ライブに向けて 2

 私達エンジニア部隊には開発専用の部屋が与えられた。


 ひとつの長机に三つのパソコンが設置された場所。これを三人で利用する。


 私と、めぐみん。

 それからリバテクの水瀬さん。


「佐藤さんと、山田さんですね。今日からよろしくお願いします」


 水瀬さんは人懐っこい笑顔で言った。

 とても中性的な外見をした若い方で、声を聞いても性別が分からない。


 せめて髪型か服装に特徴があれば断定できるのに、そういうところも中性的である。


 因みに、会議には参加していなかった。午後から出社するワークスタイルのようだ。


「こちらこそ、よろしくお願いします」

「よろしく」


 私達も挨拶を返した。

 これからライブ本番に向けて、この三人で開発を行うことになる。仲良くしたいものだ。


「それにしても、無茶なスケジュールが組まれましたね」


 水瀬さんはプリントアウトした資料を見ながら言った。大本の資料はPDFで共有されており、私はスマホに保存してある。


「まあ? あの佐藤さんが居るから大丈夫って判断なんですかね」

「ええっと、どの佐藤さん?」

「やだな。あなたですよ。RaWiのシステムを自動化して、神崎央橙に気に入られた佐藤さん」


 こういう情報、どこから拡散されるのだろう。


 私、知らないところで有名人になってるのかな? ……えへ、えへへ。


「そういえば、気になってたこと聞いてもいいですか?」

「はい、どうぞ」

「社内システムの自動化って、何がそんなに難しいんですか?」


 こいつ半笑いで言いやがったぞ。


「もしかして、簡単そうな印象ある?」

「そうですね。だって所詮はデータベースいじる程度でしょう? 会社が持ってるデータを自由に操作できるなんて、当たり前じゃないですか?」

「あー、なるほどね」


 え~、無理~、キレそ~! システム系のエンジニアを怒らせる大会優勝〜!


 こいつマジふざけるなよ。

 それが難しいから通信障害とかATM障害とか起きるんです!


 まあでも落ち着くのです。悪意は無いと思うのデス。鈴木さんに比べたらそよ風ですわよ。おほほ。


「実際に経験してみないと分からないかもね」

「じゃあ一生分からないですね。だって、そんな非クリエイティブな仕事、絶対やらないですから」


 え~! ほんと無理~! 手が出そう~!

 何この子、流行りのメスガキわからせか? 性別どっちか分からないけども!


「それにしても、トト様のライブに関われるなんて最高ですよね!」

「へー、晴海トト好きなんだ?」

「はい! トト様の配信は全てチェックしてます!」


 あら~、かわいらしいこと。

 この子、ひょっとして中学生くらいかしら? そう思えば先程のおファックな言葉も許せますわね。


「佐藤さん、昨夜のゲリラコラボ見ました? 小鞠まつり師匠と絡んだあれです!」

「あー、うん。見てたよ。面白かったよね」

「はい! 最高でした!」


 水瀬さんは両手を握り締め、ぶんぶんと手を上下に振りながら言った。


 ふふふ、分かりました。

 この子は無邪気なだけです。


 いくらか他人の神経を逆撫でするような発言をしますが、慣れたら平気になるはずです。


「小鞠まつりとかいう雑魚と絡んでも面白くできるなんて、流石はトト様ですよね!」


 ダメでした。一発レッドです。退場です。


「聞き捨てならない」


 めぐみんが鋭い声で言った。

 二人に挟まれた私は「いいぞめぐみんビシッと言ってやれ」という気持ちで存在感を消す。


「あれれ、山田さん何か言いました?」

「取り消せ」

「取り消すも何も、事実じゃないですか」

「は?」


 めぐみんの鋭い視線が私を経由して水瀬さんに刺さる。


「トトなんて、よく喋るだけ」

「はぁ、分かってないなぁ」


 水瀬さんの溜息が私を経由してめぐみんに届く。


「喋りが上手いだけのバーチャルアイドルなんて星の数ほど存在してます。だけど世界一はトト様だけなんですよ。しかも圧倒的な一位に君臨し続けています。理由があるに決まってるじゃないですか」

「そんなの、ただの偶然」

「山田さんって、バラエティ番組を見て自分でも司会できるわ~、とか思っちゃうタイプなんですね」

「は? なに? よく分からない」

「あれ? 水瀬の言ってること、理解できないですか?」


 蔑むような視線と激しい怒りを感じる視線が、ちょうど私の座っているあたりで交差する。


「まあでも、しばらくトト様の師匠ですからね。雑魚という言葉は取り消しましょうか」


 水瀬さんは全く悪びれていない様子で言って、手元にある資料をパラパラと捲った。


「余裕も無さそうなので、さっさと始めちゃいましょう。分担どうします?」

「待って。話は終わってない」


 私はめぐみんの方に身体を向けて、ステイ、と魂のボディランゲージで伝えた。


 そして知った。

 私はめぐみんから蔑むような目で見られることが頻繁にある。


 どうやら、あの目にはまだ慈悲があったようだ。


「……あの、恵さん? 甘い物、食べますか?」

「いらないッ」


 その後、私は必死に彼女の怒りを和らげ、どうにか三人で開発を始めることができた。


 ライブに向けて必要な機能は、大枠だけでも十個以上ある。


 まずはライブ会場に合わせてバーチャルアイドルの姿を投影する機能。また、投影されたアバターを演者が遠隔操作する機能。そして遠隔操作されたアバターと触れ合った場合のフィードバック。さらにアバターが投げた物体をライブ参加者がキャッチする機能など。この辺りはスマメガを利用するため、開発者である私が担当することになった。


 めぐみんと水瀬さんは別の機能を均等に分けて実装する。例えば仮想世界でアイテムを販売する機能などである。より詳しい内容については、自分のことに精一杯なので把握していない。


 その他、販売するアイテム、当日のライブ衣装、表情差分などはリバテクのエンジニアさん達が担当することになった。会議中に予定が発表された時、何か悟った様子で天を仰ぐ人が数人居たので、多分あの人達が頑張っているのだろう。


「愛、触覚のところ、共通機能どうする?」

「無難に私達のプラットフォーム使おうよ。足りない部分は機能を追加する感じで」

「りょ」


 めぐみんの質問に答えた後、ふと懐かしさを感じた。

 オルラビシステムを開発している時、何度も似たようなやりとりをした。


 複数人で開発する場合には、似たような機能を開発する可能性が高い。これは効率が良くない。


 このため、開発の初期段階で共通機能を洗い出し、APIのように誰でも簡単に利用できる仕組みを作ることが理想的となる。単純に、同じ物を作る手間が省けるだけトータルの時間を節約できる。


 もちろん簡単ではない。開発を始めた後で共通機能が発覚することもあれば、せっかくプログラムを用意しても、結局は作り直すことも珍しくない。汎用的なプログラムを書くにはセンスが必要なのだ。


 その点、今回は高品質なAPIが既にあるから、大幅に開発時間を短縮できる。


「そういえば、例の触覚……マーム? あれの開発者って、山田さんなんでしたっけ?」


 私が気分良くパソコンをカタカタしていると、水瀬さんが言った。


 マームとは、恵アームのことである。販売する際、大人の都合で名称が「Mアーム」となった。


 Mの由来は公開していない。一部ではメタバースのMだと噂されているが、残念、答えは恵である。


 また、全て英語で表記した場合「MARM」となるため、水瀬さんのようにマームと呼ぶ人が多い。


「……」


 めぐみんは水瀬さんの質問を無視した。まだ怒ってるみたいだ。しかし水瀬さんは全くめげずに声をかける。


「山田さん、ホワイトボード見ました? もう無駄になっちゃったみたいですけど、一応は助言した身なので、あの理論が合ってるか気になってるんですよね」

「……ふっ」

「あれ? 山田さん? もしかして水瀬のこと鼻で笑われました?」


 めぐみんはタイピングしていた手を止め、嘲るような声で言った。


「間違ってたよ」

「へー、あれダメなんですね。因みに、どの辺が違いました?」

「教えない」

「えー、教えてくださいよぉ。一緒にトト様のライブを盛り上げる仲じゃないですかぁ?」


 水瀬さんのメスガキパワーが強過ぎる。

 さっきまでアレだけ煽っていたのに今度は友達面。もしも私が屈強な大男だったら腹パンしていたかもしれない。


「待ってください。もしかして、本当に教えてくれないんですか?」

「前提から、違ったよ」

「それは無いと思います。水瀬の理論では、あれで動きます」

「あれ? 恵の言ってること、理解できない?」


 あらためて言うけれど、私は二人に挟まれている。


 まあ、なんというか、とても損な位置に座ってしまったなと思った。


 それから……今後、めぐみんの前でふざけるのは程々にしようと胸に誓った。


「まあ良いです。諦めます。抜け漏れは誰にでもあることですからね」

「ふっ、負け惜しみ」

「分かりました。水瀬の負けです。その代わり、しっかり開発してくださいね。トト様のリアルライブなんて歴史的な出来事ですから。失敗は許されないですよ」

「当然。まつりちゃんのライブに、失敗なんて有り得ない」


 私は今のやりとりを聞いて安堵した。

 もっと険悪になるかもと冷や冷やしていたけれど、ギリギリ仲良く終わりそうだ。


「特に、佐藤さん」

「……え、あ、私?」


 予想外のタイミングで名前を呼ばれ、驚きながら水瀬さんに目を向ける。


 彼……彼女……やっぱり分からん。

 とにかく、水瀬さんは私の目をジッと見て言った。


「ライブの主要機能は全て佐藤さんの担当ですから。あらゆる事態を想定してくださいね」

「……はい」


 もともとそのつもりだったけど、ここは素直に頷くことにした。

 しかし、水瀬さんは私の返事が気に入らなかったようで、念を押すようにして繰り返す。


「いいですか? あらゆる事態ですよ。水瀬をガッカリさせないでくださいね」

「……ガッカリ?」

「佐藤さんには期待しているということです」


 あれ? この子、もしかしてかわいいのでは?


「……愛、チョロ過ぎ」


 めぐみんが何か言ったような気がするけれど、あえて無視する。

 私を褒めてくれる人に悪い人なんて存在しないのだ。もっと褒めて。えへ、えへへ。


 さておき、水瀬さんの言っていたことについて考える。


 開発期間から考えても、当日までに全ての障害を想定することは難しい。


 この場合は、障害が発生する前提で準備をするしかない。如何に早く検知して、如何に早く修正するか、ということである。


 身近な例を挙げると、サービス開始直後に落ちるソシャゲがある。


 運営が「想定外のアクセスが有り……」と記載して、お詫びに課金アイテムを配布するところまでがテンプレートだけど、もしもアイテム配布目的などではなく本当に障害が発生していたならば、担当のエンジニアは社内でみそっかすにされているはずだ。


 当日、起こり得る問題を想定できて三流。

 問題が発生した場合の対処方法を用意できて二流。

 さて佐藤愛よ。貴様は、一体いつになったら一流になれるのだ? ということである。


 ……懐かしいなぁ。


 オルラビシステムを開発していた頃は、毎日こんな感じのことを考えていた。


 外側を完璧に対策したと思ったら、先輩たちの技術的負債によって内側から破壊されるとか、本当に色々なことがあった。当時と今の自分を比較したら、腕が落ちているという自覚がある。


 ……取り戻さないと、だよね。

 パンと頬を叩き、キーボードに触れる。


 そして、聞き慣れた音を鳴らしながら開発を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る