リアル×バーチャル 5


 問題です。私とめぐみんが元気良く事務所に入ると、ケンちゃんが顔をしかめました。何故でしょう?


 答えは知らない! 多分お腹が痛かったんだね!


「トリックオアトリート! リアクションくれないとイタズラしちゃうぞ!」

「……えっと、どうして魔女なのかな?」

「くじ引きで決まったよ!」


 かぼちゃ色のワンピース! 背中には小悪魔っぽい漆黒の翼! チャームポイントはスカートとニーソの間にある絶対領域!


「山田さんは……その、良かったのかな」


 ククク、甘いよケンちゃん。既に私が「かわいい」と褒めまくった後だからね! めぐみん、この衣装、お気に入り登録済みだよ!


「……ちょっと恥ずかしい」


 私は聞こえなかったことにして仕事の話を振る。


「ケンちゃん、今日の予定どんな感じだっけ?」

「アプリに書かれてる通りだよ」

「そっかそっか、そうだったね」


 手提げバックからスマホを取り出してアプリを起動する。愛ちゃんお手製の予定管理アプリ。受講生向けのアプリと連動していて、予約情報などがリアルタイムに反映される。


「お昼に一人か。他の時間、何かやることある?」

「そうだね。山田さんについて色々と話そうかな」


 ソファに座っていたケンちゃんは、ノートパソコンを閉じて言う。


「もともと神崎さんの紹介だっけ?」

「うん、そうだよ」

「彼は何か言ってなかった?」


 何かってなんだろう。きょとんとしていると、ケンちゃんは生意気にも呆れた様子で言った。


「もしかして、神崎さんに事後連絡してない?」

「……ちょうど今しようと思ってたんだよねー?」


 ヒューと口笛を吹きながらスマホを操作する。

 ケンちゃんが溜息を吐いたけれど気にしない。


「メールでいいよね? ほら、忙しいだろうから」

「……任せる」


 文面どうしようかな……?

 

 神崎さん。お世話になっております。佐藤です。ご紹介頂いた山田さんと無事に仲良くなりました。彼女の研究していたデバイスが完成したので、これから、何か起こるような気がします。最後に、ステーキ美味しかったです。ありがとうございました。佐藤。


 こんな感じ? いいよね、バッチリ。送信!

 ふぅ、一仕事終えたぜ──わっ、もう返信来た!


 期待してます。

 ……署名も無い一文だけ。これが一流のオーラか。


「神崎さん、なんだって?」

「期待してますだって」

「なるほど。てっきり何か干渉してくるかと思ったけど……考えが読めないな」


 難しい顔でぶつぶつ呟いている。

 クイ、めぐみんに袖を引かれて目を向ける。


「返事、早いね」

「うん、あの人いつもこんな感じだよ。仕事できる人ってレス早いよね」

「じゃあ、愛も早い?」

「……まあね!」


 えっへん。純粋な瞳から目を逸らして胸を張る。


「スマホの、アプリ? 愛が作ったの?」

「そうだよ。泥にも林檎にも対応してるよ」

「すごい。アプリも作れるんだね」

「……まあね!」


 むず痒い。でも気分が良い。もっと褒めて。


「とりあえず座ろっか」

「……ん」


 鼻を高くしながらソファに座ると、ケンちゃんがめぐみんに声をかけた。


「さて、山田さんは入社希望でいいのかな?」


 ストレートな勧誘。

 めぐみんは返事に困った様子で私に目を向けた。


「……お仕事、知らない。どういう会社?」


 ケンちゃんに目を向ける。むしろ私が知りたい質問だった。この会社、業種とか何になるのだろう。


「それは、昨夜の会議で話をした通り。まずは、山田さんが開発したデバイスを使って世界を変える。その先は、正直まだ不確定要素が多くて分からない」


 めぐみんは口を閉じたまま表情を変えない。多分、何か考えているのだろう。私もいくつか疑問があるので、とりあえず質問しよう。


「あのさ、どうして握手会なの?」


 昨夜の会議では色々と難しい話をしていたけれど、最終的にはタレントを用意して握手会を開催することに決まったはず。


「私的には馴染み深くて分かりやすいけど、なんだか普通というか……その、どうしてなのかなって」

「なるほど、佐藤さんの言いたいことは分かった」


 ふむ、私自身もあまり分かっていないのだが、何を理解したというのかね?


 心の中で試すような質問をすると、彼は言葉を選ぶような様子で、途切れ途切れに言った。


「ボク達が持つ手札は、映像に触れる技術だ。これを使って、何をするのか。なぜ握手会という結論に至ったのか。説明するために、そうだね、ブレストしようか。佐藤さんなら、どんなサービスが思い浮かぶ?」

「サービス……」

「もっとシンプルに、映像に触れられるとしたら、何がしたい?」

「映像に触れる……」


 推しの筋肉を愛でるとかかな?


「ブレストだから、思い付いたことどんどん言って」

「推しと触れ合いたい」

「うん、キャラクターに触れるサービスだね」


 彼は机に乗っていたノートを開くと、同じく机に乗っていたボールペンを手に取り「キャラクターに触れるサービス」と無駄に綺麗な字で書いた。


「他には?」


 ……意外と思い浮かばないな。でも「もちろん他にもあるよね」みたいな顔してるこいつに「無いです」って言うのは、なんか負けた気がして腹立つ。


「めぐみん何かある?」

「握手」


 まさかの即レスで時間稼ぎ失敗! くっ、めぐみんは仕事ができる子ですね。急いで考えなきゃ……!


「キャラクターではなく、人と触れ合うサービスでいいのかな?」

「……握手、だよ」

「つまり、どういうことだろうか?」

「……触れ合う、のは、そう、だけど。握手は、もっと、こう、その……」


 ちょっと待ってかわいいの過剰供給やめて? え、人見知り属性まであるの? 完璧か?


 唇を噛み集中しようと努めていると、急に手を摑まれた。私の右手を小さな両手で握り締めためぐみんは、相変わらずの無表情で言う。


「こういう、ぎゅ~、ってなる感じ」


 ちょっと待ってかわいいのエターナルブリザードやめて? 今かなり良い感じのアイデア出そうだったのに消えたよ?


「分かった。ぎゅ~、だね」


 ケンちゃんは爽やかな笑みを浮かべノートに「ぎゅ~」と書いた。それを見ためぐみんは脱力して、満足そうな様子でフッと息を吐いた。かわいい。


 その後、愛ちゃんの発想力が爆発して、ノートには様々なアイデアが書き記された。


 例えば、距離的に会うことが難しい人と触れ合うサービス。それから、深海とか宇宙とか毒があるとか、普通は触れられないようなモノに触れるサービス。他にもスポーツや音楽など、様々なアイデアを出した。


「次は、市場規模について考えよう」

「ふーん、なるほどね?」


 急に難しい単語が現れたので、分かってる風に腕組をしてごまかす。市場規模……あれでしょ? なんか、市場の規模なんでしょ?


「例えば佐藤さんが最初に言ったアイデア。キャラクターに触れるサービス。一年間に何人のユーザーが利用すると思う?」


 うーんと腕組したまま斜め上を見て考える。

 個人的には全人類の夢だけど、実際に使う人は……


「十万人くらいかな?」

「その人達は、一年間に平均いくら使うだろうか」

「えー? 平均だと、一万円くらい?」

「なら、市場規模は十億円だね」


 彼は喋りながら「キャラクターに触れるサービス」の隣に「1b」と記した。多分、十億円という意味。


「市場規模って、こんなざっくり決めるの?」

「そうだね。色々なスタイルがあると思うけど、ボクの場合はシンプルなフェルミ推定から始める」

「ふーん、なるほどね?」


 いや、分かってるよ? フェルミって人が考案した推定なんでしょ? 愛ちゃん賢いからね?


「大雑把な市場規模を推定した後には、仮説を裏付けるデータの収集、それからコストの概算……簡単に言えば、何円使えば何円儲かるのか考える」

「ふむふむ」


 最初から簡単な方で言えばいいのに。


「さて、お金とはなんだろうか」


 ……文系の人って哲学的な問いが好きだよね。


「日本一の金持ちは、笑顔だと答えた」

「なにそれかっこいい」

「そうだね。綺麗事だと考える人もいるだろうけれど、彼は人々が最も笑顔になるサービスを考え、生み出し、結果を出し続けている」

「まだ生きてる人?」

「うん、興味があったら後で調べてみて」

「めっちゃググる」


 経営者って金の亡者みたいなイメージあったから、ちょっと意外だ。好感度を上げるための噓かもしれないけれど、ケンちゃんが言うなら少しは信憑性があるのだろう。


「話を続けるよ。ボク達は映像に触れる技術を手に入れた。これを使って、何をすれば、最も人々を笑顔にできるだろうか。あるいは、新しい世界に繋がるだろうか。昨夜、ボクと翼は、これを議論していた」


 めっちゃかっこいいこと言ってるけど、結論は握手会なんだよね……え、なんで?


「人々を最も笑顔にする方法は、なんだろうか」


 ケンちゃんはノートに目を向けて言った。

 私的にはキャラクターに触れられるのが一番。でも人々の笑顔とか言われると少し違うような気になる。


「結論から述べると、ここに記されたサービスは全て高い確率で失敗する。あるいは、微妙な成果を出した後で、大手との競争に負ける」


 ケンちゃんはペンを置いてノートを閉じると、顔の前で両手の指先を重ねる謎のポーズを取って、私の目を見た。


「有名な話をしよう。スマホについて。ジョ◯ズは最初、教師を対象としたサービスを考えていた」

「え、そうなの?」

「ビジネスの世界では有名な話だよ。学生だった彼は、大量の教材を持って移動する教師を見て、教材を電子化できたら便利だと考えた」

「へー、なんか、意外と身近な発想なんだね」


 そうだね、と彼は頷いて、


「だけど、最終的にはケータイ電話が持っていた市場に目をつけた。なぜだろうか」

「……そっちの方が、市場規模が大きいから?」

「良い意見だね。おそらく、それも理由のひとつだ。でも今は別の理由について考えたい。なぜ教材を電子化するサービスを後回しにしたのだろう。あるいは、なぜ、やらなかったのだろう」


 彼は数秒の間を開けて、


「当時は紙の教材を使うことが当たり前だった。多少は不便だろうけれど、教師は特に困っていなかった。そんな状況で、便利なサービスがあるから金を払えと言って、通用するだろうか」

「……なるほど」


 言われてみれば、そうだなって思う。例えば、私は日常的にコスプレ衣装を作っている。ミシンとかハサミとか色々な道具を使うけれど、特に不満は無い。何か革新的な道具が生まれたとして、積極的に使うことは無いと思う。


「ボクは『痛み』という表現をする。あらゆるサービスは、顧客の痛みを解決しなければ成功しない」

「痛み……確かに、バーチャルアイドルのファンは触れないことに痛みを感じてそう」

「ボクも同じ考えだ。でも、それだけじゃない」

「……どういうこと?」


 他にも狙いがあるってことかな?


「それを話すには、まず山田さん」


 突然名前を呼ばれためぐみんがビクンってなる。


「今更感はあるけれど、きちんと雇用契約を結びたい。詳細は後で決めるとして……どうかな?」

「……うん、どうすればいい?」

「ありがとう。やることは簡単で、いくつかの書類を埋めてくれるだけでいいよ」


 彼は立ち上がって、窓際にある作業スペースに向かった。


「めぐみん気を付けてね。油断すると婚姻届とか出てくるよ」

「やめて佐藤さん。あれは、本当に偶然挟まってただけだから」

「ほんとかなー?」


 難しい話が続いたので、息抜きとして幼馴染を攻撃する。ククク、奴め背中を向けているが顔を真っ赤にしているに違いない。


 クイ、めぐみんに袖を引かれた。


「……二人は、夫婦なの?」


 おーっと? 娘に「赤ちゃんってどうやってできるの?」みたいな質問されちゃった感覚だぞ?


 でもね? 愛ちゃんは大人のレディなので? これくらいで? ラブコメみたいに? 動揺したり? しないのですよ?


 あえて返事を保留にする。そしてソファに戻った彼に向かって、にっこり問いかける。


「だってさ」

「……普通の幼馴染。さて山田さん、書類、これ」


 ふーん? そういう態度かー?


「……二人とも、顔、真っ赤」

「「赤くない」」


 見事にハモった声。

 目が合って、逸らして、唇を噛む。


 ……こ、こういう話題は、次から避けようかな!

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