ライブに向けて 終
『ラブちゃんって、何者なのかな』
有紗ちゃんに友達を紹介して貰った日の夜、私は仮想世界で小鞠まつりと話をしていた。
めぐみんの姿は無い。少しでもライブに貢献したいということで、ソースコードと戦っている。
もちろん私もサボっているわけではない。夜に話をすると約束したので、ログインしたのだ。
そして、最初の言葉を言われたというわけである。
「哲学的な質問だね」
『そういうことじゃなくて、音坂有紗さんとか、メイさんとか、人脈が凄過ぎて……』
なるほど、そういうことか。
正直メイさんのことは知らないけれど、有紗ちゃんが超有名人ということは知っている。
そんな有名人と気軽に会話できる愛ちゃんは何者なのか、という質問なのだろう。
……まぁ、有紗ちゃんが活躍していた時期は、ほぼ会社に住んでたから、知ったのは最近だけどね。
「そういえば、私の話って一回もしてなかったね」
こんな言い方をすると意味深に聞こえるかもだけど、ちょうど良い機会だと思った。
「自己紹介、しよっか。今更だけど」
『いいね。聞かせて聞かせて』
近距離で見るバーチャルアイドルかわいい。
この笑顔が私だけに向けられていると思うと……いやいや、真剣な場面だ。
私は深呼吸をして、雑念を捨てる。
それから彼女の目を見て話を始めた。
「私は……なんて言えばいいのかな? まぁ、ただのオタクなんだよね」
『そんなこと無いと思うよ?』
「ううん、そうだよ。学生時代なんてアニメ見たことしか記憶に残ってないくらい。めぐみんみたいに大変な思いをしたとか、まつりんみたいに夢があるとか、そういうの全然無くってさ……」
なるべく軽い口調で、空気が重くならないように伝える。
「いや、初めて就職した後に一回だけあったんだけど、それも直ぐダメになっちゃって……」
五年間、必死に頑張ったことが、社長交代であっさりとぽしゃん。
あれは辛かった。あんなに落ち込むことは後にも先にも無いと思う。
「それから再就職して、キラキラしてる人をいっぱい見て、それで思ったんだ」
多分、現実だったら話せてない。
相手の顔が見えない仮想世界だからこそ、私はこの言葉を言えるのだと思う。
「主人公みたいになりたい」
それを言葉にした直後、やっぱり恥ずかしくなって、私はごまかすことにした。
「なーんてね。子供っぽいよね」
『ううん、そんなことない。かっこいいと思う』
「……ありがとう」
素直に褒められると照れてしまう。
こういう時、仮想世界って便利だなと思う。顔を見られなくて済むから。
『でも、お礼を言うのは、あちきの方だよ』
「べつに、私は大したことしてないよ」
『そんなことない。誰があちきをスカウトしたと思ってるの?』
「まつりんが決意したのは、めぐみんが居たからじゃん」
『確かに最後はメグミさん……ファンの人達だったけど、でもラブちゃんが居なかったら、多分その前で止まってたよ』
「……そっか」
社交辞令的な言葉だとしても、嬉しい。
だってあの時は、自分なんて部外者だと思っていた。
『ライブに出られるのも、ラブちゃんのおかげだぞ』
「それこそ、皆がフォローしてくれたからだよ」
『そんなことない。あの時のラブちゃん、すっごいカッコよかったぞ』
「……」
私は口を閉じた。リアルだったら照れ隠しにペチッと叩いていたかもしれない。
その後、少しだけ会話が止まった。
むず痒い。何か話したいけど、こういう時に限って言葉が出ない。
『……あちきがアイドルに憧れたきっかけは、幼い頃に見たライブだったんだ』
先に声を出したのは、小鞠まつりの方だった。
『かわいい衣装を着て、キラキラ輝くステージに立って、歌声ひとつで皆を笑顔にする。戦隊ヒーローよりも、ドラマに出てるイケメンよりも、あの時に見たアイドルの方がずっとずっとカッコよかった』
彼女は、あるいは彼は、子供のように無邪気な声で言った。
その声からは本当に好きなのだという気持ちが伝わってくる。
『笑っちゃうよね』
それはまるで歌詞の一節みたいに、たくさんの思いが込められた言葉だった。
私は、ほんの少しだけ知っている。
彼の前には努力では決して超えられない壁があった。それでも夢を諦めず、変幻自在の歌声を手に入れた。
もちろん才能による部分が大きいのだと思う。例えば、私がどれだけ練習してもマリアさんのような声を出すことは不可能だろう。でも、その可能性があったとしても、行動しなければ結果は出ない。
あの有紗ちゃんだって、引きこもっている間は何ひとつ結果を残していないのだ。
「夢を追いかけるって、どんな感じ?」
なんとなく、問いかけた。
『二度とやりたくない』
しばらく間が開いて得られたのは、期待とは違う返事だった。
「えー、何それ」
『だって辛いことばっかりだよ? 特にあちきの場合、一番の願い事は無理って分かってたから』
「でも、楽しいこともあるでしょう?」
『全然。割に合わないよ。こんなの』
笑いまじりの言葉。多分、半分は冗談で、半分は本音なのだと思う。
「じゃあ、どうして諦めなかったの?」
『好きだから』
その返事を聞いて、一瞬だけ時間を忘れた。
かっこいい。聞こえるのは声だけなのに、すっごくキラキラしてるのが分かる。憧れる。
『自分の適性とか、実現できる可能性とか、関係無い。好きだからやる。それで十分だと思うんだ』
「……好きなことが見つけられなかったら、どうする?」
『あちきを好きになればいいよ』
「まつりんを?」
『うん。だって、アイドルの仕事は夢を与えることだからね』
小鞠まつりは胸を張って言った。
『あー、ラブちゃんバカにしてるでしょ? 結局、ファンは金を貢いでるだけとか思ってるでしょ?』
「いやいや、そんなことないよ」
『ほんとにー? 怪しいなー?』
私は笑ってごまかした。
バカにする気持ちは一切無い。だけど、理想を言えば、自分の夢を追いかけてみたい。
『あちき思うんだよね。世の中、夢を持ってる人の方が少ないんだよ』
「……うん、私もそう思うよ」
『そういう人こそ、推しを作るべき』
「なんで?」
『ラブちゃんの言ってることは分かるよ? 結局、他人の夢じゃんってことでしょ?』
「……黙秘します」
『あはは、ごめん、いじわるだったね』
小鞠まつりは楽しそうに笑った後、ふと空を見上げた。
『あちきは、他人の夢を応援するところから始めても良いと思う。誰かを本気で応援できるなら、自分の番になった時も、本気になれるはずだから』
小鞠まつりの言葉を聞いてハッとしたのは、これで何度目だろうか。
今みたいな発想、これまでの私には無かった。
『他人の夢を笑うだけで何もしない人より、一緒に追いかけられる人の方が、絶対に素敵だよ』
かっこいい。
他の言葉が出てこない程、かっこいい。
『だからラブちゃん。次のライブ、よろしくね』
「任せなさい。絶対、最高のライブにするからね」
やることは何も変わらない。私の目標は、小鞠まつりを最高のアイドルにすることだ。
だけど、この話をする前よりもずっと、その気持ちが強くなった。
「まつりんがキラキラ輝けるステージは、私が作る。だから、その後は任せたよ」
『うん、任された!』
私達はどちらからともなく手を伸ばし、こつんと拳をぶつけ合った。
今は恵アームを装着していないから触れ合った感触は無い。だけど、それで十分だった。
『ラブちゃん、ひとつだけ、わがままを言っても良いかな?』
「もちろん。なんでも言って」
『なんでも? 言ったな? 絶対だぞ?』
ここまで念を押されると少し怖いけど、私は堂々と返事をすることにした。
「もちろん!」
『お金貸して!』
「えっ⁉」
『うっそ~、冗談だよ』
とても楽しそうな笑い声。私も釣られて笑う。
こういう冗談、初めて聞いたような気がする。
『あちきね、歌を作ってるんだ』
「え、すご。どんな歌?」
『タイトルは、わたしの歌。ちょっと恥ずかしいけど、名前通り、自分自身の歌だよ』
「なにそれなにそれ。気になる」
『ダメ。まだ内緒。でも、これをね? 最高の場で披露したいと思ってるんだよね……』
「なるほど、そういうことか」
私は「お願い」を理解した。
「オーケーまつり。詳しい話を聞こうじゃないか」
『何そのセリフ。映画でも見たの?』
「違うよ。今朝見たアニメのセリフ」
私達は笑いあう。
それから「わるだくみ」を始めた。
小鞠まつりを最高のアイドルにする。
資格が無いと俯いていた「彼」が夢を叶えた瞬間を見れば、きっと私も何か見つけられる。
そういう期待と、失敗に対する恐怖を胸に──私達は、ライブ当日を迎えるのだった。
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