小鞠まつりの秘密 2

 大作戦が始まり、私は何の成果も得られないまま最後の夜を迎えた。


 今夜、私にとって二度目のライブがある。

 これが終わった後に口説き落とせなければ、あの生意気な幼馴染をぎゃふんと言わせられない。


 会話はしてる。毎日してる。

 でも望むような結果が得られない。


「大丈夫。まだ慌てるような時間じゃない」


 早朝。

 目を覚ました私は自分に言い聞かせるようにして呟いた。


 それから目を閉じて思考を巡らせる。

 議題。なぜ小鞠まつりはリアルで会うことを拒むのか。


 この数日、色々な表現で質問した。

 でも彼女は「資格が無い」以外の返事をくれなかった。


 資格って何だ? どういう意味だ?

 試しに才能的な意味かと質問した時には鋭く否定された。


 あの態度から察するに努力ではどうにもならない事情があるのだろう。だけど結局はバーチャルで活動するのだから、視聴者から見れば何も変わらないはずだ。


 実際、彼女が拒絶しているのはリアルで会うことだけ。仕事については、まだ曖昧な伝え方しかしていないけれど、前向きな返事をくれている。


 だから分からない。

 彼女が言う「資格」って、なんなんだ?


 アニメなんかだと「私は▲▲なんだよ? だから〇〇する資格なんて無い!」みたいな感じで、罪の意識に苛まれているシーンがある。でも、このパターンならそもそもバーチャルの活動すら無理だ。


「あー、うー、あー、なんか、頭痛くなってきたかも」


 多分だけど、その気になればリアルで会えるんだよ。

 要するに精神的な問題。その気になれない事情があるに違いない。


 その事情を知るためには……会話するしかない!


「というゴリ押しが通用するわけもなく……」


 何の成果も得られないまま時間だけが過ぎ去ったのでした。とほほ。


「現実逃避してる場合じゃない」


 小鞠まつりを口説き落とせない理由のひとつは、きっと彼女の気持ちが分からないからだ。


 私は本人から聞き出そうとして必死に舌を回した。

 でもダメだった。残念ながら成果ゼロである。


 やり方を変えるしかない。

 シンプルに、本人がダメなら他の人に聞くのはどうだろう?


 パッと頭に浮かぶのは大天使メグミエルだけど、最近ちょっと空返事が多い。お悩み中みたいだ。


 残る候補は一人だけ。

 というわけで、私は朝の運動ワールドに参加した。


 実は、今日が特別というわけではない。

 最初に参加してからは、なんとなく、毎日参加している。


『シュガーさん、おはようございます』


 入室直後、挨拶をくれたのは狐の耳がある小さな女の子(男性)。


「おはよー!」


 私が挨拶を返すと狐娘はニコニコ笑顔で手を振った。かわいい。


『シュガーさん、最近よく来ますね』


 次に挨拶をくれたのは女海賊みたいな衣装のお姉さん(男性)。


「身体を動かすのは大事ですからね!」


 という具合に声が低い美少女達と挨拶をして、定刻になったらスクリーンに映るシスターさんを見本にして身体を動かす。一通りの運動が終わったらスタンプを貰うための列ができるので最後尾に並ぶ。


 かくして私は目的の人物の元に辿り着いたのだった。


「お願いします」


 巨大なスタンプを持ったシスターさんにカードを差し出す。

 彼女……彼……マリアさんは、無駄に大きく振りかぶってスタンプを押した。


『おめでとうございます。今日で七日継続ですね』


 スタンプカードの枠は一行あたり七個。

 私は「えらい!」というスタンプが一行揃ったことで、軽い達成感と同時に強い焦燥感を覚えた。


「あの、少しだけ時間貰えますか?」

『まつりのことですか?』


 私が言うと、マリアさんはヤンデレ目になって返事をした。

 一瞬ビックリする感情表現だけど、恐らく深い意味は無い。


 私は軽く息を整える。

 それから直球で質問した。


「彼女がリアルNGな理由、知ってますか?」

『知らないですね』

「ほんとぉですかぁ?」


 私は縋るような気持ちでマリアさんを煽る。

 ふざけているように思われるかもしれない。

 でも必死である。ここが空振りならもう後が無い。


「マリアさんが知らないのならぁ、他に誰が分かるんですかぁ?」

『本人でしょうね』

「でしょうねぇ!」


 私は少し涙目になって言った。

 アバターでも涙を流すジェスチャーをして悲しみをアピールする。

 それが功を奏したのか、マリアさんはやれやれという様子で言った。


『私は、二番目のファンでした』

「二番目? どういうことですか?」


 突然の情報提供。

 私は微かな希望を逃すまいと集中する。


『まつりが初めて開催したライブの話です。観客はたった二人。私と、シャイな黒猫さんだけでした』

「黒猫さん? どんな方なんですか?」

『名前はメグミ』


 ドクンと心臓が跳ねる。

 偶然か否か。

 緊張感から息を止めた私に対して、マリアさんは淡々と言葉を続けた。


『彼女は、神様になると言いました』

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