メタバース 2
ビジネスの話。
ただでさえ難しい話なのに、私は爆弾を落とされた直後でさっぱり頭に入らない。
……もうちょっと、気にしろよ。
プロポーズなんて言葉が出たら「どういうこと!?」となるのが普通だと思う。だけどケンちゃんは一言も疑問を口にせず法人営業が云々という話を淡々と続けている。
……ダメダメッ、集中しないと!
唇を嚙み意識を切り替える。
せめて私に関係のある部分だけでも理解したい!
「最も重要なのは、
「最大手を敵に回すのか?」
「口説くよ。でも今じゃない。彼は手強いからね」
……なるほど、さっぱり分からん。
「川辺を避け、一撃で全国民に周知する。そのために抑えるべき企業をリストアップした。見てくれ」
私が疑問に思う間も会話は続く。
翼はケンちゃんからスマホを受け取ると、直ぐに不機嫌そうな声を出した。
「カーグリーバーと関係のある会社ばかりだ。ふざけているのか?」
「会社単位では当たらない。個人に当たる」
「……ああ、そういうことか」
翼は軽く息を吐いた後、とても冷たい態度で言った。
「気が乗らない」
メッチャ怖い。思わず姿勢を正しちゃうレベル。
私がビクビクする中、翼は、いつかの反省会を思い出すような低い声で言った。
「人脈は消耗品だ。その案を実行すれば確実に擦り減る」
「無茶な要求なのは理解してる。だけど翼は、断らないはずだ」
何か秘策でもあるのだろうか?
ケンちゃんは堂々とした態度で、得意気に言った。
「佐藤さん」
どうしてそうなった?
「これからボク達が売るのは、彼女が作ったモノだ」
自信満々の言葉。
私は腹ペチしたい衝動をグッと堪え、静観を続ける。
「……分かった」
え、うそ? 納得しちゃったの?
「Bは終わり。次、Cについて」
驚く私を置き去りにして、ケンちゃんは謎の記号を口にした。
……こいつ、本当に何があったのかな。
私の知る彼からは考えられない態度だ。
あの翼を納得させたのに、さも当然のことをしたかのような顔をしているのは……少しだけ、怖いとさえ思える。
「これは佐藤さんの得意分野だ」
突然過ぎる二度目の名指し。
私は内心慌てた。だって議論を全く理解してない。さっきから別のことを考えてばかりだ。
「バーチャルアイドルを利用する」
「……ええっと、なんで?」
「恵アームを一気に広めたい。対象は既存のメタバース利用者。これで分かるかな?」
ちょっとムカっとする言い方だけど、ギリギリ理解できる。既存のメタバース──仮想世界の利用者に私達の存在を知って貰うためには、広告塔としてバーチャルアイドルが適任なのだろう。
「最も大きな問題は川辺公仁」
「川辺さん誰ですか」
「ビビパレを運営する会社のトップと言えば分かりやすいかな?」
素直に質問すると、彼は軽く肩を竦めて言った。
ビビパレなら分かる。正式名称はビビパレード。今最も人気なバーチャルアイドルのグループである。
「じゃあ、エニトゥルの方に声かけるの?」
エニトゥル。正式名称エニートゥルース。
ビビパレ所属のアイドルは全員女性だけど、エニトゥルは半分以上が男性である。客層は違うけども、ビビパレに匹敵する人気を誇る唯一のグループだ。
「それはボクも考えた。だけど炎上リスクが大きい」
その返事を聞いて、私は「あー」という声を漏らした。
彼の言う通りエニトゥルは常に炎上している。
視聴者としては面白い。
でも会社として考えたら……これが、信用か。ふっ。
ニヒルに笑う私。
彼は軽く息を吐いた後、改めて言う。
「個人で活動しているタレントに心当たりはあるかな?」
「個人勢か……」
いくつか頭に浮かぶ名前はあるけれど、正直そこまで詳しくない。
……持ち帰らせて頂きましょう。
そう思った瞬間、不意に袖を引かれた。
犯人はお隣さん。大天使メグミエル様である。
彼女は無表情のまま、だけど確かに緊張した様子で言った。
「恵に、任せて欲しい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます