リアル×バーチャル 8
私っ、佐藤愛17歳!(プラス干支一周程度)
恋に恋する可憐な乙女である愛ちゃんは、今つばしゃしゃまの寝顔を見つめにゃ、にゅっ、わっ、ふぉおおおおおおおおお────ッ!!!!
「……愛? 大丈夫?」
「私はもうダメかもしれません……」
めぐみんは「わっ」と口を開きました。しかし彼女は私の度重なる奇行に慣れてしまったのか、数秒で手元の資料に目を戻してしまいました。悲しいですね。
小鞠まつり調査報告書。
つばしゃしゃみゃ──翼が一晩で作った資料です。
内容はタイトルの通り。
ファンの数、動画再生数などの客観的な数値は当然のこと、翼による評価も記されています。
……翼。良い響きですね。
彼の夢は専業主夫らしいです。
翼、あーん……なんちゃってなんちゃって!
ああ、ダメ、ダメよ愛ちゃん。おふざけはダメよ。これまでは次元の違う推しに悶えるだけだったけれど、これからは推しに触れられる時代になるのよ。
つまり私が大統領なのよ。
私こそが、同志達の夢を背負っているのよ!
おーほっほっほっほ!
──先日のこと。
桃色のバーチャルアイドルが、私の前に現れた。
彼女は「動画を見てくれたら嬉しいな」と言った直後にログアウトしてしまった。だから話はできなかったけれど、私もログアウトして「こまりまつり」というキーワードで動画を探した。
目的の動画は直ぐに見つかった。
一本の再生時間はざっくり十分くらい。でも数が多い。全てチェックするには一週間以上かかりそうだ。
とりあえず再生数が多い動画だけでも……いや、分担した方が良いかも? そう思って社内チャットで情報を共有すると、翼から「任せて」と返信があった。
そして翌営業日。
事務所に到着した私はソファで眠るスーツ姿の翼を、めぐみんはテーブルの上に置かれた資料を発見した。
小鞠まつり。
月に住む兎人間という設定でデビューしたバーチャルアイドルだが、途中で方向転換。東京都港区在住のうさ耳お姉さんキャラとしてニッチな需要に応える。
本人曰くバーチャルではなくリアル。等身大のアイドルとして歌などの動画による活動を主としている。
動画の投稿頻度は週一。
月に一度、一時間の生配信でファンと雑談。
ファン人数は約五万人。
ここ数ヶ月の動画平均再生数は約一万回。
トップ層のファン数が百万人以上ということを考えると、それほど多い数字ではない。一方で無名という程でもない。界隈のコアなファンが集まる場所で名前を出せば、何人かは知っているだろうという印象だ。
翼の報告書では、知名度について「良」という評価が記されていた。その他についても、多くは「良」と評価されている。
特に歌唱力を高く評価していて「少しの投資でファン数が倍増する可能性が高い」と記されていた。これには私も同意する。
歌以外はどうか。
ここ数日、私は多くのブイドルをチェックした。
ほとんどのブイドルは「自己紹介動画」を投稿している。ベテランのブイドルほど初期と現在のギャップが大きくて面白い。
小鞠まつりの場合、初期はヤンチャだった。
お姉さんキャラなのに一人称が「あちき」なのは、その頃の名残り。今のキャラには合わないけれど、本人曰く「戒め」であり、変える気は無いらしい。
そんな背景からも分かるように、ユーモアもある。だけど、なんか老けてる。自称十七歳だけど、なんか老けてる。
中身はおっさんなのではないか。もしくはおっさんが書いた台本を読んでいるのではないか。翼と私、そしてファンが同じ評価をする程度に老けている。
まあ、それも個性と評価してしまえばそれまでだけれど……若さ、いいよね。
ゲーム配信とか、リアクションが常に絶叫なの。
あれを見た男性ファンが「なんか女友達と話してる気分になるんだよなあ」ってコメントしてネタにされてるのは有名な話だけど、私は、すっごい分かる。
ネトゲとかプレイすると、若い子の反応、絶叫なんだよね……ああ、アレは私には無理だなあ、若さだなあって──いや、愛ちゃん17歳ですけどね!?
いずれにしても、ファン数五桁の個人勢は魅力的。気になるのは、なぜ私に接触したのか、ということ。
偶然で片付けるのは簡単だ。同じタイミングで所属する企業を探していた可能性はゼロじゃない。しかし小鞠まつりは活動歴四年のベテランだ。無名の存在を頼らずとも何かコネがあるだろう。
なぜ小鞠まつりが私に接触したのか。
翼の報告書は、この疑問と共に締め括られていた。
……なんでだろう? 考えながら、ぽけーっ顔をあげる。その途中、私の目はイケメンの姿を捉えた。
「おはよ」
「…………ぁょっす」
ふんわり柔らか笑顔の王子様。先日の仕事モードでは子供が泣くレベルの鋭さがあったけれど、今は寝起きだからかオフモードみたいだ。
「読んだ?」
「はい、よみまち──読みました」
キラキラがっ、キラキラがしゅごいっ! 背景に薔薇が見えるよぅっ!
「どうする?」
「どう……?」
何が? とは聞けない雰囲気。分かるよね、という圧を感じる。にこにこ笑顔だけど、ピリピリする。
……ダメな返事したら、どうなっちゃうのかな。
私はマゾマゾした欲求を封印して、真面目に返事をする。
「気になること、本人に聞きたい、ですね」
「うん、そうだね」
翼は欠伸しながら周囲を見る。あっ、と口を開いてから胸ポケットに手を当てて、スマホを取り出した。
「これ、連絡先」
見せられたのは小鞠まつりのSNSアカウント。
「まず本人確認。次に質問。一部始終、教えてね」
「……はい、承知しました」
なんだろう。言葉はふわふわしてるのに圧が強い。思わず丁寧な口調になっちゃう。
「山田さんは、引き続き、探して」
「……一人じゃないの?」
「うん。候補は、多い方が良い」
再び欠伸をして、途中、あっ、と声を出した。
「違う。山田さんは、開発の方、優先」
「……ん、分かった」
「以上。おやすみ」
そう言って、翼は横になる。……十秒ほど待って、起き上がる気配は無い。本当に寝ちゃったみたいだ。
「……変わってるね」
めぐみんが私に向かって呟いた。
「うん、分かる」
私は頷いて、
「養いたいよね」
「分からない」
……あー、これは、反抗期かな?
* * *
小鞠まつりのアカウントに連絡をすると、五分後に返事が来た。そして、夜にブイチャで話をすることになった。
果たして約束の時間。
ブイチャにログインして目的地へ行くと、既に先客の姿があった。
場所は初めて会った時と同じ劇場。彼女は、何も表示されていないスクリーンの前に立っていた。
私は薄暗い劇場内をぴょんぴょん跳ねながら彼女の隣まで移動して、挨拶をした。
「こんばんは」
「ごきげんよう。時間ピッタリだね」
アバターの表情が変化して、笑顔になる。目と口が一本の線になる漫画的な表現だけれど、彼女の落ち着いた口調のせいか、どこか上品な表情に感じられた。
「さて、あちきに何を聞きたいのかな?」
すぐに返事をしようとして、言葉に詰まる。
彼女に聞きたいことはシンプル。なぜ、私なのか。それを言葉にする直前で、何か、もやもやした。
何も間違っていないはずだ。それでも、どうしてか納得できない。本当は他に聞きたいことがあるような気がしてならない。
そもそも私は、何がしたいんだっけ?
ここ最近、ずっと目の前にやるべきことがあった。私は人参をぶら下げられた馬みたいに走った。今も、その途中だ。……どうして? 何のために?
キラキラしたものを目にした。
憧れて、夢を探して、めぐみんと出会った。
……そう、そうだ、そうだった。もちろんビジネスとして成功することは絶対条件なのだと思う。お金が無ければ夢を形にはできない。でも、私が欲しいのはお金じゃない。
一緒に夢を追う相手は私が決めたい。他の人には申し訳ないけれど、ファンの数や能力で決めたくない。
だから、私が彼女に聞きたいのは──
「あなたの夢は、なんですか?」
「アイドルになること」
一瞬の間も無い即答だった。
彼女は客席に目を向けると、静かな声で言った。
「小さい頃、親に連れられてライブに参加したの。人が多くて、やかましくて、すごく怖かった。でも、歌が始まった瞬間、ぜーんぶ、吹っ飛んじゃった」
彼女は少し照れた様子で笑った。もちろん、仮想世界のアバターでは繊細な表情の変化を作れない。それでも、私はアバターの向こう側にある表情が見えたような気がした。
彼女は誰もいない客席に目を向けた。
すぅっと息を吸い込んで、軽く吐き出す。そして、歌い始めた。
笑顔抱きしめというフレーズから始まるスローテンポな曲。知らない曲だ。でも、彼女の儚くも力強い歌声を聴いて、素直に良い曲だと思った。
アニメで目にする登場人物が急に歌い出すシーン。私は、正直に言えば尺稼ぎやめろ派の人間だ。だけど今は、楽しい気持ちになった。
歌声から気持ちが伝わってくる。幼い子供がテレビで耳にした歌の真似をするような、純粋な楽しい気持ちが伝わってくる。
時間にして二分くらいだろうか。歌い終えた彼女が振り向いた後、私は思い切り拍手しようとして、方法が分からず、とりあえず左右に揺れてみた。
「ふふっ、何そのリアクション」
「拍手!」
「それがー? ふふっ、愉快な方」
歌った直後だからか、その声は直前までよりも張りがあるように聞こえた。
彼女は笑いを堪えるようにして息を吸い込むと、少しだけ間を置いてから言った。
「あらためて、小鞠まつりだよ。夢はアイドル。特技は歌うこと。あちきのこと、プロデュースしたくなったかな?」
これ以上無いアピールだった。あの歌を聞かされた後で彼女の提案を断る会社なんて存在しないと思う。だからこそ、当初の目的が蘇る。
「どうして、ウチなんですか?」
「んー、言わなきゃダメかな?」
「言わなきゃ不採用です」
「厳しいー!」
私は眼鏡をクイってする仕草を見せる。眼鏡なんて装備してないけど。
「じゃあ、ひとつだけ」
彼女は一歩だけ移動して、私の隣に立った。
「実は~、リアルで会ってるんですよ?」
「えっ?」
「はい終わり。ヒントおーわり」
「いやいや待って待って……えっ、どこですか?」
「内緒でーす」
眉を寄せて考える。彼女の声は特徴的だ。一度でも話したことがあれば忘れないはず……はず……。
「そーれーよーり、どうかな? あちき、あと少しでファンが六万人だよ?」
「それは知ってます。調査済みです」
「おー、どういう評価なのかな? 気になるかも」
「歌が特に高評価ですね」
「おー、嬉しい。他には?」
「なんか老けてる。おっさんっぽい」
「おっさ、ちゃうわ! 失礼だないきなり!」
鋭く甲高い声。直後にハッとして、コホンと落ち着いた声で言う。それから、遠い所を見ながら言った。
「……そんなにおっさんっぽい?」
私は二秒だけ悩んで返事をする。
「正直、かなり」
「初見の企業さんでもその評価か~」
彼女は大きなダメージを受けた様子で座り込んだ。そのまま膝を抱えて、小さな声で言った。
「小鞠まつりさん17歳ですけど、ダメですか?」
「37歳なんですね」
「17歳! フォーエバー! さげぽよだよ~?」
……そういうところだぞ。
私はグッと本音を抑えて、大人の対応をする。
「とりあえず、ボスに話をしてみますね」
「待って待って! それ面接なら落ちる奴~!」
最初は少しミステリアスな感じだったけれど、こうして話すと動画で見た通りの印象だ。
ぽんこつうさ耳お姉さん。
私とリアルで会っていることについては謎が残るけれど……この人と一緒に夢を追えたら、楽しいだろうなと思えた。
「それでは、今後についてはメールか電話で連絡しますね」
「わー! 絶対落ちてる奴だー! 祈られちゃう! プレイフォアまつりちゃん!」
ハイテンションだけど、どこか落ち着いた叫び声。そして絶妙な言葉年齢の高さ……まあでも、この声で中身がおっさんってことは無いよね。
……若さ、若さ、若さってなんだろうな。
哲学的な問いに悩みながら、佐藤愛ちゃん17歳は、小鞠まつりさん17歳と少しだけ真面目な話をしてからログアウトした。
そして翌日。
私は、本物の17歳と話をすることになった。
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