バーチャル・アイドル 5

 問題。

 ライブの後には、何があるでしょうか?


 そうです。握手会ですね。

 え、そんなことはない? ……あらあら、随分とサービスの足りない方を推してらっしゃるのね。


 敵を作る妄想はさておき。

 現在、約百名の美少女が列を作っている。


『は~い! 次の方どうぞ~!』


 響き渡るのは聞き覚えのあるバリトンボイス。

 ステージから降りた小鞠まつりまで続く列を制御しているのは、マリアさんだった。


「あれは、なに」


 めぐみんが声を震わせて言った。気持ちは分かる。

 とても可愛らしい外見からは想像できないような声。

 私は二度目だけど、やっぱり脳がバグる。


「考えちゃダメ。感じて」

「……むず、かしい」


 私はめぐみんの苦々しい声に苦笑する。

 それから、まだまだ自分達の順番まで長そうだなと判断して、めぐみんと会話することにした。


「ライブ、すっごい良かったね」

「でしょ!」


 かわいい。


「めぐみん、どこで知ったの?」

「ネット。恵が独りになって落ち込んでた時、たまたま、見つけた」


 急に重いよめぐみん。

 ……ええっと、大学入試の後くらいかな?


「すごく落ち込んでたけど、まつりちゃんが教えてくれた。神様になれば良い」

「神様?」

「うん。仮想世界なら、自由に作れる」


 色々と言葉の足りない説明だけど、ふんわりとなら理解できた。


 私はめぐみんの人生が過酷だったことを知っている。

 とにかく理不尽の連続。もしも私なら心が折れていると思う。


 私はめぐみんが特別じゃないことを知っている。

 例えば物語の主人公みたいに、どんな理不尽にも立ち向かえるような強い人じゃない。


「めぐみんが研究を始めたのは、彼女がきっかけだったんだね」

「うん。まつりちゃんが、きっかけ」


 現実世界が理不尽なら、理想の仮想世界を作ればいい。

 きっと、そういう発想に至るきっかけを得たのだろう。


「あと、あの歌声、元気が出る」

「分かる。すっごい楽しそうだね」

「そ、そう! 楽しそう! だよね!」


 可愛過ぎて砂糖吐きそう。

 推しについて語るめぐみん最高かよ。


「声も、色々だよね」

「思った。ボイチェン使ってるのかな?」

「違う。ボイスチェンジャーなら、聞けば分かる」

「そうなの?」

「うん。なんか、ノイジィ」


 流石めぐみん。五感が新人類。

 こうして楽しく話をしている間に列が進み、やがて私達の番になった。


『シュガーさん、こんばんは』


 マリアさん。私はめぐみんにアイコンタクトをしてからマイクをオンにする。


「今日は招待ありがとうございます。ライブ最高でした」

『それは良かったです。ところで、目的はまつりと話をすることですよね?』

「はい、そうです」

『列の最後尾へ移動してください』


 ……話す時間を作ってくれるのかな?


「マリアさん、関係者だったんですね」

『いえいえ、ただのサポーターですよ』


 なぜ今のタイミングでヤンデレ目になるのだろう。

 私は謎の感情表現に戸惑いながらも、大人しく最後尾に並び直した。


「結構かかりそうだね」

「うん。大人気」


 最初に握手会の列が生まれた時は、めぐみんの超反応で前の方に並ぶことができた。


 だけど今は最後尾。まだ列は長い。

 持ち時間は一人あたり一分だから、途中で何人か抜けたとしても一時間くらい掛かりそうだ。


 ……なるほど、このための人数制限なのか。


 妙に納得してしまった。

 小鞠まつりが仮想世界でライブをする目的も、大半はファンとの交流なのだろう。


 ……完璧かよ。

 技術がある。笑顔がある。歌を聞けば楽しくなる。ファンを大事にしている。あまりにも隙が無い。


「ねぇめぐみん、おもしろエピソードとかないの?」


 完璧な存在を見ると弱点とか欠点を探してしまうのが人間の性。


「昔は、割と、迷走してたよ」

「何それ聞きたい」

「例えば、一人称の由来」

「あー、それ気になる。なんであちきなの?」

「突然、不良キャラ? 始めたことがある」

「何それ全然想像できない」

「ファンが怒って一日でやめた」

「怒られてて草」

「その時の戒めとして、あちきになった」

「へー、そういう経緯なんだ」


 想像の斜め下。私がケラケラ笑っていると、めぐみんは機嫌を良くして他の話も教えてくれた。


 ひとつ、最初は兎耳装備でファンを子うさぎちゃんと呼称していたらしい。


 ふたつ、自己紹介動画では自分のソースコードを見せていたらしい。


 みっつ、でもそれは受けが悪かったので、今は歌声をアピールする動画に差し替えたらしい。


 他にも他にも。私が止めなければ、きっと彼女は一時間でも二時間でも話を続けただろう。


「めぐみん、本当に好きなんだね」

「うん、大好き」

「過去にライブとか参加しなかったの?」

「……き、緊張、して」


 かわいい。


「でも、メッセージ送ったこと、あるよ」

「連絡先あるんだっけ?」

「最初の方は、あったよ」

「途中で消しちゃったんだ」

「うん。がっかり」


 しょんぼりした顔も可愛い。

 思わずギュッと抱き締めたくなる。


「……良いなぁ」

「なにが?」

「……人気者って、憧れるよね!」


 咄嗟に噓を吐いた。

 めぐみんは呆れた表情で私を見て、軽く息を吐きながらパソコンに目を戻した。


 私はちょっぴり胸を痛めながら、ぼんやりと考える。

 一途に推しを追いかけられるめぐみんのことが羨ましい。


 もちろん私にも推しは存在する。

 だけど一人を何年も追いかけたことは無い。


 べつに推しをワンクールで変えることが悪いとは思わない。

 ただ、気になる。ずっとずっとファンを続けるのは、どういう気持ちなのだろう。


 私はいつも、あと一歩、情熱が足りない。

 べつにブレーキを踏んでいるわけではないのに、壁がある。


 欲しい物があるなら自分で作ればいい。

 だけど、好きなモノは、自分では作れない。


 多分、あと一歩なんだ。

 あと一歩、あとひとつ、何かが足りない。

 

 その何かが、分からない。


「もうちょっと、だね」


 めぐみんの声でビクリと肩が揺れた。

 一瞬、心を読まれたような気がしたけれど、もちろん違う。


「めぐみんから喋る?」

「……愛に、任せる」

「せっかくの機会だから、何か話しなよ」

「いい、任せる」

「分かった。喋りたくなったら教えてね」

「ありがと。あと、恵の名前、出さないで」

「名前? なんで?」

「とにかく、出さないで」

「分かった。気を付ける」


 気になる。

 ……過去にメッセージを送ったらしいから、それ関連かな?


 さておき推しを前に語彙力が消失する気持ちは程々に分かる。

 ここは、にわかファンである私が間に立つとしましょう。


『次の方どうぞ~』


 相変わらずのバリトンボイスに導かれて列が進む。

 残り三組。この辺りから、前の人と小鞠まつりの会話が聞こえ始めた。


 多分、システム的に声の届く距離が決まっている。

 でもマリアさんの声やライブの音はもっと遠くから聞こえていた。


 何か別の仕組みがあるのかな?

 余計なことを考えている間に列が進み、残り一組。


 次が私達の番。

 この位置からは、小鞠まつりの姿がハッキリと見える。


 流石に緊張する。

 めぐみんなんて呼吸が静かになっているレベル。


『お待たせ。えっと、シュガー・ラブさん。初めましてだね』


 そして、私達の順番になった。

 私はパソコン画面にアップで映し出された美少女の姿にキュンと胸をときめかせながら挨拶をする。


「初めまして。ライブすっごく良かったです」

『ほんと? ありがと。嬉しい』


 頭に思い浮かべるのは昼間にリョウから聞いたアドバイス。

 相手を気持ちよくして、興味関心を惹くこと。


『マリアから聞いたよ。今日は、お話があるんだよね』

「はい、お話があります」


 このタイミングになって、ふと思う。

 具体的には、何を話せばいいのだろう。


『とりあえず、あちきのホームに移動する?』

「はい、お願いします」


 心拍数が急上昇しているのを感じる。

 仮想世界で良かった。もしも現実で表情を見られていたらアウトだった。


 ……大丈夫ッ、行けるッ!

 自分を信じて!

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