わたしの歌 3
* 夕張 *
ドキドキが止まらない。
自分の出番が近づく度に、これ以上は無いと思っていた心臓の鼓動がさらに早くなる。
……佐藤さん、すごいこと考えるよなぁ。
現在、自分は中央にあるサブステージの下に潜んでいる。
その時が来たならば、頭上の用意された「仕掛け」が顔を出す。それはマジックミラーで囲まれた棒のようなものであり、内側には、ちょうど大人が一人だけ入れる程度の空間がある。
これが、わるだくみの正体。
今日はバーチャルアイドルのライブだけど、どうしてもステージに立ちたかった。
この仕掛けを使えば、姿を隠してステージに立つことができる。夢見た瞬間を形にできる。
もちろん、お客さんの前には小鞠まつりの姿が映し出される。彼女の背後にある仕掛けは、客席から見た場合には鏡のような役割を果たす。そこに写るのは、小鞠まつりの後ろ姿だけだ。
……ライブ、すっごい盛り上がってる。
観客が歓声を上げる度、地鳴りのような振動が伝わってくる。
こんな日が来ることをずっと夢に見ていた。
未だに信じられない。
まさか現実になるなんて思っていなかった。
あと少し、もう少し待てば、この歓声が自分に向けられる。
万感の思いだ。
幼い頃に夢を見た。自分にとっては、どんなヒーローよりも、かわいい衣装を着て歌うアイドルの方がカッコよくて、憧れだった。だけど自分は夢を追いかけるための資格を持って生まれなかった。自分が憧れた存在になれないことは、生まれた瞬間に決まっていた。
それでも諦めなかった。いつかきっと叶うと信じていた。しかし世界はどこまでも残酷だった。
自分には夢を追いかけるための時間さえも与えられなかった。
だけど足掻き続けることを選んだ。先の見えない孤独の中で、必死に走り続けた。
何年も、何年も、何年も。
やっとだ。やっとこの場所に辿り着いた。奇跡だよ。信じられない。
あとは待つだけ。待つだけでいい。
そんな風に、この時は思っていた。
* 愛 *
「めぐみん、そろそろ移動しても大丈夫だよ」
まもなく小鞠まつりの出番になる。
私が言うと、彼女は大きく頷いて立ち上がった。
「ありがと」
「良いってことよ。私の分も楽しんできてね!」
彼女は貴重な笑顔を見せると、弾むような足取りで外へ出た。
私はディスプレイに目を戻してシステムの状況を確認する。
「うん。順調だね」
CPU稼働率、メモリ使用率、共に問題なし。
ネットワークの方も安定しており、何か異常が起きる気配は無い。
……後は、例のアレを実行するだけだね。
まずは普通に皆が知っているような歌を披露する。
本来はそれで終わりだけど、小鞠まつりは大トリなので、エンディングトークを任されている。
そこで歌っちゃダメなんてルール、私は知らない。
……楽しみだなぁ。
タイトルは、わたしの歌。今日初めて披露されるオリジナル。どんな曲なのかな?
「まもなくラスト、小鞠まつりの出番ですね」
「うん。水瀬さん、今日まで短い間だったけど、ありがとね」
「気が早いですよ佐藤さん。急にシステムがダウンしたらどうするんですか?」
「その時はもう、そりゃもう、必死ですよ」
「あはは。そうですよね」
そして次の瞬間。
全てのログが、一斉に異常を警告する赤に染まった。
* 川辺 *
「いいねぇ、盛り上がってるねぇ」
会場の出入口付近に立っている川辺は、満足そうに呟いた。
彼はライブを見ていない。見ているのは、手元にあるタブレットである。
「チャリン、チャリン、チャリン」
それはお金の音である。彼のタブレットには今日の売上がリアルタイムで表示されており、ライブの盛り上がりと比例して加速度的に増えている。
「さーてーと、百億には届くのかな?」
本音を言えば、どちらでも良いと思っている。
大切なのは結果。ビビパレ主体のライブが実現して、大きく盛り上がったという結果である。
運営組織は「カーグリーバーテクノロジーズ」となっており、今後、類似するイベントを開催したいと考えている会社は、リバテクの門を叩くことになるだろう。それは長期的な利益に繋がる。
当然、それだけでは満足しない。
「水瀬くんは、上手くやってくれるかな?」
──それは、水瀬達が開発を始めるよりも前の出来事。
「エンジニアにとって一番悔しいことですか?」
川辺に呼び出され、会議室に入った水瀬は、きょとんと首を傾けた。
それから顎に手を当て、難しい顔をして返事をする。
「ん-、できそうなのに無理だった時、ですかね?」
「なーるーほーどーね。それは良い。とても良いよ水瀬くん!」
川辺の頭の中には複数のプランがあった。
そして、水瀬の言葉を聞いた瞬間にひとつのプランを選択した。
「水瀬くん。次のライブは盛り上がると思うかい?」
「もちろん。だってトト様が出ますから」
「そーうーだーとーも。だけど、そうすると色々な問題が起こりそうだね~」
「川辺さん? もしかして、何か悪いこと考えてます?」
「そんなわけないじゃないか」
川辺は水瀬の後ろに立ち、その肩を軽く叩いて言う。
「小鞠まつり。彼女の出番では、きっとライブは最高潮だ。当然、システムの負荷も最高潮。すると、とても不幸なことに、偶然、多くのシステムがダウンしてしまうかもしれない」
「川辺さん。水瀬、そういうのは好きじゃないです」
「そーれーは、どうかな?」
川辺はにやりと笑って言う。
「水瀬くん。君は自分よりも優秀だと認めたエンジニアには敬意を払うタイプだ。そうだろう?」
「当然です」
「だーけーど、これまで出会ったことが無い。退屈じゃないかい?」
川辺は心の底から楽しそうな声で、水瀬に提案する。
「気になるはずだ。あの神崎央橙が認めたエンジニア。佐藤愛が、どれくらいできるのか」
「……川辺さん。卑怯ですよ」
「おーかーしーな、ことを言うね。水瀬くん。頬がにやけているよ?」
こうして二人は「わるだくみ」をした。
さて、不幸な事故が起きた場合のことを考えよう。
大前提として、川辺は佐藤愛に全く期待していない。このためライブが台無しになると考えている。
システムに障害が発生してライブが止まった場合、会場は熱を失って、最悪そのまま中止になる。
当然、ファンはやり直しの機会を望むはずだ。
喜んで与えようじゃないか。いくらでも用意してやる。多少は金を払っても良い。
それで終わり。
最後の最後で起きたシステムトラブル。実に運が悪い。仕方のないことだ。悔しいのは、それを防げなかったエンジニアだけ。
すると、この話は嫌がらせで終わりなのか?
そんなわけがない。
まずはビビパレが今回の話題を独占できる。小鞠まつりに起きた不幸な出来事は、ライブを賞賛する声にかき消されて消えるだろう。
そして彼女に与える次の機会だが、それは今回よりも規模が小さいものになる。
なぜならビビパレはやむを得ない理由で登場しないからだ。理由はこれから考える。
もしも同等の機会を望む場合、小鞠まつりはリバテクを頼る必要がある。
その時には徹底的にやる。本気で、強気で、悪魔的に商談を進める。
例えばそう、小鞠まつりがビビパレに移籍する。
もしくは此方が有利な条件で新しい契約を結ぶ。
どちらかの選択肢しか与えない。それ以外は全て拒否する。
このように、メリットばかりである。だからやる。実にシンプルだ。
「さーてーと、どうなるかな?」
川辺は無邪気な笑みを浮かべ、ライブに目を向けた。
今日ライブに参加した人々とは別の理由で、彼は小鞠まつりの出番を待ち望んでいるのだった。
【作品応援のお願い】
フォロー、星評価お願いします!
【お知らせ】
第一弾、電車広告掲載中
https://x.com/one_ope_koho/status/1708695667806490672?s=20
第二弾、テレビCM放映中
https://kakuyomu.jp/users/MuraGaro/news/16817330664750186669
★NEW★ 第三弾 ★NEW★
https://kakuyomu.jp/users/MuraGaro/news/16817330667299923685
【今後の更新予定日】
わたしの歌 4:12月21日
わたしの歌 終: 1月 5日
【書籍リンク】
小説
https://pashbooks.jp/series/oneope/oneope2/
コミカライズ
https://www.shufu.co.jp/bookmook/detail/9784391159509/
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます