小鞠まつりの秘密 1

 めぐみんが、かわいい。

 何を今さらと思うかもしれない。


 だけど言わせて欲しい。

 めぐみんが、かわいい。


「んー、んー、んー、ん~!」


 朝起きた私の目に映ったのは、床で転がる天使の姿。


 何してるのと聞くべきか?

 いやいや、もうちょっと見守るべきだよ。


 私が寝ぼけた頭で葛藤する間にも、彼女はコロコロと謎の動きを繰り返す。


「んん~? んー……ん~!!」


 私は覚醒した。必ず、この天真爛漫な同居人を撮らねばならぬと決意した。


 枕元に置いたスマホを手に取る。それから寝ているフリをしてカメラを構えた。


 うへへ、ぐへへ、かわいいなぁ。

 幸せ成分が私の全身を包み、細胞が活性化する。やがて愛ちゃんは天才的なひらめきを得た。


 この隠し撮りは、どうせバレる。

 めぐみんは絶対に動画を消せと怒るだろう。


 それはピンチでありチャンスでもある。

 例えば「コスプレしてくれたら良いよ!」と言えば、ワンチャンあるのでは?


「ないよ」


 わぉ、めぐみんが目の前に。目の……前に?


「……もしかして、声に出てた?」

「昨日まで、ちょっと、良かったのにね」

「待って。言い訳させて」


 めぐみんはプイッと顔を逸らして立ち上がる。

 そしてスタスタと部屋の外へ向かって歩き始めた。


「出来心! 出来心だったの!」


 その背に向かって手を伸ばす。

 彼女はドアのところで振り向いて、レンガの裏側を見たような目を私に向けた後、部屋を出た。


「……どう、して」


 私はガックリと俯いて拳を握り締める。

 激しい後悔が胸の奥をチクリと刺す。しかしそれは、めぐみんを怒らせたことに対する感情ではない。


「……あの目も撮るべきだった」


 小鞠まつりと話をした夜から、私は少し、欲望を我慢するのが下手になった。


 *  *  *


 数分後。

 私はめぐみんと和解して、仲良く朝食を口にしていた。


 ミニテーブルには丸い皿がひとつ。

 今日は料理が億劫だったので、ベー〇クッキーが入っている。めぐみんが愛用しているバランス栄養食で、そこそこ美味しい。


「なるほど、何を話せば良いのか悩んでたわけだね」

「そう。難しい」


 小鞠まつりを会社に呼ぶこと。

 直近の最優先事項であり、めぐみんも口説き文句を考えていたようだ。


 これは非常に助かる。

 もちろん私も説得するけれど、やっぱりコアなファンの考えた言葉の方が胸に響くはずだ。


「言いたいこと紙に書いてみたら?」


 クッキーをパクパク食べながら提案する。

 めぐみんは難しそうな顔をした後、小さな声で言った。


「……話すの、下手だから」


 あー、そういう感じか。

 何を伝えるか以前に、ちゃんと伝えられるか不安なわけだ。


「大丈夫。めぐみん、技術的な話をする時は上手だから、台詞を用意すれば楽勝だよ」

「……そう?」


 無自覚だったんだ。


「そうだよ。むしろ普段が不思議なくらい。もしかしてだけど、何か遠慮してる?」

「……遠慮は、特に、無いよ」


 彼女の言葉は、良く言えば個性的で、悪く言えばテンポが悪い。そして基本的に無表情だから、話すのが下手という彼女の自己評価は、残念ながら否定できない。


 だけど私は知っている。彼女は感情豊かな人間だ。

 アニメ的に考えると図書委員会タイプ。内心は騒がしいのに、口に出る言葉は少しだけ。


 以上の条件から導き出される答えはひとつ。


「相手にどう思われるか気になっちゃうわけだ」


 めぐみんはビクリと肩を震わせた。

 どうやら私の推理が図星だったらしい。


「……愛は、どうして、普通に話せる?」

「おぉぉぉ……」

「なに?」

「何か、久々に頼られた気がする」


 めぐみんは目を細めた後、はぁと息を吐いた。

 私はコホンと喉を鳴らしてからピンと人差し指を立てて言う。


「思うにね、信頼が大事なんだよ」

「信頼?」

「要するに、俺の信じるお前を信じろってことだね」


 彼女は目線を下げ、スマホをポチポチした。


「めぐみん?」

「百合に聞いてみる」

「めぐみん聞いて。真面目な話、信頼が足りないから不安になるんだよ」

「ふーん」

「私がイタズラできるのもね? めぐみんとの熱い友情を信じているからこそなんだよ?」

「愛は、もう少し、疑うべき」


 おかしい。ググっと好感度が上昇する予定だったのに、むしろ下がってるぞ?


「まつりちゃんとは、友情、ないよ」

「彼女は、めぐみんの好きを伝えたら、うわぁってなるような人なのかな?」


 めぐみんはハッとしたような顔をした。

 私は言葉の意図が伝わったことに安堵して、もう一言添える。


「まあでも、最近ファンと喧嘩するバーチャルアイドル多いから言葉選びには注意しないとね」


 めぐみんの目が細くなった。

 私はハッとして、慌てて失言を取り繕う。


「まつりんは大丈夫! ファンと喧嘩するようなお子様じゃないよ! 多分だけど!」

「……あ、百合から返信来た」

「めぐみ~ん!」


 ……か、かくして!

 小鞠まつりを会社に呼ぼう大作戦が始まったのだった!


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