スタートライン 4
いっけな~い! 遅刻遅刻ぅ~!
私ッ、佐藤愛かつては十七歳!
今ちょっとフラグを回収しそうになってるの!
「やばいっ、ほんとに、やば、ばばばい!」
寝不足の身体に鞭を打つような全力疾走。
少女マンガのように自己紹介をしている余裕なんて無い。パンをくわえるなんてもっと無理。
私は痛感した。
あれはファンタジーである。
見せてやる。
これが、本当に遅刻しかけている人間の姿だ!
「いっげぁ、ゴホッ、ヂゴバッ、ゼェ……遅刻ぅ~!」
喋れない! 酸素が足りない!
完全にやらかした。めぐみんアラームを無視して二度寝してしまった。
おのれ、おのれぇ!
リョウが「寝坊だけはすんなよ」とか言ってフラグを立てるからだ!
「も……ちょい……っ!」
目的地であるタワマンは見えている。
あと一息。あの曲がり角の先に、ゴールがある!
「きゃっ」
「おっと」
あぁもぅ何ぃ?
こんな定番あるぅ?
「すみません。ちょっと急いで、て……」
はわわわわわ。
つ、つば、つばさしゃま……。
「大丈夫、まだ少し余裕あるよ」
「……ひゃぃ」
彼は倒れかけた私の背を支えた姿勢で言った。つまり、顔が近い。
「立てる?」
私は小さく首を縦に振った。
彼は微笑を浮かべ、私を地面に立たせる。
「行こうか」
そしてクールに背中を向けようとして、ふと立ち止まり私に手を伸ばす。
「にゃ、なに⁉」
「いいから、じっとして」
私は推しに見つめられた限界オタクのように硬直する。
このシチュエーション、少女マンガで見たことある。まさか、まさかキス──
「コスプレ、はみ出てるよ」
う、わ────────
「走ってきたので!」
慌てて背中を向け、乱れた服装を直す。
「急ぎましょう!」
そして彼の前に立ち、背中に生暖かい視線を感じながら、つかつかと歩いた。
私は、今後は必ず時間に余裕を持った生き方をしようと胸に誓った。
* * *
昨日と同じ会議室。
私が入室した時には、川辺さんとケンちゃん以外が揃っていた。
昨日と同じ席が空いていたので、そこに座ってふぅと息を吐く。
なんとか間に合った。安堵して顔を上げると、なんだか視線を集めていることに気が付いた。
「……めぐみん、私何かしたかな?」
ちょこんと座っていた天使に問いかける。
彼女は不思議そうに小首を傾げた。分からないみたいだ。
「私、何かおかしいですか?」
思い切ってリバテクの方々に質問してみた。
「……その服装は、どういう意図があるのでしょうか」
恐る恐るという様子で返事をしたのは眼鏡さん。
「戦闘服です」
私が真面目に答えると、彼の隣に座っている女性が「もう限界」と言って大笑いした。
「中野さん、失礼ですよ」
「だって、あれは、ズルいでしょ……」
私は少しムッとした。
小鞠まつりのライブ衣装のコスプレをしているだけで、笑う要素なんてない。
あの女……中野さん?
確か、昨日何度か質問してた人だよね。名前覚えたわよ。覚えてろよ。
「佐藤さん、で、よろしいですか?」
「はい、佐藤です」
眼鏡さんはズレた眼鏡をクイっとして、軽く呼吸を整えてから私に言った。
「普段から、そのような恰好を?」
「この服は今日が初めてです。基本、日替わりです」
「……そうですか」
彼は疲れた様子で返事をして、それ以上は何も言ってこなかった。
その代わり、他の方々から「あの噂マジだったのか」等の声が聞こえた。どこで噂になってるの?
「ごめーん! さっきそこで健太と会って遅くなっちった!」
私が疑問に思った直後、双方のリーダーが現れた。
「そーれーでーは、早速始めよっか。清正くん、健太がプロジェクターに繋ぐの手伝ってあげて」
川辺さんは元気に挨拶をしながら、私達の後ろを通って自分の席へ向かった。
その背中を追いかけるようにして、ここ数日で私からの好感度が急降下している誰かさんが通る。
私は一瞬だけ彼を見た後、意識的に目をそらした。
彼が後ろを通る。それだけで背中にぞわりとした不快感を覚えた。しかし彼は全く気にした様子を見せず、眼鏡さんの手を借りて淡々とプレゼンの準備をした。
「それでは皆さん、本日もよろしくお願いします」
スクリーンにデスクトップ画面が映った後、彼は普段通りの笑みを浮かべて言った。
彼のプレゼンは、途中でいくつか質問を挟みながらも滞りなく進んだ。
私は、それを集中して聞いているはずなのに、余計な思考が邪魔をして半分も頭に入らない。
ライブ出演者の話。それを待っている。
どのようなタイミングで来るか、どのような言葉で意見するべきか。そればかり考えてしまう。
大丈夫。昨日、翼にフォローして貰った時とは違う。ちゃんと準備した。絶対に納得させてみせる。
「ここからは、当日のライブについてです」
その言葉を聞いた瞬間、私は息を止めた。
焦るな。ちゃんと聞け。見極めろ。自分に言い聞かせて、その瞬間を待つ。
「まずは各自で考えた意見を集めましょうか。公仁、どういう形式にする?」
「スプレッドシートでいいんじゃない? 各自に書かせて上から舐める感じで」
「そうだね。それでは、URLを共有します」
ケンちゃんがURLを出すと、リバテクの方々は一斉にパソコンの操作を始めた。
「きーくん、終わったらパソコン私に貸して」
いや、中野さんだけはパソコンを用意してなかったみたいだ。
まあ、こっちは逆にめぐみんしかパソコン出してないけども。
「スマホからも入れますよ」
「あ、マジ? じゃあスマホで入りまーす」
ケンちゃんの助言を受け、中野さんは素早くスマホを取り出した。
スプレッドシート。簡単に言えばオンラインで複数人が同時に編集できるエクセルのこと。ブラウザにURLを打ち込めば誰でもアクセスできる。
「アドレスめっちゃ長いね」
「そうですね。QRコードを出すので、少し待ってください」
「お、ありがと。助かる~」
中野さんマジ女子大生。実はインターン生だったりするのかな?
さておき私もスマホからアクセスする。そして、何もアイデアが無いことに気が付いた。
……違うの。小鞠まつりをライブに出すことに全振りしてただけ。私は悪くない。
チラと隣を見る。めぐみんは滝のようなタイピング音を鳴らしてアイデアを打ち込んでいる。反対側の夕張さんもスマホが揺れる程の速度で両手打ちしている。
もう少し遠くを見る。リョウと翼はそれぞれタブレットを持ち、めぐみん程ではないけれど何か入力している様子だ。その先の幼馴染も、いつの間にかタイピングを始めていた。
……もしかして、アイデアが無いの、私だけ?
いや、待て、何か、何か役目はあるはずだ。
「あ、あの。似ているアイデアまとめますね」
「ありがとう佐藤さん。別のシート作るから、そっちによろしく」
「……うぃ」
我ながら子供っぽい返事だとは思う。
だけど、昨日あんなことがあって、そのまま普通に会話するなんて無理だ。
私は少しモヤモヤした気分で皆のアイデアを……待って。何これ。多過ぎ。どんどん増える。でも、今さら手伝ってとは言いにくい……うぉぉ! やるしかない! 愛ちゃんがんばれ!
およそ二十分後、各自のアイデアが出揃った。
アイデアを打ち込むだけで二十分である。当然、それを確認するのも大変だろうと私は予測した。
「公仁、評価軸を決めて投票するやり方が良いと思うけど、別案はあるかな?」
「なーいーかーな。うん、無いね。それで行こう」
「分かった。それでは、佐藤さんのまとめシートが素晴らしいので、こちらのB列以降に質問文を付与します。評価方法はチェックボックスです。イエスだと思った場合にチェックを入れてください」
結論から言えば、私の予測は外れた。
てっきりひとつひとつ議論するのかと思っていたけれど、もっと機械的に決まりそうだ。
「準備完了しましたので、各自まとめシートをコピーしてください。公仁、不足があれば教えて」
「オッケー」
ケンちゃんは評価軸を事前に用意していたようで、恐らくコピペによって一瞬で入力を終わらせた。私はとりあえずまとめシートをコピーして、他の人に倣ってシート名を自分の名前に変える。
シートを確認すると「一ヵ月以内に実現可能か?」「コスト以上の利益が出せそうか?」などの質問が記されていた。思ったよりシンプルだけど、項目が多い。かなり時間が掛かりそうだ。
「これ、分からない場合はどうすればいいですか?」
「チェックしないでください。最終的に全員の平均を取るので大丈夫です」
「はーい」
中野さんの質問すっごい助かる。
私は心の中で感謝を述べて、地道にスマホをぽちぽちする作業を開始した。
単純作業もたまには良い。
プチプチを潰す感覚で作業をしていると、直前までの緊張が解れていった。
新鮮だった。
一応は六年くらい社会人をやってるけど、こういう仕事のやり方は初めてだ。
似たような経験として、学生時代にブレインストーミングをやった記憶がある。全員が自由に意見を出して、最後に良さそうな意見だけまとめる方法のことだ。あの時はリーダー的な人がフィーリングで意見をまとめていた。しかし今回は違う。きちんと点数を付ける形式だから定量的に評価される。
彼の用意した質問は絶妙だった。
誰も疑問を口にしなかったことから、他の人から見ても良い内容だったのだと思う。
当然、模範解答なんて存在しない。
あのクソ生意気な幼馴染は、ライブに必要な要素を必死に考えたのだろう。
それを涼しい顔でやってのけた。
それがどれだけ凄いことなのか、今なら少し分かる。
もしも今の私がリーダーをやっていたら全く違う結果になったはずだ。意見を集めた後、グダグダと何時間も話を続けていたかもしれない。いわゆる空中戦。互いの頭の中にある意見をぶつけ合う議論。しかし彼の方法ならば定量的な評価を見ながら議論できる。評価の低いアイデアを足切りすれば時間を削減できる。本当に、悔しいと思うのもおこがましいくらいにレベルが違う。私の知ってる議論が学生レベルなら、今回はまさに社会人レベルという印象だ。
……本当に尊敬するけど、でも昨日のことは絶対に許さない。
ぽちぽちする途中、私は彼を睨み付けた。
その真剣な横顔を見て思う。あいつ、何を考えているのかな?
* * *
かくして全員の採点が終わる。
議論は十五分程度の休憩を挟み、ケンちゃんの言葉で再開した。
「結果シートに評価結果を入力しました。合計点でソートしてあります。こちらの議論は明日にして、まずはライブ出演者について決めたいと思います」
いきなり来た!
私はグッとお腹に力を込めて、いつでも声を出せるように身構える。
「これは、公仁に任せた方がいいかな?」
「いーいーけーど。まずはジュルスケ決めないとじゃない? 人数とかもそれからでしょ」
「そうだね。じゃあ、続きは明日、アイデアを見て決めようか」
「異議なし」
川辺さんが頷いて、他の皆も「そうしよう」という表情をした。
ケンちゃんは全体の表情を確認して、恐らく締めの言葉を口にするべく、軽く息を吸い込んだ。
「あのっ!」
その瞬間、私は声を出した。
一気に視線が集まる。もちろん敵意のある視線ではない。純粋に話を聞くための視線。だけどそれは質量を持っているかのように鋭く肌を刺す。私の緊張は、一瞬で最高潮に達した。
「佐藤さん、何か質問かな?」
ケンちゃんが自然な口調で言った。
知ってるくせに。心の中で悪態をつきながら、私は一度、深呼吸をする。
薄れたと思っていた不安が蘇る。
昨日考えたアイデアが消えそうになる。
私は胸に手を当て、それらをギュッと握りつぶす。
そしてスタートラインに立つために、勇気を振り絞って声を出した。
「大トリは、小鞠まつりが良いと思います」
「まーつーり? なんで?」
川辺さんが真顔で私を見て言った。
ただ理由を問われただけ。それなのに、首筋に刃物を突き立てられたかのような緊張感がある。
負けるな。逃げるな。
私はただ、推しの魅力を伝えるだけ。
「ケン……鈴木さん、さっきのスプシにURL貼るから開いて。私のシート」
「分かった」
数秒後、スクリーンにとあるホームページが表示された。
昨晩、会社ホームページ用のサーバーを拝借して用意したものである。
「小鞠まつりのファン人数の推移、それからSNSにおけるコメント数です」
難しいことはしていない。公式が用意しているAPIを使ったり、ファン人数が表示されている場所から情報を抜いたりして、それをリアルタイムで表示しているだけ。
「簡単に言えば、超バズってます」
私はキーワードを述べた後、画面を順番に説明する。
ファン人数は握手会の後から飛躍的に増加しており、直近の一週間で十万人も増えた。知名度の増加に伴って過去に投稿された動画の再生数も急上昇。SNSのコメント数だけならば晴海トトに匹敵することがデータで分かる。
「小鞠まつりの特技は歌です。だから、ファンも次の展開としてライブを期待しています。これを利用しない手は無いです」
「ん-、なるほどね。筋は通ってるね」
川辺さんは顎に手を当てながら言った。
だけど彼の目を見れば分かる。このおっさん全然納得してない。
「でーもーね? ライブは再来月なわけでしょ? 初回だし、無難にビビパレでいいんじゃない?」
彼はスクリーンに目を向け、続けて否定的な言葉を口にする。
「確かにファン増えてるけど、このペースだと百万も行かず止まるよね? バズってるのもライバルが居ないから話題を独占してる側面が強い。ビビパレがやるって言えばもっとバズるんじゃない?」
口調は優しい。だけど直感で分かる。こいつ、ビビパレ以外を使う気が無い。
悔しいけど、鈴木さんが言ってた通りだ。私達は短期的に手を組むだけ。リバテクはビビパレが話題を独占する方が嬉しい。逆に、小鞠まつりを舞台に上げたら、その分だけ利益を奪われることになる。
もちろんアイデアは用意してある。そうじゃなきゃ発言していない。
自信は無い。不安ばっかり。でも、ここで喋れない人に夢なんて追いかけられるわけがない。
「川辺さん」
私は覚悟を決めて、彼の名前を呼んだ。
「まだ話の途中ですよ? 髪の毛と一緒に私まで置き去りにしないでください」
私はケン……違う。あんな奴もう鈴木さんだ。とにかく鈴木さんの真似をして相手を煽るような口調で言ってみた。川辺さんは冗談が通じそうだし、鈴木さんがやるからには何か理由がある。多分。
……いや、これ本当に大丈夫か? 川辺さん般若みたいな顔してるぞ?
「あはは、きーくん顔やっば。おもしろ~」
中野さんが笑いながら川辺さんの背を叩いた。
私はコホンと声を出して、彼女が作ってくれた緩い雰囲気に全力で乗っかる。
「冗談はさておき、小鞠まつりがライブに出るだけなんて、そんなつまらないこと言わないですよ」
「ほー、それは楽しみですな」
川辺さんはグッと怒りを堪えたような様子で言った。
いや、違う。あの目は全然怒ってない。すごく冷静。下手なことを言えない迫力がある。
「大前提として、ビビパレあんまり歌上手くない問題があります」
「えー、そうかな?」
中野さんが唇を尖らせて言った。
「そうです。昨日全員の歌を聞きました。晴海トトなんてファンに弄られて自虐している切り抜き動画があったくらいです」
「あー、えへへ、そうだったかも。音楽配信でもあんまりダウンロード数が伸びないんだよね」
「そーうーは、言うけどね?」
ここで川辺さんが口を挟む。
「アイドルなんて基本的に歌下手でしょ」
「うわー、きーくん酷い。幻滅だよそれ」
「ライブはコンサートじゃなくてビジネスだから。大事なのは歌の良し悪しより集客力じゃない?」
彼は中野さんの指摘を無視して言い切った。
私は軽くテーブルを叩いて返事をする。
「だからこそ、歌下手をエンタメにしましょう」
「ほー、どうやって?」
初めて川辺さんが話を聞く姿勢になったような気がする。
私は周囲の音が遠ざかるような緊張感を必死に押し殺して、話を続けた。
「コラボ配信をします」
まずは結論を言って、全体の反応を見る。
楽しそうな顔をしているのは中野さんだけ。他の人は真顔で、感情を読み取るのは難しい。
「ビビパレが触覚技術を使ったライブをすれば盛り上がるのは確実です。でも現時点で盛り上がってるファンは少し戸惑うと思います。小鞠まつりどこ行った? みたいなワードがトレンド入りするかも。だからコラボ配信です。自然なストーリーを作って、双方のファンを誘導しましょう」
「なーるほどね? やりたいことは分かるけど、それ歌下手と何か関係ある?」
「ストーリーはこうです。まず小鞠まつりがライブを発表する。でもソロライブは自信が無い。だから協力者を募る。そこに現れるビビパレ。代表として晴海トトがあたしら歌下手なんだよねと自虐ネタ。なら、あちきが教えるよと小鞠まつり。本番に向けて練習シーンを配信すれば、自然とライブの宣伝になります。ライブ出演者についても、最初から公開するんじゃなくて、なんかトトが面白そうなことを始めたよ? みたいな感じで新しいペアを投入すれば、本番までファンの熱を維持できるはずです!」
やばい、メッチャ早口になったかも。
身体熱い。心臓うるさい。私は自信あるけど、皆微妙な顔してる。もしかして、伝わってない?
「ん-、今いちピンと来ないな」
数秒の静寂を破ったのは、川辺さんの言葉だった。
私は口の中が乾くのを感じた。もっと説明したい。だけど、頭が真っ白で言葉が出てこない。
「検討する価値はあると思う」
翼が言った。
「ボクも同感だ。少し飛躍が多い説明だったけれど、ライブの課題が良く考えられている」
「課題ですか?」
鈴木さんが翼に便乗すると、眼鏡さんが不思議そうな声で問いかけた。
「事実として、触覚技術に対する期待は小鞠まつりに集まっています。ここは認識合いますか?」
「……そうですね。しかし、ビビパレがライブを発表すれば今以上に盛り上がる可能性が高いです」
「その通りです。ただ、普通に発表するだけでは小鞠まつりファンが反感を持つかもしれない」
「確かに、その可能性はありますね」
「それから双方の客層は明らかに異なっています。どうせなら、両方を取り込みましょうよ」
「なるほど。仰る通り、コラボ配信ならファンの反感を買わずにアピールできそうですね」
眼鏡さんは納得した様子で言った。
今のやりとりを見て思う。悔しいけど、やっぱり鈴木さんは上手い。言葉というか、話し方が良い。
「発表から本番までの間に何するんだって部分も重要ですよね」
その言葉を発したのはリョウである。
なんだか懐かしい。二人で営業に行った時を思い出す綺麗な口調だった。
そして、彼の言葉に翼が返事をする。
「愛のアイデアを借りるなら、歌が下手なアイドルと、歌が上手なアイドルで師弟関係を作る。さらに練習風景を配信することでエンタメとしてファンに提供する。そういうことだよね?」
「……あ、えっと、はい。そう、その通り!」
「俺は面白いと思いました。他の方はどうですか? 彼女以上のアイデアがあれば、是非」
胸が熱くなる。理由はフォローして貰ったことだけじゃない。今の言葉、本当に上手いと思った。
何も考えなければ、ただ相手に同意を求めているだけ。でも違う。否定するなら今以上のアイデアを出せと圧力をかけている。私が同じことを言われたら、少し引っかかる部分があっても否定できない。
「恵も、良いと思う。面白い」
めぐみんが言った。
「あの、自分も同意です。小鞠まつりと晴海トトのコラボ、見てみたいです」
夕張さんも緊張した様子で言葉を重ねた。
決して示し合わせたわけではない。自然と皆が私のアイデアを後押ししてくれた。
それだけのことが、涙が出そうなくらいに嬉しい。
私は気を引き締めて前を見る。
リバテクの方々は「どうする?」という具合にアイコンタクトをしている。
やがて最初に声を出したのは、やはり川辺さんだった。
「こーれーも、議題だね。一日置いて意見出し合おうか」
とても自然な提案だけど、なんとなく分かる。これは逃げだ。
「このアイデアについては一日でも早く決めた方が良いと思います」
逃がすもんか。私は強い口調で言った。しかし彼は落ち着いた態度を崩さない。
「だーけーど、さっきのアイデアの精査も終わってないし、焦ることないんじゃない?」
悔しいけど言葉が出ない。ここで即決を強制する理由を私は持ち合わせていない。
……嫌だ、諦めたくない。何かあるはず。何か、何か、何か──
「きーくん、トトこれやりたい」
その言葉を口にしたのは、中野さんだった。
「実際、歌が下手なのは課題だと思うんだよね。まつりちゃんの動画見たけど、嫉妬しちゃうくらい歌が上手かったよ? 教えてくれるとか断る理由なくない? あと、コラボ楽しそう」
川辺さんが頭を抱える。
彼と中野さんの間に挟まれた眼鏡さんも微妙な表情をしていた。
「あ、そういえば自己紹介してなくね?」
彼女はテーブルに頬杖を付き、楽しそうな表情で私を見る。そして無邪気な態度で自らの正体を明かした。
「晴海トトでーす。よろー」
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