バーチャル・アイドル 3

「スカウトのやり方ァ?」


 お昼休みの時間。

 私に呼び出されたリョウが不機嫌そうに言った。


「こういうのはリョウが一番得意かなって」


 褒めると、なぜか呆れた表情で見られた。


「口説く相手のことは分かってんのか?」


 彼は溜息混じりに話を始めた。

 ナイス、ツンデレ。


「バーチャルアイドルです」

「ンなこたァ分かってんだよ」

「名前は小鞠まつりです」

「オーケー、何も知らねぇわけだな」


 否定できないので笑顔でごまかす。

 めぐみんなら何か知ってるかもだけど、今は不機嫌そうにプリンを食べてる。


「まぁ、テメェなら適当に話しても大丈夫だろ。好きにやれ」

「そこを何とか! せめてコツだけでも!」


 彼は鬱陶しそうな様子で溜息を吐いた。

 でも私は知ってる。こんな態度だけど、しっかり説明してくれるのがリョウである。


「ふたつだけ覚えとけ」


 ひゅぅ! さっすが! 頼りになるぅ!


「待って、メモするから」


 私はスマホを構えた。

 リョウは気怠そうな目で私を見て説明を始める。


「相手を気持ち良くする。興味関心を惹く。以上だ」


 とりあえずスマホにメモする。

 それから順番に質問を始めた。


「気持ち良くするってどうやるの? マッサージとか?」

「ふざけてんのか? とにかく褒めろってことだ。あなたの技術に惚れたとか、あなたと働きたいとか言って、特別扱いされてるように錯覚させんだよ。そうすりゃ誰でも気持ち良くなる」


 リョウは「あなた」という単語を強調して言った。


 少しだけ身に覚えがある。

 神崎さんのスカウト、まさにそんな感じだった。


「次の、興味関心を惹くの方は?」

「そのままの意味だ。ただ重要なのは、ペラペラ喋らねぇこと。必要最低限を伝えろ」

「疑問が残ってもいいの?」

「残すんだよ。相手のことを知らねぇ以上、何がプラスで何がマイナスかなんて分からねぇ。だから、美味そうな餌だけぶらさげて、聞かれたことにだけ答えりゃいい」


 詐欺師っぽい。私は失礼な感想を抱きながら、聞かれたことにだけ答えるとメモした。


「オレらの場合、会社に呼んで道具を触らせるのがマストだ。自信がねぇなら興味を惹いて会社に呼ぶことだけ考えろ。あとはオレがどうにかする」


 ひゅぅ! さっすが! 頼りになるぅ!


「ありがと! なんか行けそうな気がしてきた!」


 私が感謝を伝えると、リョウは微かに満足そうな顔をして腰を上げた。


「あれ、どっか行くの?」

「仕事だ。テメェが一人口説く間にこっちは百人くらい口説いてんだよ」

「……お疲れ様です」


 営業さん、しゅごい。

 月並みな感想を抱きながら、私もスカウトがんばろうと思ったお昼休みだった。


 *  *  *


 そして私は夜を迎えた。

 イベントが始まる予定の午後八時まで、残り二分ちょっと。


 めぐみんはツールを作ると言ったけれど、残念ながら間に合わなかった。仮想チャットのボット対策が思ったよりも堅牢で、手動以上の速度が出なかったらしい。


 というわけで、ドキドキ目押し大会開始。

 私とめぐみんはイベント会場が表示されるであろう検索画面と睨めっこしていた。


 仮想世界用のデバイスは装着していない。

 パソコンで操作した方が早いという判断である。


「なんかドキドキするね」


 開始予定時刻は午後八時だけどピッタリに始まる確証は無い。

 だから私達は十分くらい前からカチカチと定期的にクリック音を鳴らしている。


 カチ……まだ。

 カチ……まだ。

 カチ……と、この繰り返し。


 まるで推しのライブチケットを手に入れるため予約サイトに張り付いているかのような緊張感。実際に多くの人が同じ気持ちで画面を見ているのだろう。


 そして、パソコン画面に表示された時計が20:00を示す。


「おっ」


 検索画面に「まつりの木曜ライブ218」が現れた。


 ガタッ、カチカチッ、と最初に音を鳴らしたのはめぐみん。

 私は内心で「早ッ」と思いながら一瞬だけ遅れて操作する。


 そして──

 ああ、はい、ダメでした。


「めぐみん、どう?」


 問いかける。返事が無い。

 彼女は無表情でパソコン画面を見つめている。


 やがてパタンと横に倒れると、そのまま転がって私に背を向けた。


「……あはは、ダメだったか」


 苦笑しながらパソコン画面に目を向ける。

 試しに再検索すると、やっぱり満員になっていることが分かった。


 ……あの一瞬で埋まっちゃうのか。


 まつりの木曜ライブ218。

 この数字は、恐らく開催された回数だ。


 今日が特別なライブならともかく、多分毎週開催されている。

 それなのに、五十名の定員が一瞬で埋まってしまった。


「……寝る」


 めぐみんは相当なショックを受けていた。

 よっぽど楽しみにしていたのだろう。


 ……そういえば、スカウトの期限っていつなのかな?


 私は重要な質問を忘れていたことに気が付いた。

 べつに我慢する必要も無いので、サクッとメールを送る。


 それからパソコンを閉じるため仮想チャットを終了させようとして、気が付いた。


 ……あれ? こんなのあったっけ?


 小さなメールのアイコンが表示されていた。

 多分、メールを送った直後だから気が付けた。そうじゃなかったら見逃していたと思う。


「めぐみん、これ何か分かる?」


 有識者に問いかける。

 彼女は不機嫌そうに起き上がって、私の隣に座った。


「招待されてる。誰か、フレンド作った?」

「フレンド……ああ、マリアさんかな?」

「誰?」

「素敵なシスターさん」

「ふーん」


 めぐみんは興味なさそうな返事をして、マウスを握る私の手をツンツンした。


 貸せということだろうか?

 素直に手を退かすと、彼女はササっと何か操作する。


「えっ?」


 最初に声を出したのはめぐみん。

 私もビックリして、画面に表示された文字を読み上げる。


「まつりの木曜ライブ218に参加する……?」

「愛、これ、なに?」

「いや、えっと、私も分かんない」


 全く予想していなかった事態。

 私は困惑しながらも、とりあえず招待を受け入れる。

 そして、あっさりと、ライブ会場にログインできてしまった。

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