わたしの歌 1

 後楽園というワードでピンと来るのは、きっとライブに慣れている人だ。


 駅周辺には、高層ビルが立ち並ぶ東京のイメージに近い街並みと、遊園地がある。そして遊園地の隣には、よく広さの単位にされるドームがある。今日、ここでライブが開催される。


 会場は十字型の花道によって四つのブロックに区切られている。


 ステージは全部で五つ。正面のメインステージと、十字の中心と端にある円形のサブステージ。


 客席からは見えないが、メインステージの裏側には三つの部屋がある。


 ひとつはスタッフの休憩室。もうひとつは演者用のスタジオ。そしてエンジニア用の制御室である。


 制御室は狭い。

 机とパソコンと、それを操作するエンジニア三人がギリギリ入れる程度のスペースしかない。


 机の上には八枚のディスプレイがある。それぞれのディスプレイには、システムの監視ログの他に、演者が入っているスタジオやライブ会場の様子が表示されている。


 それらを見ながら、私は呟いた。


「緊張してきた」

「そうですね。今日トト様が伝説になるかと興奮して、三日ほど眠れていません」


 目の下を真っ黒にした水瀬さんが震える声で返事をした。寝てくれ。


「なんとか、間に合った、ね」


 掠れた声で言ったのは大天使メグミエルさん。

 本当にギリギリの開発だった。何せ、全ての試験が終わったのは八時間前なのである。


「無事に終わったら無茶な企画を考えた人達に蹴り入れようね」

「賛成」

「水瀬もやります」


 私は二人が同意したのを確認した後、続けて問いかける。


「アバター操作、誰がやる?」

「トト様は水瀬がやります! これは絶対です!」

「了解。他はシンプルにローテーションでいいかな?」

「賛成」

「水瀬も異議なしです」


 本日のライブにおいて、バーチャルアイドルの方々はスタジオで歌ったり踊ったりする。


 さて問題です。アバターはどうやって動かせば良いでしょうか。

 早速ですが答えを発表します。私達が動かすことにしました。


 上半身の動きだけは生の動きを反映して、下半身の動きは適当なモーションを付ける。アバターの移動は、私とめぐみん、そして水瀬さんの誰かが人力で頑張る。


 もっと綺麗なやり方はあったかもしれない。

 しかし、一ヵ月という時間ではこれが限界だった。


「佐藤さん見てください! ライブアイテムの売上、早くも一億円を突破しましたよ!」

「うっそぉ?」

「あはっ、トト様ティーシャツだけで五万枚突破しました! まだ入場も始まってないのに!」


 私は計算する。本日限定のティーシャツが一枚で千円なので……ただのデータが、こんなにも……。


「ところで、まつりティーシャツは……おお、良かったですね! ギリギリ三桁ですよ!」

「うるさい。これから増える」

「山田さんなんで怒ってるんですか? 褒めたのに」


 いつものやりとりである。

 最初は冷や冷やしていたけれど、流石に一ヵ月も続けば慣れる。


 水瀬さんには悪意が無い。

 ただ純粋に、デリカシーとリスペクトが足りないだけなのだ。


「とりあえず、最終確認しよっか」


 私は二人の顔を交互に見て言った。

 二人は頷いて、直ぐに作業を始めた。


「……ごめんなさい。佐藤さん、山田さん、お願いがあります」


 五分ほど経った頃、水瀬さんが珍しく本当に申し訳なさそうな顔で言った。

 なんだろう? 本番当日に予想外のこと依頼されると流石に困ってしまうのだけども……。


「トト様のライブ、やっぱり会場で見ても良いですか⁉」

「なんだそんなことか。全然良いよ。めぐみんも大丈夫だよね?」

「ん。楽勝」

「ありがとうございます! やった!」


 水瀬さんは本当に嬉しそうに拳を握り締めた。

 私とめぐみんは目を合わせて、互いにやれやれという息を吐く。


 その直後、水瀬さんが少し興奮した様子で言った。


「そうだ! 山田さんも、小鞠まつりのライブは会場で見たらどうですか?」


 それは意外な提案だった。

 私は目を丸くした後、ふと視線を感じて振り返る。


 めぐみんが葛藤しているような表情で私を見ていたので、背中を押してあげることにする。


「いいよ。任せて」

「愛は? 会場で、見ないの?」

「それは困ります! まつりの出番はラストですよ? 流石にワンオペは厳しいですって!」


 めぐみんが提案すると、水瀬さんが珍しく慌てた様子で言った。

 私はその態度を不思議に思いながら、まずはめぐみんに返事をする。


「大丈夫。今日は、ここが私の場所だから」


 会場で見たい気持ちが無いと言えば噓になるけれど、今日はここでやるべきことがある。


「水瀬さんも安心してください。むしろ、私は絶対この場を離れないですからね」


 少し気取った言い方をすると、水瀬さんは安堵したように胸をなでおろした。


「安心しました。嬉しいです。本当に」


 理由は分からない。

 ただ、今の言葉は、どこか噓くさかった。






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第三弾!

<準備中>


【今後の更新予定日】

わたしの歌 2:11月16日

わたしの歌 3:12月 7日

わたしの歌 4:12月21日

わたしの歌 終: 1月 5日


【書籍リンク】

小説

https://pashbooks.jp/series/oneope/oneope2/


コミカライズ

https://www.shufu.co.jp/bookmook/detail/9784391159509/

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