは君も分かっている筈だ」
直ぐ様、クロヴィスが訂正してくるが直ぐ様切り返す。
「あぁ、分かっている。だが、それは“招待されていない”場合の話だ」
「随分呑んでるみたいだな、俺の分のウォッカは?何処にある?」
話にならん、と言わんばかりにヴィタリーが手を振る。当たり前と言えば当たり前の反応だ。
「ここのパーティの客人リストに、修道院からワインの搬入とある。ここから侵入出来ないか?」
顔をしかめてアキムが此方を見る。一瞬の間を置いて、クロヴィスが口を開こうとしたが意外にも、ヴィタリーがそれを遮った。
「脅してる奴等を使おうってのか?」
「そんな所だ。前回、俺が片付けたマクシムの権力を使って、こいつらに侵入の片棒を担がせられないか?」
クロヴィスが顎に手をやりながら、渋い顔と声音で呟く。
「この修道院の連中をマクシムの権力で従わせ、侵入の糸口を作ると言いたいのだろう?此方も考えなかった訳じゃないが………言っておくが、余りにもリスキーだぞ。連中が確実に此方の指示通り行動してくれる事が大前提になってくる。分かってはいるだろうが」
「おい、本当にその策で行く気か?自分の命を自分が脅してる連中に預けるって?言ってる事分かってんのか?」
呆れた様なヴィタリーの声に、アキムが厳格な声で割って入る。
「デイヴィッド、仮に問題なくその方法でパーティに入れてもまだ問題は残っているぞ。ディオニシオの殺害は勿論、パーティ会場からの離脱、その上パーティを襲撃するのなら隠密に済ます訳には行かない。その辺りも算段はあるのか?」
そんなアキムに、クロヴィスが続く。
「修道院の連中が使える前提で行くなら、幾らかは援助も考えられるが…………アキムの言う通り、状況が厳しい事に代わりは無いぞ。勿論、修道院の連中が不始末でもしたら窮地に追い込まれるのは君自身なんだからな。元々連中を弱味で脅してる立場だ、裏切る理由も可能性も十分にある」
呆れた様子のままのヴィタリーが、更にそれに続く。
「そういう訳だ。挽き肉機の上で綱渡りをしながら、ディロジウムのボトルでジャグリングをする、お前が話してるのはそんな話だ。文句無しの名案だな」
そんなヴィタリーの言葉に、鼻で笑って答える。
「やるしか無いだろ?」
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