束の間の修羅場 3


 背後には壁。正面にはイケメン。右側には天使。

 そして左側は、たった今ゆりちに塞がれた。もはや退路は無い。


「お姉さま、どうぞ」


 左側から伸びるゆりちの箸。

 その先端には翼の弁当箱にあった玉子焼き。


「こっちも、食べて」


 正面から伸びる翼の箸。

 その先端には変わらず金平。


「……」


 そして右側から伸びるめぐみんの指先。そこにはクッキーがある。


「……ぁゎゎゎゎゎ」


 まさかまさかの展開にあわあわする。

 私の人生にこんな場面があるなんて、一体だれが想像できただろうか。


「お姉さま、私を選んでくれないんですか?」


 ゆりちっ、その言葉わざとだな! 遊んでるな⁉


「愛、そろそろ手が痛い」


 すみましぇん翼しゃま!

 でもそのっ、無理っ、無理です!


「…………」


 めぐみん! 無言の圧やめて!

 こら、クッキーで頬を突くな! 


 ぐぬぬ、どうしたものか。この歳で「あーん」なんてそんな……無理ぃ!


「お姉さま、恥ずかしがらないでください。ほぼ全裸みたいなコスプレに比べたら平気だと思います」


 コス、プレ……? そうだ、コスプレだ!


「ありがとう、ゆりち」


 私は心の鎧に手を当てる。

 それから一気にコートをパージして、内に秘めた魂を解放した。


「……どうして、急に、脱いだの?」


 めぐみんがドン引きだけど気にしない!

 今日の衣装はバスケのユニフォーム。有紗ちゃんの一件で再熱した勢いのまま作った新衣装。これは偶然にも食いしん坊キャラで、あーんどころか他人の弁当を積極的に奪うタイプ。つまり私が積極的に食べるのは原作再現! 恥ずかしくない!


「お姉さまかわいい~!」


 三人から差し出された料理をパクパク食べると、ゆりちが楽しそうに言った。


「次、どうぞ」


 翼はマイペース。直ぐに次の料理を差し出した。


「私の方も食べてください!」


 ゆりちも遠慮なく翼の弁当箱から次を取った。


「……」


 めぐみんのクッキーも箸攻撃の合間にパクリ!

 私は無限パクパク領域を展開することで、三方向から来る攻撃を完食することに成功した。


「ごちそうさまでした」


 大きな達成感と腹八分目くらいの満腹感。

 私がパチッと手を合わせて言うと、ゆりちが笑顔で質問した。


「ところでお姉さま、こちらのイケメンは?」

「音坂さん家の翼くんです。社員だよ」


 ざっくりと紹介して、翼に目を向ける。

 彼は軽く頷いて、ふんわりとした雰囲気で言った。


「よろしくね」

「あ、はい、どうもです」


 ゆりちは普通に会釈すると、カッと床を鳴らして私の隣に立つ。


「お姉さま、もうひとつ教えてください」


 そして私の肩に肘を置いた。

 謎の圧力がある。恐る恐る目を向けると、彼女は低い声で言った。


「どうして急にイチャイチャしてたんですか?」


 その一言で私は察した。

 本当の修羅場は、ここからだ。


「ゆりち聞いて。違うの。そういうアレじゃないの」

「めぐみん」


 ゆりちがパチッと指を鳴らして言った。

 私は謎の合図に戸惑いながらめぐみんを見る。

 彼女は何度か瞬きをした後、無表情のまま口を開いた。


「愛、ここ最近、夜──」

「違う! めぐみん待って! それ絶対誤解を生むパターンだから!」


 咄嗟にめぐみんの口を塞ぐ。

 ジトッとした目で見られたけど知らない。ここは絶対喋らせな……ん?


「ゆりち? この手、何?」

「お姉さまこそ。この手、何ですか?」


 彼女の両手が私の手首を摑み震えている。

 目的は明らか。きっと封印を──めぐみんの口を解き放つことだ。


「誤解と聞こえましたが? 何か聞かれたくないイベントがあったようですね?」

「……いや? べつに大したことないけど、ちょっと取り扱い注意、みたいな?」


 ニコニコ笑顔のゆりちに私も笑顔で対抗する。絶対に負けられない戦いである。


「えっと、翼さんでしたっけ? 説明して頂けますか?」


 ゆりちは子供を叱る前の先生みたいな口調で言った。

 流石に彼の口を塞ぐことはできない。私はとにかく祈りを込めた視線を送る。


「妹が、お世話になった」

「具体的に、どのように、お世話になったんですか?」

「一緒に、アニメを観た?」

「へー、それは、いつ、どこで、どれくらい?」


 ゆりちメッチャ追及するんですけど……。

 私が内心で怯えていると、翼は微かに首を傾けながら言った。


「夜に、妹の部屋で、一時間くらい?」

「ふしだらです!」

「何が⁉」


 私は反射的に叫んだ。ゆりちは私の両肩を摑み、揺らしながら言う。


「夜に! 部屋で! 二人きりなんてぇ!」

「いやでもほら、女の子同士だから」

「訳の分からないこと言わないでください!」

「どっちが⁉」


 狭い事務所内に私の声が反響する。

 その後も愉快な発言に振り回され、私は何度も絶叫した。


 楽しいと思った。

 心から笑える時間だった。


 きっとこれは、束の間の休息。

 四月に終わる見込みだった開発は、有紗ちゃんの一件で急いだことから二月には終わる勢いである。出張を続けている二人も、そろそろ戻ってくるだろう。


 そして、次の挑戦が始まる。


 ぶっちゃけ私はビジネスプランを理解していない。分かるのは、恵アームをスマホアプリのように誰でも扱えるプラットフォームが必要というだけ。


 だから作った。これを使って誰かが何か開発することは分かる。逆に、それ以外は全く分からない。


 私の頭に浮かぶのは愉快な夢物語。

 あるわけないよねと笑ってしまうような内容ばかり。


 だけど現実は、そんな想像を軽々と飛び越える。

 例えばそれは今日の仕事が終わった後の出来事。

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