バーチャル・アイドル 終

「ダメだ」


 翌日。事務所にて。

 私の報告を聞いたケンちゃんは、とても冷たい声で言った。


「対面で話をする。この条件は譲れない」


 私は目を閉じて呼吸を整える。


 心は熱く。頭は冷静に。

 アニメでよく聞くセリフだけど、まさにそんな感じ。


 正直、今の返事は予想できた。

 だから私は一晩かけて色々と考えた。

 今日この場に居るのは無策な愛ちゃんではない。


「拒否します」

「いいや、許可できない」


 そんなバカな。

 なーんて、冗談。今の彼がチョロくないことは察している。


 勝負はここから。

 私は一度、気持ちを落ち着かせるために周囲を見る。


 すっかり雰囲気の変わった幼馴染は、ソファに浅く座り、膝に肘を乗せて私を見ている。彼の隣にはリョウが座っている。彼は深く座り、腕を組み目を閉じて静観の構え。


 私の隣にはめぐみんが座っている。

 彼女はムッとした表情でケンちゃんを私を交互に見ている。


 よし、大丈夫、周囲が見えてる。落ち着いてる。

 私はケンちゃんに視線を戻して、軽く息を吸ってから言う。


「対面で会う必要、ある?」

「理由は七つある」

「多い。一個に絞って」

「信用できない」


 ムカッとする言い方だった。

 理由の半分は幼馴染だから。もう半分は、呆れたような表情。


 その顔を見ているだけで心の声が聞こえてくる。

 君は何を言っているんだい? 無理に決まってるだろ?


「ケンちゃん、遅れてるな~」


 私は八割のストレス発散と二割の計算を胸に彼を煽る。


「とっくにフルリモートの時代だよ? なのに対面に拘るとか」

「条件が違う。ボク達にはハードを扱う必要がある」

「郵送すればいいじゃん」

「例えば広告用の動画を作成するとき、スタジオを借りて密な連携を取る必要があるかもしれない」

「バーチャル限定で考えればいいじゃん」

「目的を忘れたのかな? ボク達はバーチャルアイドルのために事業を行うわけじゃない」

「歌を聞け! そしたら分かるから!」

「一個人の感性で会社の方針を決めるなんて有り得ない」


 彼は微かに顎を上げ、私を見下すような態度で言う。


「まだ話を続けるかい? これ以上は時間の無駄だと思うよ?」


 とてもイラッとした。

 こんな態度なら私にも考えがある。


「まつりん以外なら私は協力しない」


 一瞬、彼の頬がピクりと動いた。

 私はその動揺を見逃さず言葉を続ける。


「めぐみんも同じ気持ちだから」


 私は相棒に目を向ける。

 彼女はコクりと首を縦に振ってから言う。


「恵も、まつりちゃん以外、やだ」


 これが弊社エンジニアの総意。

 それを聞いた経営者は頭を抱えた。


 その間に私も考える。


「降参だ。痛いところを突かれた」


 待てコラ早い。まだ考え始めたトコなのに。


「……って、え? 降参?」

「うん。やっぱり佐藤さんは頭の回転が早いね」


 よく分からないけれど褒められたのでドヤ顔を披露しておく。


「ボクが事業を始めるには君達の協力が欠かせない。現状、恵アームを扱えるのは世界で二人だけだからね」


 その通りだ! という表情で応じる。


「しかし君達は違う。ボク以外の誰かに売り込む方法もあるわけだ」


 いや、そこまでは考えてない。

 だけど、まあそういう可能性もあるかもねという態度で応じる。


「十日……いや、六日にしようか」

「何の話?」

「ボク達の準備、あと六日で終わらせる」


 彼が言うと、リョウが驚いた様子で目を開けた。


「本気ですか?」

「もちろん」


 リョウはポカンと口を開けた後、不敵な笑みを浮かべてソファに座り直した。


 ……なんだ今のやりとり。


 私は素直な感想を胸に、どういうこと、という視線をケンちゃんに送る。


「佐藤さん、君の要望を全面的に受け入れるよ」


 彼は微笑を浮かべて言った。

 今日、初めて見る笑顔。それを見て私は背筋がゾクリとした。


「ボクは君を信頼している。だから君の判断を信じる。ただし、保険として二人体制にしよう」


 おかしなことは言われていない。

 むしろ私の要望が通った。大勝利と言えるはず。


「二人目は六日後にボクが探す。ただ、これは恥ずかしい話だけど、予算に余裕が無い。できれば君が一人目を説得して、今の話を無かったことにしてくれると嬉しい」


 それなのに、私が感じている印象は正反対。

 彼の態度が最初よりもずっと他人行儀に思えて仕方がない。 


「どうかな?」


 やっぱり違和感がある。

 私は同意を求めるつもりでめぐみんを見た。


「良いと思う」


 彼女の様子は普段と変わらない。

 私は悩む。杞憂の一言で自分を納得させるか、それとも違和感を口に出すか。仮に何か喋るなら、何を言うべきだろうか?


「六日以内に説得すれば、文句無いってことでいいよね?」

「うん、もちろん」


 胡散臭い笑顔。

 私は色々な疑問を呑み込んで、分かったと返事をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る