子供の夢 6
リベンジの時が来た。
私はターゲットが待つ部屋の前で深呼吸をする。
今の私はつよつよ愛ちゃん。
徹夜で女子高生に受けるアニメを調査して、若者の趣味嗜好を完全に理解した。もはや私が現役女子高生なのだと言っても過言ではない。
絶対にリベンジ卍する。私は気合を入れて、再び有沙ちゃんの部屋に足を踏み入れた。
「この解雇されたコスプレ社員、あんたでしょ?」
すると開口一番このセリフ!
「転職後にもコスプレ続けるとかバカなの? 口コミ見たけどボロッカスじゃん。学習能力無いわけ?」
塾の方まで!?
「それがどうして神崎央橙に気に入られてんの? オルラビシステムって何?」
そんなことまで!?
「ど、どうやって調べたの?」
「名前でググった」
個人情報ダダ漏れ!? インターネット怖い!
「……そ、そうなんだね~」
でもこれはチャンスっ! 興味を持ってくれてる!
私は暖かいコートの下に着た聖なる鎧を握り締め、一歩前に出る。
「私のことが気になって仕方なかったのかな~?」
「……べつに。てか当たり前のようにベッド座んな」
そっぽを向いた有沙ちゃん。
私は彼女に身を寄せて、お姉さんっぽく言った。
「私のことが知りたいなら、直接聞けばいいのよ?」
「…………」
否定も肯定も無い。彼女はそっぽを向いたまま口を閉じてしまった。なので私が勝手に喋る。
「オルラビシステムは、私が前の会社で同僚と一緒に作ったものだよ。カオスな社内システムぜーんぶ巻き取って自動化したの。すごいでしょ」
「……あっそ」
「すごいでしょう!」
「……うざい」
「惜しい。私が今求めている言葉はすごい」
「……ほんと何こいつ。どういうメンタルしてんの」
彼女は溜息を吐いて、珍しく私に目を向けた。
至近距離で目が合う。正面から見た有沙ちゃんは、翼の妹なだけあって妬ましい程の美少女だった。
「そのシステム、どうなったの?」
質問の意味は分かる。私が転職した後にオルラビシステムがどうなったのか聞いているのだろう。
悩むような質問ではない。分からないと返事をするだけでいい。その一言が、直ぐには出てこなかった。
理由は、彼女の目を間近で見たからだ。
私が学生だった頃、就活をするとき、面接官は目を見るという話を聞いたことがある。ヒトの人生は目に現れるというスピリチュアルな内容で、当時は聞き流していた。でも今なら少し分かる。
それはきっと、仕事柄ヒトと話をする機会が増えたからだ。流石に人生までは分からないけれど、大雑把な性格くらいは目を見て分かるようになった。
特別なスキルではないと思う。
例えば、気難しそうなお客さんには丁寧な言葉遣いで対応するとか、大人なら誰でもやっていることだ。
ヒトは相手の目を見て性格を予測している。
そして無意識に対応を変えているのだと思う。
だから私は言葉を失った。
こんなにも悲しい目を見たのは初めてだった。
「……なに?」
「ごめん、有沙ちゃん可愛いから見惚れちゃった」
「バカなの?」
どうにかごまかして、私は茶目っ気のある態度で言う。
「あのシステム、どうなってるのかな? 会社辞めてから一回も見てないから、私も知らない」
笑顔は引き攣っていないだろうか。少し不安に思いながら返事をすると、彼女は俯きがちに言った。
「……作り終わったものには、興味無いわけ?」
「あるよ」
私は即答する。
彼女は少し驚いた様子で顔を上げた。
「宝物だよ。私にとって。多分、人生で一番の。それくらい必死に作ったものだよ」
「……なにそれ、現状も知らないくせに」
「あはは、厳しいこと言うね」
鋭い指摘に苦笑すると、彼女は目を細めた。
何を考えているのかは分からない。ただ、この話が彼女にとって重要なのだということは分かる。だって前回とは口数が違う。
私は緊張が伝わらないように気を配りながら、慎重に言葉を選んで会話を続けた。
「私も、粘ったよ。でもダメだった」
「なんで諦めたの」
「諦めたというより、誘われちゃったからかな」
彼女は目を逸らさない。
私も可能な限り真剣な態度で応じる。
「……今の会社で、何やってんの?」
「塾の講師とか、開発とか、あと最近は、夢探し?」
「……夢探しって、何それ。新しい何かが見つかったから転職したわけじゃないんだ」
彼女は落胆した様子で俯いた。どうやら私の言葉は彼女が期待していたものとは違ったらしい。
……そっか、そういうことか。
私は夢を探している。
その過程でめぐみんと出会った。
彼女は泣きそうな顔で研究していた。
私は、その理由が全く分からなかった。
しかし今回は違う。
多分、似たような経験があるからだ。
有沙ちゃんには夢があったのだろう。
でも、諦めざるを得ない出来事が起きたのだろう。
……高校生、か。
私は、新しい道を探すことができた。
もちろん生意気な幼馴染が最大の理由だけど、私が大人だったことも理由のひとつだと思う。
大人は、諦めることに慣れている。
それはきっと些細な出来事の積み重ねだ。
欲しい玩具を諦めるところから始まって、漫画家や声優になりたいという夢を現実とか才能とかいう言葉で封じ込めて、できること、できないことを区別するようになって、気が付けば、物分かりの良い大人になっている。
それでも夢を見る人がいる。
私はその姿を見て、憧れた。
ならば私は、私が彼女に伝えるべき言葉は──
「……あのさ」
思考中断。
「どうしたの?」
何も考えていなかったかのように笑顔を浮かべる。チクリと胸が痛かった。
「……どうして、何も聞かないわけ?」
「どうして?」
「……頼まれたんでしょ。私をどうにかしろって」
彼女は掠れた声で言う。
「……普通、嫌でしょ、こんなやつ。普通、さっさと終わらせたいって思うでしょ。皆そうだった。外に出ろとか学校に行けとか同情とか……くっだらない」
彼女は、私の目を見て言う。
「……ねぇ、教えて。どうして何も聞かないの?」
私は息を止めた。頭の先から足の裏まで電気が流れるような感覚があった。高校生を相手にしているとは思えないような緊張感だった。
彼女は何を求めているのだろうか。
学校に行きたいのだろうか、それとも外に出たいのだろうか。いや、きっと両方とも違う。
分からない。
ならば、諦めよう。
私は神様なんかじゃない。彼女を助ける都合の良い王子様なんかじゃない。私が彼女と話をする理由は、誰かに与えられたものなんかじゃない。
「アニメを観よう」
「…………は?」
「私は貴様を必ずオタクにする」
「…………バカなの?」
「そうだよ。お気に入りの作品をディスられたオタクが簡単に引き下がると思わないで頂きたい」
私は胸を張り不退転の意志を示す。彼女は呆然とした様子で私を見て、やがて大きな溜息を吐いた。
「……ほんと、何なの、こいつ」
そして、微かに笑みを浮かべて呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます