リアル×バーチャル 3


 午後七時だよ! 全員残業!


 これから始まるのは経営会議!

 ひゃーっ、字面がカッコいいー! イケてるー!


 強引にテンションを上げる私の隣、静かに座るめぐみんは今宵も無表情だ! クールだぜ!


 正面のソファには翼様とリョウ!

 立って並ぶと親子みたいな身長差の二人だけど、座って並ぶと──キャハハッ、座ってても差がある! リョウちっさ! ちっさー!


 最後は我が社のボス!

 ケンちゃんはテーブルの横に立っている!


 やーい! 社長なのに椅子がなーい! お前の席はなーい! ざーこ! ざこざこー!


 うがー! よくも昼間は恥ずかしい話を~!

 三日は忘れないからなバーカ! バーカバーカ!


「さて、何から話そうかな」


 ぷぷぷ、私にディスられてるとも知らず真面目な顔で何か言ってる。まあ私も顔だけは真面目ですけど!


「あの、ケンタさん、そちらの方は?」

「失礼、先に紹介した方がいいね。彼女がメールに書いた山田恵さん。改めて口頭で説明すると、佐藤さんの友人で、今テーブルに置かれている機械の開発者。これから遼と翼にも体験して貰うけど、本当に素晴らしい物だ」


 微かに息を吐く音が聞こえて、隣に目を向ける。

 めぐみんが口を一の字にして照れていた。きっと例の機械を褒められて嬉しいのだろう。必死に表情の変化を抑えていることが見て取れる。かわいい。


「そして、山田さんは共同開発者である佐藤さんと共に何か新しいサービスを始めたいと考えている。ボク個人としても、この技術を使ったサービスには興味がある。具体的なアイデアはこれから決める。この決定は会社の未来に大きく関わる可能性が高い。だから、二人を呼んだ。ここまでで何か疑問点はあるかな?」

「ひとつ、いいですか?」


 リョウが律儀に挙手をして言う。


「例のプロジェクトは、どうなります?」

「ゴミ箱に捨てる」

「なっ……本気ですか?」

「それほど素晴らしい技術だ。体験すれば分かる」


 もう一度、隣に目を向ける。

 めぐみんの口元がピクピクしていた。かわいい。


 ぐへへ、浄化されちゃう。

 ケンちゃんとリョウがシリアスな雰囲気を出してるけど、しーらない。心に傷を負った愛ちゃんは、めぐみんを見て癒やされるのだ!


「佐藤さん、デモお願い」


 はぁ、やりたくないな。でもリョウとか絶対に興奮するでしょ? それ見てめぐみんが喜ぶじゃん? 


 ……やれやれ、立ちますか。


「ありがとう。思ったより軽いね」

「……ん」


 あれー!? 翼様の装着終わってる!?


「……君は、待ってね」

「ええ、大丈夫、待ちますよ」


 リョウが礼儀正しい!

 ……ははーん、さてはめぐみんに照れてるな? 


「……これ、着けて」

「頭?」

「……ん」


 翼様が仮想現実用の機械を受け取って頭に装着。

 めぐみんは俊敏な動きで膝立ちになり、テーブルに乗せたノートパソコンの操作を始めた。


 どうやら私の出番は無いようですね。脱力すると、リョウから「サボってんじゃねぇぞ」という圧を感じましたが、無視しましょう。めぐみんを見て癒やされるのです。


 小さな手で一生懸命タイピングする姿……尊い。

 しかし楽しい時間は一瞬。デモが終わり会議再開。


「ふたつ、意見がある」


 早速声を出したのは翼様。なんだか普段とは違って表情が鋭いような気がする。私は少しだけ緊張した。


「ひとつ。触覚の再現は完璧。素直に驚いた。素晴らしい技術だ」


 微かに鼻から息を吐いためぐみん。

 一方で私は少し驚いていた。翼様はマスコット的な存在というか、普段は、おっとりふわふわしている。でも今は、正反対だ。


「ふたつ。ビジネスとしての優位性が見出せない。既に一部の工場などで導入実績がある。装着の利便性等をアピールするとして、競合が強過ぎる。既存顧客を奪うことは難しい。そもそも……不可解だ」


 顎に手を当て、ケンちゃんに目を向ける。


「健太のビジョンとの共通項が見えない」


 思わず息を止めた。翼様の横顔が超絶王子様で──ではなく、彼の一言が生み出した緊張感に痺れた。


 ──翼はオンオフ激しいからね。

 ケンちゃんが言っていた言葉を思い出す。


 普段おっとりした目元。でも今はキリッと鋭い。普段は五分も会話すれば眠くなりそうな口調。でも今は二分で泣かされそうなくらいに力強い。


 きっとこれが、お仕事モードなのだろう。

 

「この機械で、新しい世界が作れるのか?」

「作れる」

「根拠は?」

「直感だけ」


 鋭い指摘を受けて、しかしケンちゃんは堂々と返事をした。だけど翼様は呆れた様子で溜息を吐いた。


「話にならない。健太、現状、見えてる? 塾講師の確保、スマメガの対応。課題は山積み。ここに勝算の無い新規事業? 典型的なアレもコレも経営だ。頭を冷やした方がいい」


 ……きっつい。辛い。聞いてるだけで胸が痛い。男の子だったらヒュンってなってる。でも女の子だからキュンってなってる。正直ツボ。罵られたい。最後は甘やかされたい。


「オレはそうは思わないですね」


 口を挟むリョウ。翼様が目を向ける。ただ目を動かすだけの仕草なのに、私は紅い残像を幻視するほどの迫力を感じた。


「ハプティクスなら過去に体験しました。大雑把な刺激だった。だがこれは、リアルだ。突き詰めれば文字通りの意味で新しい世界が作れる。そう思いました」

「可能性は否定できない。さて具体的なプランは?」

「それを話し合う場だと認識してます」

「……理解した。考えよう」


 ……えっ、この人達、誰?

 なんか、えっと……やばい!


「いくつかアイデアが浮かんだ」


 声を出したのは翼様。

 えっ、早くない? 五秒くらいだったよ?


「まず前提条件。当社の立ち位置について。アイデアは、ふたつ。ひとつ、現実的な路線。技術の提供、支援に徹する。これなら今の人数でも成立する」


 ちょっと待って頭痛い。

 もうちょっと優しく説明して!


 もちろん口には出せない。

 私は雰囲気に萎縮して完全に傍観者だった。


「もうひとつ、夢物語」


 ぽかんとする私の前で、翼様が人差し指をこめかみに当てながら言った。


「人を集めて、自社で運用すること」

「後者について詳しく聞きたい」


 ケンちゃんが即座に反応した。

 こいつ、まさか、話を理解している?


 驚愕する私の前で、翼様が静かに返事をした。


「仮想現実の市場は小さい。唯一可能性があるのは、バーチャルアイドル」

「握手券商法かな」

「正解。だけど大きな課題がふたつ。ひとつ、自社のタレントを持っていない。そして強力な競合の存在」

「なるほど。前者のアイデアでは、競合に技術を提供するわけだ」

「正解。とても現実的な路線」

「三十秒だけ欲しい」

「分かった」


 ……ケンちゃん、本当に経営者なんだなあ。

 会議。この言葉を聞いて一番にイメージするのは、眠たい時間。私も前の会社では「これメールじゃダメなのかな」って思う会議を何度か経験した。


 でも、これは違う。

 舌戦。まさに言葉を使った戦いだった。


 リョウと営業に行った日、彼は言った。

 使ってる言葉がチゲェ。理解できるわけがねぇ。


 その気持ちが今なら理解できる。

 私が技術的な話をしているとき、彼は今の私と同じような気持ちだったのだろう。


 使っている言葉が違う。同じ日本語のはずなのに、背景知識がまるで違うから、理解できない。


 例えば翼様がバーチャルアイドルと言った。

 ケンちゃんは握手会商法と返事をした。


 翼様がふたつの課題を口にした。

 ケンちゃんは前者のアイデア──技術の提供が解決策だったと理解した。


 どうして会話が成立したのだろう。

 少し考える。アイドルと握手会商法。これは私にも理解できる……あ、そうか、触れるからだ。


 今のバーチャルアイドル──ブイチューバーと触れ合うことはできない。でも、めぐみんのアレを使えば触れ合える。


 アイドル、プラス、触れる。

 そっか、ここから握手会が出たのか。


 これで次に翼様が言った課題が理解できる。

 ウチはアイドル事務所じゃない。これからアイドルを勧誘するとして……私も何度か配信を見た彼女達に勝つことは……うん、想像できない。アイドルを探すよりも技術を提供する方が現実的だ。


 ……こういうこと、一瞬で考えてるのかな。


 私が話を理解する頃には、既に別の話題が始まっていた。それを見て、背筋が震えるのを感じた。


 私は夢を探していた。

 選択肢として事業を始めることを考えていた。


 もちろん勉強が必要だとは思った。とても大変なのだろうと思った……私は、何も分かっていなかった。


 理解した。

 新しいことを始めるとは、どういうことなのか。


 膨大な知識量。

 一瞬でアウトプットする思考速度。


 それも自分だけの理解ではない。

 会話している相手に伝える必要がある。あるいは、相手の言葉を理解する必要がある。


 ……これ、どういう勉強すれば、いいのかな。


 人の背中を押すこと。

 めぐみんと出会って見つけた小さな夢。


 根性論なんて役に立たない。

 それこそ科学のように、確かな根拠と証拠が必須。


 ……まだまだ、遠いなあ。


 私は、いつか追い付きたいと思いながら、経営会議を聞いていた。


 果たして、二時間程で方針が決まった。


 スマメガの担当はケンちゃんとリョウ。

 塾は私とケンちゃんで講師をしながら、新しい講師の募集を始める。


 そして──

 私と、めぐみんと、翼様。


 リアルとバーチャルを融合する事業には、この三人で挑むことが決まった。

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