ライブに向けて 3

 それからの日々は、とても順調に進んだ。

 猛スピードで進めた開発は「間に合う」という確信が得られ、ライブに関しても、関連の話題が連日SNSでバズるような盛り上がりを見せている。


 私が提案した「参加者を少しずつ公開する」というアイデアのおかげである。


 ごめんなさい。少し噓です。調子に乗りました。

 話題になった理由の大半は、鈴木さんや川辺さん達の営業活動によるものである。


 バーチャルアイドルが「触れる」ライブという世界初の試みは様々な記事で取り上げられ、駅の広告でアピールされたり、ニュースになったりもした。


 その結果、四万枚のリアルチケット、そして十万枚の生配信チケットが完売した。


 もちろん油断はしない。

 ライブが終わる瞬間まで、全力を出し続ける。

 今日はその一環として、数ヵ月振りにお嬢様と戯れていた。


「ほへー、有紗ちゃん今は学校に通ってるんだね」

「何? 文句でもあるわけ?」

「違うよ。直ぐに何か始めるのかなって思ってたから、ちょっと意外だっただけ」

「べつに。兄さまを見習って友達を作ることにしただけだし」

「いやー、えへへー、そっかー」

「……うざ」


 有紗ちゃんは鬱陶しそうにそっぽを向いた。

 彼女は今も翼と二人で暮らしている。実に仲の良い兄妹だ。


 今日の私はリビングに案内された。

 現在は、普段は兄妹で食事しているであろうテーブルを囲み、三人で話をしている。


 繰り返します。三人です。お兄さま同伴なのです。

 彼は拗ねたような妹の横顔を見て、柔らかい表情で言った。


「有紗、そんな態度で良いのか? 愛には感謝していると何度も話していたじゃないか」

「ちょっ、兄さま、余計なこと言わないで!」

「いやぁ~、えへへぇ~、そっかぁ~」

「……うっざ」


 有紗ちゃんは少し照れた様子でそっぽを向いた。そして、私に横顔を向けたまま言う。


「何しに来たわけ?」

「じゃじゃん」


 私はとあるシンガーのCDを机に置いた。

 有紗ちゃんはそれを横目で見て、数秒固まった後で翼を睨んだ。


「兄さまが教えたの?」

「ググったら普通に出てきたよ」

「……最悪。デジタルタトゥーじゃん」


 翼の代わりに返事をすると、彼女は照れたような顔をして言った。

 私が提示したのは、Arisa名義で販売されているCDである。彼女の才能は本当に恐ろしいもので、数年前、戯れに出場した海外のオーディション番組をきっかけにデビューしたようだ。


「というわけで、プロである有紗ちゃんにお願いがあります」

「無理」

「せめて話を聞いて!」


 私がぷんすか声を張り上げると、彼女は溜息まじりに言った。


「どうせライブの心構えを教えてくれとか、そんな話でしょ? 無理。これ普通に歌っただけだし」


 ……おのれ、天才め。


「私は無理だけど、友達なら紹介できるかもしれない」

「ありしゃ~!」

「うわっ、こら、抱きつくなバカ!」


 というわけで、有紗ちゃんの友達と小鞠まつりを加えた五者でビデオ通話をすることになった。便利な時代になったというか、有紗ちゃんの友達のフットワークが軽いというか、直ぐに実現した。


『よろしくお願いします』

『よろしく~』


 ビデオをオフにした小鞠まつりが挨拶をすると、有紗ちゃんの友達が手を振りながら言った。


 私と同い年くらいだろうか?

 気の良さそうな茶髪の女性である。


『ねぇねぇ有紗? あたしなんで呼ばれたの?』

「メールに書いたじゃん」

『ごめん、読み飛ばした。あはは』


 有紗ちゃんが絶対に怒っていると分かる笑みを浮かべた。


「紹介します。彼女はメイ。とあるガールズバンドのボーカルです。本日は、初めてのライブを控えたまつりさんが場慣れしている方に話を聞きたいということで、知人である彼女を呼びました」


 私は聞き逃さない。

 メイさんの評価が友人から知人に変わっていた。


『なるほど、相談ってわけね! おっけおっけー。有紗の頼みだもん。なんでも答えたげるよ』


 メイさんは楽しそうに返事をした。

 有紗ちゃんも笑顔で応じる。でも目だけは笑っていない。


 それから少し間が空いて、小鞠まつりが控え目な声で問いかけた。


『……メイさんって、もしかして全国ツアーとかやったことあります?』

『おー、よく知ってるね。君、音楽通な感じ?』

『まぁ、えっと、そこそこです』


 小鞠まつりが珍しく緊張している。

 私は「どんな話をするのかな?」という野次馬的な感覚で二人の会話を見守ることにした。


『メイさんって、ライブの時、どんなこと考えてますか?』

『あたしの歌を聞けぇ! って思ってるよ』


 小鞠まつりが質問すると、メイさんが大きな声で答えた。

 そして、しばらく質疑応答が繰り返された後、メイさんが深く頷きながら言った。


『なるほど。大体分かった。君は自信が無いわけだ』

『……そうですね。やっぱり、不安が大きいです』

『よし! それなら特別に、お姉さんがライブの極意を教えてあげましょう!』

『お願いします!』


 メイさんは大きく息を吸って、どっしりとした態度で言った。


『ファッションです!』

『……服装ですか?』

『あはは、ごめん間違えた。パッション。情熱ね。情熱』


 微妙な空気の中、メイさんだけがケラケラと笑う。


『音楽って色んな楽器があるけどさ、ボーカルだけは、自分が楽器じゃん? だから大事なのは情熱。本番中に技術的なこと考えてる余裕なんて無いから。気合で歌うしかないってわけ!』

『……なるほど』

『あんまり深く考えなくて良いと思うよ。ただ、これだけは覚えといて』


 メイさんは初めて真剣な表情を見せる。

 そして、ゆっくりとした口調で、その言葉を嚙みしめるようにして言った。


『情熱と、伝えたい言葉と、ひとかけらの勇気。ライブに必要なのは、この三つだけ』


 私は思わず「おぉぉ」と心の中で唸った。予想よりもずっと良い言葉だった。


『まぁ、ライブまでにはカネとかコネとかバンド解散の危機とか超大変だけどね! 出ちゃったら後は歌うだけでオッケー! みたいな? あはは!』


 しかし、彼女はそれを台無しにしたのだった。


 その後も二人の会話は続いた。

 それを聞いているだけで、小鞠まつりのライブにかける想いが伝わってくる。


 だから私は、あらためて、開発を頑張ろうと思った。





【あとがき】

10月から盛り上がります(願望)

お知らせ第一弾、次回更新日に発表予定。


【次の更新予定日】

10月2日


【宣伝】

新作です。よろしくね。

https://kakuyomu.jp/works/16817330662656740765


【各種リンク】

書籍

https://pashbooks.jp/series/oneope/oneope2/


コミカライズ

https://www.shufu.co.jp/bookmook/detail/9784391159509/

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