リアル×バーチャル 6


「さて、ボク達が得たのは映像に触れる技術だ」


 めぐみんから受け取った書類をクリアファイルに入れながら、ケンちゃんは少し低い声で話を再開した。多分シリアスな空気を作ろうとしているのだろう。だから私もがんばって真顔を作る。


「議題はシンプル。この技術を使って、最も人々を笑顔にするサービスとは何か」


 うんうん、流石に直前の話だから覚えてる。それがどうして握手会なのか。私が最初に質問したことだ。


 やっと理由を知ることができる。ちょっぴり緊張しながら続く言葉を待っていると、彼はノートを手に取り、さっき沢山のアイデアを書いたページを開いた。


「答えは、全部やること」


 まさかのウルトラCに愛ちゃんビックリ。

 

「……できるの?」

「もちろん。その手段が、握手会だよ」

「ごめん、全然繋がらない」


 彼はページを捲ると、右側のページに大きな円を描いた。

 

「ここがゴール。即ち、映像に触れることが当たり前になった世界。今はまだ白紙だけど、将来的には無数のサービスが誕生すると確信している」


 続いて左側のページに小さな円を描いた。


「これが現在地。映像に触れられないことが当たり前な世界。ここから右の円に向かうには、課題が無数にある」


 予算、人脈、ニーズ、競合。彼は様々な単語を走り書きしながら言う。


「仮にひとつのサービスに集中した場合……」


 左の円から線を伸ばす。途中で彼は「課題」という文字を書き、それを丸で囲み線と繋いだ。続けて、新しい線を左側の円からを描き、右側の円と繋いだ。


「最初の線はボク達だ。どのサービスを展開しても、必ず壁にぶつかる。次の線は、ボク達を後追いする大手企業だ。例えるなら後出しジャンケン。ヒトモノカネそして情報。全て揃った相手には勝てない」


 だから、と言って彼は新しい円を描く。


「先回りする。映像に触れるサービスを展開するには、ボク達を経由せざるを得ない状況を生み出す」


 左側の円から無数の線を伸ばす。その全てが直前に描いた新しい円を通過して右側の円へと向かう。やがて彼はペンを置いて、私に目を向けた。


「さて、バーチャルアイドルが活動する動画サイトの主な収入源は広告だ。要するに、バーチャルアイドルが宣伝するのは、とても自然なことだ」


 私は同意する意味を込めて頷いた。

 彼は不敵な笑みを浮かべると、得意そうに言った。


「注目されている存在が、何か類似する別のサービスを紹介したら、どうだろうか」


 その一言で、何か閃いたような気がした。でも上手に言語化することができない。もどかしい。言葉を探していると、意外にも、めぐみんが呟いた。


「……すごい」


 少し驚きながら目を向ける。彼女は、感心したような声色とは裏腹に、いつも通りの無表情だった。でも少しだけ瞳を輝かせながら、小さな声で言った。


「……宣伝、大変。だから、広告ビジネスある」

「その通り。有効な顧客とのタッチポイント、そして技術。両方を手にすれば、とても有利な地位を形成することができる。だけど、中途半端なビジネスモデルでは後発に勝てない」


 ──先回りする。

 ──ボク達を経由せざるを得ない状況を生み出す。


 私の中で様々な点が繋がり線になる。

 まだ言語化することは難しい。だけど、理解する度に鳥肌が立つのを感じた。


「先手を打つ。サービスを展開すると同時に、ボク達を経由することが最も合理的な状況を生み出す。リアルとバーチャルを融合して、新しい世界を作り出す」


 彼はキラキラと瞳を輝かせて、子供のような表情を浮かべて言った。


「そこで佐藤さん、君の出番だ」

「私? 何か、できることあるかな?」

「もちろん! 映像に触れる技術を誰でも簡単に扱えるような仕組み、プラットフォーム、あるいはパッケージを作りたい。君なら、可能だろ?」


 息が止まるような重圧を感じた。

 絶大な信頼は有難いけど、経験はゼロ。何から始めればいいのか皆目見当が付かない。様々な思考が同時に生まれて、絡み合って、頭が真っ白になる。パニックになりかけたとき、右手に冷たい感覚が生まれた。


 目を向ける。めぐみんが、私の手を掴んでいた。


「まずは、プログラム、整理しないとね」


 彼女は、ワクワクを絵に描いたような表情を浮かべていた。


「……めぐみんの煩雑なコードスパゲッティは美味しいだろうなあ」

「そこまで酷くないよっ」

「冗談。拗ねないで」


 そっぽを向いためぐみんの頬をつつく。

 彼女はムッとして、私の手をぺちっと振り払った。


 それからもう少し話をして、私は昨夜の会議で話されていたことを理解した。


 私達が手にしたのは映像に触れる技術。これを使って生み出すのは、映像に触れられることが当たり前になった世界。そして、その世界における中心人物になる。


 どうやって? 

 手段のひとつはバーチャルアイドルによる握手会。映像に触れたいと願う人々にアプローチして、知名度を上げる。それと同時に、映像に触れる技術を誰でも簡単に扱えるような何かを開発すること。


 新しいサービスを生み出す手段と、それを宣伝する手段。両方を私達が提供することで、新しい世界の中心人物になる。


 私と、めぐみんと、翼様。

 この三人で、色々と行動する。


 ケンちゃんとリョウは、スマメガの後処理をしながら映像に触れる技術の宣伝を企業向けに行うらしい。宣伝の目的についてもアレコレ話していたけれど、私はノータッチな部分なので途中から聞き流した。内緒だよ。


 ふ、ふざけてるわけじゃないよ?

 ただその、どうやろうかなって、考えてた。


 私が取り組む具体的なタスクは、プログラムの整理と、バーチャルアイドルの勧誘。


 前者は、まあどうにかなると思う。

 でも後者は経験値ゼロ。なーんにも分からない。


 ……勧誘って、どうやるの?

 赤スパ飛ばして「ヘイ彼女、このメールアドレスに連絡してくれ!」みたいな感じ? ダメダメ完全に怪しい人。通報されちゃう。


 じゃあSNSでDM飛ばす? もしも返事が貰えたとして、契約とか、その辺りどうすればいいのかな?


 うーんと悩みながら昼食を終えて、受講生が現れたところで思考中断。お仕事はちゃんとやる。でも、勉強には休憩が必要だよね? だから、あくまで仕事の一環として、雑談をしてみた。

 

「それならブイチャで聞いてみるのがいいんじゃないっすかね?」


 その言葉がきっかけ。

 私は、バーチャルの世界にハローワールドすることになるのだった。

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