Side 面白くない

 カーグリーバー本社ビルの三十四階は社員食堂となっている。


 座席数はおよそ四百。

 毎日少なくとも千人が利用しており、営業時間中は常に賑わっている。


 ガラス窓に沿うようにして作られたカウンター席。

 六本木の街並みを一望できるこの場所で、川辺は空になった食器をぼんやりと眺めながら呟いた。


「面白くない」


 彼の声は喧騒に掻き消され、他の人には届かない。

 それを理解しているからこそ、彼は自分と会話するようにして思考を整理している。


「あいつスピード感やばすぎだろ」


 鈴木のことである。

 彼はゴールデンウィークにライブをすると言った。


「おーかーしーくーね? いくらなんでも早過ぎっしょ」


 まだ詳細を詰めているところだが、彼の口振りからして小さな会場を使う可能性は低い。しかし大きな会場を使うのなら、どれだけ急いでもゴールデンウィークに予約を取れるわけがない。


「あいつ、いつから計画してやがった?」


 言葉とは裏腹に、川辺の中では結論が出ている。

 少なくとも三ヵ月以上前。要するに、ファミレスで会話する以前から計画していた可能性が高い。


「マジで面白くない」


 川辺は空になった皿を箸で叩いて言った。

 現状は何もかも鈴木の描いたシナリオ通りになっている。それが川辺にとっては腹立たしい。


「まーあー、あの音坂が下に付いてるだけあるってことか」


 川辺は鈴木を舐めていた。ちょっと脅せば交渉を有利に進められるだろうと思っていた。その結果、見事に言い包められた。昨日今日と実施した会議でも絶妙にコントロールされてしまっている。


「いっそのこと媚びるのが正解か?」


 川辺は思う。現状は山田恵の存在を思い出した瞬間に描いた絵から大きく逸れていない。純粋に利益を追い求めるならば、このまま鈴木に任せた方が良いとさえ思い始めている。川辺が見据えるゴールは目先のライブなんかではなく、最終的に世界一の組織を作ることだからだ。


 もちろん感情を優先した場合は違う。とにかく腹が立って仕方がない。

 しかし川辺は経営者である。ストレスを感じる程度で利益が手に入るのならば喜んで我慢する。一円にもならない快楽のために「無駄なこと」をする愚者ではない。


「だーけーど、メリットの方が大きいなら話は別だわな」


 川辺は箸を叩きつけるようにして皿の上に置き、スマホを手に取り、とある人物に電話をかけた。


「もしもーし。水瀬くん、後で会議室に来てくれる? ちょっとだけ話があるんだよね」


 彼の表情には笑みが浮かんでいる。

 それは、イタズラを思いついた子供のような、とても無邪気な笑みだった。

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