血の契
ぐいんだー
打ち込まれる血の楔
「ねぇカリナ、貴方の血は美味しいわね」
肩にジワリと何かが流し込まれて気持ちが良い。
「……んんっ……おねぇちゃん?」
暗闇の中で見えたのは金色の目だけだった。
「おやすみなさい」
私は再びまどろみの中に意識を落とした。
「カリナお嬢様! 起きてください!」
ユサユサと揺られ目を覚ますと横からメイドが眉を下げて必死に私を揺すっていた。カーテンをシャッと開けられ目をこすって外を見るとすっかり夜が更けている。昼間寝ている間に変な夢を見た気がする。けれどぼやっとしていてハッキリと覚えていない。
「もー! やっと起きましたかお嬢様! 今夜は結婚式でございますので早くご入浴をしてドレスを身に着けないと!」
そう、今日は私の結婚式だ。眠いと言ってもメイドさんに自室から出され、廊下に待機していた二人目のメイドさんに浴室へと連れて行かれる。
お父さんとお母さんが用意してくれたドレスを着付ける為に身体を隅々まで洗うらしいのだけどお股まで洗うのは何でだろう。
「お嬢様。最初は痛いかもしれませんが我慢するのですよ」
「吸血のこと?」
聞いても目を逸らされ頭にお湯を掛けられた。
私はまだ14だがお見合いをして10歳も上の男の吸血鬼と結婚をすることになった。子孫繁栄の為だとお父さんとお母さんは言っていた。
吸血鬼の数は年々減っているらしく私の一族はそれを危惧して結婚を推し進めているらしい。結婚なんてよくわからないけどお父さんとお母さんが言いつけを守るようにと言っていたので私は頷いた。けどお姉ちゃんは私の結婚に対して猛反対して私にも説得をしようとしていた。
お姉ちゃん自信もお見合いも結婚もしないと言ってお父さんとお母さんに反抗し、屋敷から姿を消して使用人さん達を困らせていたこともあった。けれどお父さんとお母さんはそんなお姉ちゃんの素行を許していた。あんなに厳しいはずのお父さんとお母さんは何かに怯えるようにお姉ちゃんを見つめていたのには理由があると思う。
それにしてもお姉ちゃんが結婚を拒むことが気になっていた。
「どうしてお姉ちゃんは結婚しないの?」
前日である昨日にお姉ちゃんとそんな会話をした。
「……親に決められた結婚なんて幸せなわけないでしょう。カリナはそれでいいの?」
結婚は好きな人とするものだと言って私を説得しようとしてたけど好きな人って誰だろう。だけどお姉ちゃんは好きだ。どういった好きかなんて私にはわからない。けどお父さんやお母さんに対する好きとは違っていた。もちろん結婚する相手とも。
家族が好きなら家族と結婚出来ないのは何でと聞いたとき、お姉ちゃんは悲しそうな顔をしていた。
「異常だから」
お姉ちゃんは苦しそうにそれだけ言い残し部屋から出ていってしまった。
入浴が終わりメイドさん達に連れられドレスルームでお化粧や着付けをさせられる。いつかお姉ちゃんが私に言った事を思い出した。
「カリナのウエディングドレスは見たくはない」
そんな悲しい言葉も投げかけられたのを覚えている。
お姉ちゃんは結婚に対して嫌悪感を抱いている。聞くと怒られると思い私は黙っていたが今でも理由を聞きたくて仕方ない。けどお姉ちゃんは今日一度も見ていない。
着付けが終わり床にまで伸びた純白のドレスは誤って踏みそうで怖かった。
「大丈夫ですよ。馬車まで私達が一緒にいますので」
「う、うん」
メイドさん達に支えてもらいながら馬車へと乗り込む。結婚式場はお相手のお屋敷を借りて行われることになり私は馬車に揺られながら遠のく家を見つめた。
「お姉ちゃん……」
ガタガタと揺れる馬車は私の気持ちを知らず車輪を月明かりが照らす屋敷へと進めていた。
会場に着いたがお姉ちゃんの姿は見当たらない。
やっぱりお姉ちゃんは来てくれなかったみたいだ。列席したのは私の一族と相手の一族の吸血鬼、それに付近の吸血鬼だけだ。
執事さんに待合室へと通され椅子に座ってため息をついていると横から声がかかった。
「綺麗だよカリナ」
白いスーツを纏ったノルド男爵家の嫡男であるロートがにこやかに私の元へと歩いてきた。
「あ、ありがとうございます。ロート様も素敵でございます」
慣れない言葉を話すのは大変だが結婚には必要なことだと言われ必死になって覚えた。
「じゃあ行こうか。カリナ、僕の手を」
「はい」
私達は互いに手を取り合い壇上へと上がる。
拍手が私達を祝福している。結婚とは賑やかでみんなを笑顔に出来る。それはとても素晴らしいことだと私は思う。だってお父さんが眉間にシワを寄せていないから。
壇上に立った私達は見つめ合う。
そして人間の真似事かはわからないが神父のような恰好をした吸血鬼が言った。
「おふた方婚姻の吸血を」
吸血鬼は誓いのキスをする前に互いが愛し合っているかを証明するためにお互いの血を吸い合うのだ。
「じゃあ良いかいカリナ」
両肩をごつごつとした手で捕まれ不快感を感じた。
「はい」
返事をするとブスリと肩にロートの歯が突き刺さりる。吸血鬼の牙は麻酔効果があると聞いたが相性が悪いと激痛が走るらしい。
「い、痛い…!」
私も吸わなければならないのだが。
「大丈夫、だんだん和らぐから。そしてらカリナも吸って」
私は耐えられなくて引き剥がそうとするががっしり押さえられ私は逃れられない。
「ちゅう……う!? うぅぅ!!!」
そして牙の感触が消えたと思ったらロートが私の肩から離れ苦しそうに喉を押さえている。ついには倒れ込んだロートは痙攣し始めた。会場は何事だとざわざわし始め数人の吸血鬼が駆けつけてくる。
「毒だ!」
駆けつけた吸血鬼は確かロートの父親だ。
「毒!?」
「貴様ら図ったな!」
ノルド男爵はギラギラとした目で私のお父さんとお母さんを見ていた。
「何を言っている! 私達が毒を盛っただと!? ふざけるのもいい加減にしたまえ!」
激高したお父さんは禍々しい気を放ち臨戦態勢に入った。
会場内にいる吸血鬼たちは今にも戦おうと爪や羽を伸ばし始めていた。
「ごめんなさい…ごめんなさい」
必死に謝っても誰一人として私に見向きもしない。貴族同士で争えば大きな戦争になるとメイドが言っていたのだ。だから私は何度何度も謝る。みんなが傷つけ合うなんて良くない。私はみんなの笑顔を作るためにここに来たとういうのにどうして!
「大体この娘は息子の血を吸おうとしなかった! これは相性が最悪なことをわかっていたからじゃないのか!」
「血液の相性は先日確認したはずだ!」
「どうせ細工をしたのだろう! 小癪な!」
「言いがかりを! 伯爵家の私に楯突くなら容赦はせんぞ!」
私のお父さんとロートの父親は声を張り上げ言い争いを続けている。止めなくちゃ。
「ごめんなさい!! 私が悪いんです……私の血がロート様を傷つけてしまったのは私が悪いんです」
「か、カリナ何を言って」
お父さんは狼狽えていた。
「やはりそうであったか! 毒を仕込んだことを認めたな! この悪魔め!」
私を睨みつけたノルド男爵は目を赤く光らせ魔力を練り上げ始めた。お父さんも膨大な魔力を練り始める。これは不味い。私は咄嗟にロートに意識を向けようとした、その時。
「カリナは悪くないわ! 」
会場の後ろから叫び声が聞こえた。お姉ちゃんだ。
「お姉ちゃん!」
「カリナ!」
お姉ちゃんは壇上まで羽を生やしひとっ飛びして横に立つ。
「貴様、伯爵家の嫡女のレイナか! 何故此奴が何もやってないと言い切れるのだ! 現にワシの息子が倒れておるのだぞ! 毒に決まっておる!」
「だったら私がカリナの血を吸います!これで倒れなかったらカリナに罪はありません!」
「なっ!……家族同士で吸うとはなんと愚かな。そんな事をすれば毒が無くとも貴様は……!」
そう言われてもお姉ちゃんは迷わず私の肩を噛んだ。
ブスリ。
ロートが噛んだときとは違う、お姉ちゃんに、家族に噛まれるなんて前代未聞だ。けど噛まれても全く痛くない、むしろ身体にゾクゾクとしたものがこみ上げてくる。変な感じ。頭がボーッとする感じで何も考えることが出来ない。ちゅぱっと口が離されたのが名残り惜しく感じた。
「……何ともありません、毒なんて嘘っぱちです!」
口を拭い倒れそうな私を支えて声を高らかにした。
「ロート様は嘘をついておられた?」
「それより近親者で血を吸っても平気とは一体……」
またも会場の吸血鬼たちはどよめき混乱している。そして壇上で倒れていたロートは目を覚ました。
「うぅん……あ、あれ? お父上、すみません急にめまいがして倒れてしまいました」
「おま、お前は毒を盛られたのだ! 吸血したとき苦しんでいただろう!」
「毒? い、いえ、私は貧血気味だったので倒れたのです。なるべく他の血を吸うのはやはり良くないかと思いましたので。申し訳ありません父上」
「毒だ! これも毒の副作用に決まっとる! 貴様ら許さんぞおおおおお!」
「父上!?」
ノルド男爵は叫んで暴れ始めた。
そこからの記憶は無い。
目が覚めると私は自分の部屋で寝ていた。
「カリナ? 大丈夫?」
お姉ちゃんが心配そうに私を見ている。
「うん、結婚式は?」
「中止になったわ。ノルド男爵はこちらに慰謝料を求めてきたのよ。こっちには非が無いっていうのにね。きっと最初からお金が目的だったに違いないわ」
「そうなんだ」
「ねえ、もう結婚なんてしなくていいでしょ? お父様やお母様に私から直接言うわ」
「うん」
私はお姉ちゃんの服を引っ張った。すると銀色の髪の隙間から不安げに揺れる赤い目がこちらを見た。
「どうしたの?」
「夢を見たの」
「……夢?」
「お姉ちゃんが出てきたんだ、でもぼんやりしててよくわからないの」
「……そうなの。でも思い出せないなら無理に思い出さなくていいのよ。カリナは疲れているんだから寝てなさい」
「ありがとう、お姉ちゃん」
「愛しい妹のためだもの」
そう言ってお姉ちゃんは部屋から出ていった。
「してやってくれたな」
書斎には疲れ果てた壮年の男が娘の所業に頭を抱えていた。
「力でねじ伏せていたら戦争に発展しかねなかったのだから私は正しいことをした、そうでしょお父様?」
「どうせ貴様が仕込んでいたのだろう。結局あの場を押さえたのは私だ」
「仕込んでいた? 一体何のこと? 仮に私が仕込んでいたとして証拠はあるのかしら」
男は娘の態度に苛立ち、歯をむき出しにするが少女の目が金色に光り直ぐに身を引いた。
「クソッ……だがそれとは別に吸血姫が眷属を作ればカリナも主であるお前ももう子を産めなくなるぞ」
「それはお父様やお母様が困るだけでしょ? 私はカリナがいればそれで良い。あの子だってそう思ってるはずだわ」
イカれた娘が、と言い壮年の吸血鬼は忌々しそうにレイナを見ていた。
大丈夫、カリナはもう私の眷属だから私の思うがままだ。だから誰のものにもならない。
「ごめんね、カリナ。こんなお姉ちゃんで」
歪んだ愛に苦しむ姿は力強い吸血姫の面影を感じさせなかった。
「お姉ちゃん……」
盗み見してたのがバレる前に私は退散する。
そして急いで自室へ戻り、鏡で肩の噛み跡を見た。
吸血鬼同士で噛み合うと本来は傷が残ると教えられていた。それが特徴的なので婚姻の印として付ける事になっているらしい。だが近親者が吸うと死に至る可能性もあるという言い伝えもあり家系図をしっかりと確認し、事故が無いようにに婚姻をしなければならなかった。確かに右肩にはロートが付けた噛み跡が残っているので近親者では無い。
けれどお姉ちゃんが噛んだ後は残っていなかった。そして不思議なことに全く苦しまず死ななかった。前にメイドさんが言っていた話に吸血鬼が人を噛んでも傷は残るけれど眷属にすると残らなくなると聞いた事がある。そして眷属に出来る力を持つのは目を金色に光らせた始祖の血を色濃く引く強力な力を持った吸血姫だけだと言うことも。
「やっぱりお姉ちゃんは吸血姫なんだね。あの吸血鬼に私の血を吸わせてよかったよ」
肩を撫でると震え上がる。私があのロートという男に吸わせた血は一時的に眷属化をさせる血だ。そしてまんまと血を吸い私の操り人形になってくれたので結婚式を中止させ、破断に持ち込もうと思っていたがあの男爵があそこまで騒ぎ立てるなどとは思いもよらなかった。
だけど予想通りお姉ちゃんは私を助けに来た。たとえ吸血姫であっても毒がある可能性があったら私の血を吸うわけがない。けれど迷いもせずに吸った。
あぁ、これが愛なんだって。
さらっと撫でる肩にはお姉ちゃんの噛み跡では無くロートの噛み跡しか残っていないが私が眷属になったという事実が示されている。
「私は全部お姉ちゃんに奪われたよ。だから今度は私が噛んであげる、お姉ちゃんも私に全部頂戴」
こんなに興奮したのは始めてで今直ぐにでも噛みに行きたい。ウズウズするのが止まらず私は赤い目の色が変わるのが押さえられなかった。
「大好きだよ、愛しのお姉ちゃん」
鏡に映った細く光る金色の目は三日月のようだった。
血の契 ぐいんだー @shikioriori
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