第36話
作動ボタンを押し込み、シャッターを上げる。
最早礼儀を気にする事も無く、悠々と部屋に入りゼレーニナを探す。ここでは遠慮した分だけ損をする、遠慮しなければ早く済む。ここで真っ先に学んだ事でもあった。
「ゼレーニナ、居たら返事しろ」
御決まりの台詞を言いながら部屋を進んで行くと、思いの外早くゼレーニナは見付かった。
しかし、意外なお供を連れて、だが。
「クルーガー?」
暫く見なかったヘンリック・クルーガーが、そこには佇んでいた。椅子にも座らず立ったままなのは大方、ゼレーニナから着席を勧められなかったからだろう。ゼレーニナは机に着いていると言うのに。礼儀正しいのは素直に称賛するが、不憫な奴だ。
俺の問い掛けにも、クルーガーは僅かに肩を竦めるだけ。
そして、ゼレーニナ。いつも通り、いや、いつも以上に不機嫌だ。どうやら日頃の不機嫌な顔は更に上があったらしい。
一瞬ゼレーニナの視線が左手の痣に向いたが、特に何も言わなかった。特にそこまで興味は無かったのだろう、有り難いと言えば有り難いが。
正直、この痣の経緯やあの超常的な力の事は話す気にはならない。違法薬物を疑われるのがオチだ。
「……出直した方が良かったか?」
思わず出たそんな問いに、何故かクルーガーが苦笑しながら「そう思いますよね」と溢す。
そんな様子を見て益々不機嫌そうに「結構です」とゼレーニナが返す。何があったのかさっぱりだが、不愉快な事があったのは想像出来る。もっとも、こいつに愉快な事がこの世に発明以外あるとは思えないが。
「用件は何なんです?」
ゼレーニナが急かすように、と言うか殆ど急かしている。全く。
「お前の大好きな発明の進捗状況を聞きに来たんだよ、だから噛みつくな」
そんな言葉にクルーガーが意外そうな顔をゼレーニナに向けた。
「発明?ミスターブロウズが何か開発を依頼したのですか?」
「成り行きでな」
何とも言えない気分でクルーガーの言葉に返す。考えてみたらクルーガーに頼んでも問題無かったかも知れない。まぁ、過ぎた事だ。
そこでクルーガーの視線もようやく左手の痣に向いたが、新しく入れた刺青かの様にその痣を擦っていると、自然と視線は外れ、追求は無かった。
当のゼレーニナはと言えば、「あぁ、その件ですか」と不機嫌そうだった顔を僅かに緩ませた。まるで飴玉を貰った子供の様にも見えるが、恐らくは失礼な表現だろう。今更だが。
そして、そのまま椅子を引き立ち上がり「丁度試作品が完成した所です。クルーガーはどうしましょうか?」と本人を目の前にして平然と俺に聞いてくる。
「……クルーガーにも来てもらおう。意見は多いに越した事は無い」
クルーガーが俺の方を見ながら“何に巻き込まれたんです?”と目で聞いてくるも、“見れば分かる”と目で返すのが精一杯だった。
「注文通り、ガントレットに取り付けられる様に設計しました。ダガーも注文通りのサイズです。鋼材については未指定だったので、試作品という事もあり試験的に一般鋼材で構成されています」
先程と違い上機嫌そうに喋るゼレーニナに、目を丸くするクルーガー。そして、その装置を睨み付ける俺。奇妙な光景だった。
試作品を自分様に調整したのだろう、小さな試作品をガントレットごと自分の腕に取り付けている。
手首を特殊な動作で捻ると、直ぐ様ガントレットからダガーの柄が跳ね上がり、それをゼレーニナの手がすかさず逆手に掴み取る。その全てを、数秒で終えていた。
「…………これは、何です?」
何とも不思議そうにそう言いながら、顎に手をやったクルーガーがしげしげとゼレーニナの装置を眺める。
「戦闘で使うそうです。どういう意図かは分かりませんが。それで、どうです?ブロウズ。この様な形になりましたが」
多少心配だったが、意図としては十分伝わっていたらしい。ダガーの形状に関してはやや改良が必要だが、いきなり一言目から試作品に口を挟むのも無粋だろう。それに、今回ばかりはよくやったと誉めない訳には行かない。
「大体イメージ通りだ。口に見合った技術はあるんだな」
そんな言葉にも「当然です」と、試作品にダガーの格納と装備を繰り返すゼレーニナ。心なしか、自慢気に見えなくもない。
「ミスターブロウズ、それで…このダガーはどう使うのです?」
試作品の稼働を眺めていたクルーガーが、改まった様子でそんな質問を投げる。
「弾くんだよ」
クルーガーの質問には、素直に答えてやる事にした。クルーガーが、不可解な顔のまま首を捻る。
「弾く?」
何を言っているか理解できない、という顔。
これについては仕方無い、大体の人間がこの様な反応を示す。そして尚且つ、大体が目の前で見るまで有用性を理解してもらえない。現に言葉だけで納得してくれた人間は過去に一人しか居なかった。
「あぁ、相手の攻撃をダガーで弾くんだ」
「……一応聞きますが攻撃、というと打撃ですかな?」
「いいや、普通の剣戟だ。相手の剣戟を、このダガーで弾く」
クルーガーが理解できない、と言わんばかりに目を剥く。
「通常戦闘においての剣戟を、こんなダガーで弾くんですか?」
俺の独特の戦闘スタイルを説明した時、大体において、この様な反応が返ってくる。文献では、遥か昔に途絶えたスタイルだと聞いていた。
クルーガーの反応は、至極真っ当と言わざるを得なかった。
「そんな所だ」
「ミスターブロウズ、こんな事を言うのは気が進みませんが流石に無茶だと思います、戦闘においての剣戟は御世辞にも軽い物ではありません。流石にそんなダガーで防ぎきれるものでは……」
そんなクルーガーの言葉に、今度は此方が肩を竦める。何と言われようとこのスタイルを俺が気に入ってるのは事実だし、現にこのスタイルは、軍で教え込まれた剣術と同等か、それ以上に得意だった。
「防ぎきる必要は無い、受け流せば良いんだ。真正面から受け止めるのは必要な時だけだ、それに必要なら右手の武器も使うからな」
「そうは言いましても…………」
納得出来ない、といった顔のクルーガーに対し、ゼレーニナが不意に「成る程」と呟いた。
クルーガーと一緒にゼレーニナの方に向き直ると、当のゼレーニナは、自身の顎に触れながら納得した様な視線を此方に投げている。
「お前は分かるのか?俺の言いたい事が」
「ミスゼレーニナ、私には流石に無茶に聞こえますよ、いくら何でも――――」
「マンゴーシュ、ですね?」
流石に少々、驚いた。まさか、俺が後々に文献を漁って見つけた古式戦闘スタイルの事を、まさか元々知ってる奴が居ようとは。
「知ってるのか?」
「遥か昔に廃れた戦闘方法だと聞いています。二刀流の派生形の一つだとか」
想像以上にスラスラと喋るゼレーニナに、驚きを隠せなかった。そもそも、隣のクルーガーは隠そうとすらしてなかったが。
「元々は二刀流を大小に分け、小型の方を防御用として使う古式剣術がベースになっている剣術です。片手の大型の剣を攻撃、小型の剣を攻撃兼防御に扱う方式で、突発的な決闘が日常的だった時代、その剣術を修めた者は腰の剣を抜くと同時に楯の役割として、腰のマンゴーシュと呼ばれた小型の剣を抜いたと聞きます。片手に小型の盾を持つ複数の流派と、統合・分岐を繰り返して様々な流派が生まれたとも聞いていますが」
スラスラと続くゼレーニナの言葉に、不覚にも感心してしまった。
そう、その通りだ。俺でさえ最初は思い付きでその剣術を私闘で使い始め、軍隊剣術にも勝るとも劣らない腕前になった頃に、ようやく文献を調べてルーツを知ったと言うのに。
「読書を身に付けといて損は無いな」
そんな言葉に、クルーガーが不意に割り込んでくる。
「ミスターブロウズ、つまり貴方はこのダガーを楯として使おうと言うのですか?」
「そんな所だ、防御と攻撃を分けられるから手幅が広がって戦法も増える」
「普通の剣をもう片方に持つ訳には行かないので?」
「楯としての活用が主だからな、あまり大きい剣だと咄嗟に機敏に動かせなくなる。攻撃の重量と防御の機動力を分けられるのも特徴の一つだ」
納得したような、よく分かってない様な顔でクルーガーが首を捻る。十中八九、後者だろう。
そんなクルーガーを尻目に、ゼレーニナがダガーの格納と装備を再び繰り返している。
「で、投資の件はどうなりましたか?」
そして真剣な声で、此方にゼレーニナが視線を投げる。こいつは相変わらずだな、全く。
「もう少し装置自体の稼働速度を上げろ。それと強度と信頼性を確保出来る限界まで軽量化してくれ。ダガー自体は削り出しで設計して、強度を重視した鋼材で製作してくれ。それから可能な限り装置自体を嵩張らない様にコンパクトに纏めてくれ」
そんな俺の要求に、ゼレーニナの瞳に訝しげな色が滲み出る。
「これ以上は、いくら試作品と言えど――――」
「以上の改良点を踏まえて“それ”を製造してくれるなら、今後の装備製造に関する全面的な資金援助を約束する」
ゼレーニナの上機嫌な顔を見るのは、これが初めてだった。
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