わたしの歌 2

 *  マリア  *


 その知らせを聞いた瞬間は、夢を見ているような気分だった。


 バーチャルアイドルと触れ合えるというSF映画のような技術が現実となり、しかも今日までの人生で最も強く推したアイドルが、その技術を使った人類初のライブに出演する。


 僕は是が非でもチケットを手に入れたいと思った。

 チケットを手に入れられるのは先着で四万名。流石に余裕だろうと思っていた。


 僕は敗北した。僕は無力だ。無価値な豚だ。

 もう彼女のファンを名乗る資格なんて無い。


 絶望していた時、彼女からメッセージが届いた。それは、いわゆる招待状だった。


 そして当日。僕は天にも昇るような気分でライブ会場へ足を運び、地獄のような行列に並んだ。しかし、これから起きることを妄想していたら、席に座るまでの時間は一瞬に感じられた。


 ……すごく良い席だ!


 最前列で、中央にあるサブステージの正面にある席。

 しかも、少し手を伸ばすだけでよじ登れそうな距離感だ。


 ……やばい、もう泣きそう。


 グッと涙を堪えていると、アナウンスが流れた。

 それは何度も告知されていた通り、必ずスマメガを装着してくれというものだった。


 愚問である。今日この歴史的な瞬間に立ち会えたのに、スマメガとMアームを購入していない者など存在するだろうか? いや、まあ多少は存在するのだろう。


 当然、それは運営も想定しているようで、会場でレンタルまたは購入できるという案内があった。しかも全座席に交換用のバッテリーが設置されているようだ。気が利く運営で助かる。


 僕は事前に装着していたスマメガの電源ボタンを長押しした。やがて簡易的な起動音が鳴る。


 何か変わったかもと思って周囲を見ると、メインステージに数字が現れていた。

 あれは、カウントダウンだろうか? 秒を刻むようにして数字が減っている。


 僕は視力が低い。だけど、スマメガには網膜投影という技術が使われている。普通の眼鏡は目に入る光を調整しているが、こちらは網膜に直接映像を投影している。だから、数字がハッキリと見える。


 ……未来って感じだなぁ。


 このライブの目玉は触覚技術だけど、この網膜投影も素晴らしい。

 きっと優れたエンジニアさんが居るのだろう。感謝感激である。


 さて、僕は数字を凝視する。それがゼロに近づく度、鼓動が早くなった。そして、数字がゼロになると同時に会場の照明が消えた。


 会場に静寂が生まれ、声を出す者は存在しない。誰もが息を呑んで「次」を待っていた。


『お待たせぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!』


 声が聞こえた方向に目を向ける。

 十字型の花道の中央。ドームの中心にあるサブステージ。彼女は、僕の目の前に立っていた。


『うぉぉぉ、人多過ぎ! これで普段の配信の半分とかマジ?』


 晴海トト。この会場に居る者なら誰もが知るバーチャルアイドル。我が最推しの弟子でもある。彼女は額に手を当てて、会場を見渡すようにしながら移動を始めた。


「……信じられない」


 その姿を見て僕は思わず呟いた。


「トトが歩いてる」


 誰かが言った。それは全く誇張ではない。

 本当に、バーチャルアイドルが花道を歩いているとしか思えなかった。


『マームある人、居たら手を上げて。なんか触れるらしいよ?』


 トトの近場でたくさんの手が上がった。

 彼女は適当な位置まで移動して、一人のファンの手に触れる。


『どわぇぁ⁉』

「うぇぁ⁉」


 そして双方が悲鳴を上げ、会場からはドッと笑い声が生まれた。


『マジ⁉ こんなマジで触れんの⁉』


 トトは透明感のある汚い声で叫んだ後、悩むようにして腕を組んだ。そのちょっとした仕草にさえも感動してしまう。あまりにも自然で、そこにトトが実在していると錯覚しそうになる。


『これ言って良いか分かんないんだけどさ? 今日のライブの、開発? 終わったの今朝らしいよ』


 会場から「え~」という声が漏れた。今日の参加者はノリが良い。


『今のトトって、どんな風に見えてる?』


 トトは会場に呼びかける。


『なんかバグってたらブーイング! 良い感じだったら、エンジニアさん達に拍手!』


 その直後、会場は大雨のような拍手と歓声で答えた。


『おー、良かった良かった。流石はウチのエンジニアさん。最強じゃん』


 拍手と歓声の中、トトが嬉しそうな声で言った。

 やがて音がフェードアウトして、会場に静寂が生まれる。


 それを見計らったようなタイミングでトトは言った。


『あんたたちぃ! 叫ぶ準備はできてっか~⁉』


 トトが会場に問いかけると、あちこちから地鳴りのような雄叫びが上がった。


『うるせぇぇぇぇぇぇ!』


 再び笑いが起こる。流石はトトというべきか、ファンの扱い方が上手い。

 こうしてしっかりと会場が温まった後、トトは満足そうな様子で天に向かって手を伸ばした。


 そして大音量で音楽が流れ始める。

 ライブには生演奏という印象があるけれど、音楽の方は録音データを流しているようだ。


 前奏の間、トトはあちこち移動して、花道に向かって伸びているファンの手を叩いて回った。


 彼女がファンの手を叩く度、ちょっとしたどよめきが起こる。

 気持ちは分かる。なぜなら自分は以前の握手会に参加しているからだ。


 究極的にリアルな感覚と、作り物感が無い自然な映像。

 もはや、現実と区別なんかできない。


「こっち! トトこっち!」


 かくいう僕も手を伸ばす。

 違う。これは浮気ではない。

 まつりの弟子であるトトに対する激励なのだ。断じて他意は無い。


 やがてトトは歌い始めた。

 音楽は録音だけど、その歌声は生歌だと直ぐに分かった。


 ……上手になったなぁ。師匠が良いんだろうなぁ。うんうん。


 僕は腕組をして彼女の歌を聞いていた。透明感のある声を活かした歌い方で、声量も良い。そのうえ曲調はライブを盛り上げるような明るいもので、自然と身体がリズムを刻む。


 この時、僕は少し油断していた。

 触覚技術を用いたライブと言っても、その恩恵を受けられる人は、ほんの一部かと思っていた。


『おや⁉ 上に何かあるぞ⁉』


 トトは歌い終わった後に言った。

 僕は彼女の視線を追いかけて上を見る。

 何もないはずの空中。そこに、トトが浮かんでいた。


「……え?」


 彼女は何も言わず、僕に向かって手を伸ばす。

 思わず僕も手を伸ばすと、ギュッと、彼女の小さな手が僕の指を握った。


『どう? トトの手、あったかいでしょ』


 彼女は微笑を浮かべて特徴的な八重歯を見せた後、光となって消えた。

 しかし、僕の手には確かな温かさが残っていた。


『どう? どうだった? 今のサービス、ハイタッチ券って名前らしいよ。次からは五百円だってさ。アプリから課金してね~!』


 僕は素早くスマホでアプリを起動して、気が付いたら残りの出演者全員分の「ハイタッチ券」を購入していた。なんて恐ろしいプロモーションなんだ。


『配信勢もスマメガとマームあれば体験できるからね! 課金しろよ! 会場勢は、他の課金アイテムもあるらしいから財布の紐ガバガバにしとけよ!』


 僕は恐ろしくなった。

 今日、一体どれだけのお金を使ってしまうのだろう。


『それじゃ、トトの出番はこれで終わり! あんたたちぃ! もう喉の温存しなくていいから! 声が枯れるまで叫べ! またな!』


 その言葉を叫んだ後、トトは光となって消えた。

 トトが立っていた場所には代わりに数字が表示された。次までのカウントダウンだと思われる。


 会場はざわついている。なんとなくSNSで今日のイベントを検索すると、既に興奮した様子の感想が多く投稿されていた。


 僕は楽しみで仕方がない。

 今日の終わりに、まつりはどんなライブを見せてくれるのだろう。

 それを想像するだけで、胸の高鳴りを抑えることができなかった。




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わたしの歌 3:12月 7日

わたしの歌 4:12月21日

わたしの歌 終: 1月 5日


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小説

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