メタバース 1
私が転職してから、そろそろ一年が経つだろうか。
事務所には、ふたつの部屋がある。
ひとつは受付スペース。ぶっちゃけ使われていなかったけれど、めぐみんが来てからは彼女の作業スペースとなり、コーヒーメーカーが置かれたりと生活感が増した。
一方で接客を行う部屋の方は何も変わらない。
中央のテーブルと、それを挟むソファ。それから隅っこにケンちゃんの勉強机がひとつあるだけ。
それでも、久々に皆が集まった光景は新鮮に感じられた。
私はいつも通りソファに座り、隣にはめぐみんが座っている。
テーブルの向こうにはケンちゃんとリョウ。二人とも少し雰囲気が変わったような気がする。
そして翼は、いつかと同じように、少し離れた位置で壁に背を預けて立っていた。
「さて、始めようか」
ケンちゃんの一言で場の空気が引き締まる。
私は少し前の反省会を思い出して、こっそり翼に目を向けた。
予想通り、彼は鋭い目でケンちゃんを見ている。有紗ちゃんの一件で見慣れた視線だけど、それでも威圧感を覚えるくらいだ。
「概要はメールの通り。今日この場で決めたい点はふたつ。本当は直ぐにでも議論したいけど……」
ケンちゃんは机に肘をつき、額に手を当てて俯いた。
どうしたのかな? 少し心配な気持ちで見ていると、私達を代表して翼が質問した。
「何か問題があるのか?」
ケンちゃんは直ぐに答えない。
俯いたまま、一度長い息を吐いてから言った。
「時差ボケで頭が回らない。リスケさせてほしい」
「丁度良い。正直俺も寝起きで辛かった」
急に可愛いやりとりするのやめて貰えます?
「……昼にまた出直すよ」
ケンちゃんが立ち上がると、隣で澄ました顔をしていたリョウも微かに引き攣った表情を見せた。
なんとなく、めぐみんを見る。
私は咄嗟に笑いを堪えた。とても絶妙な表情をしていた。
「ああそうだ、ひとつ報告がある」
翼が呼び止める。
ケンちゃんは、ちょうど私と翼の間で足を止めた。
「愛にプロポーズした」
一瞬、時が止まったように感じられた。
全身から変な汗が溢れ出る。大騒ぎしたいのに、感情が迷子になって、逆に動けないし喋れない。
視線の先には幼馴染の背中。
彼は翼に身体を向けたまま、しばらくしてから、呟くような声で言った。
「目が覚めた」
それから作業机まで移動して、私がするようにパンと頬を叩き、振り返る。
そして彼は、以前とは別人のような様子で話を始めた。
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