リアル×バーチャル 2

「そんなっ、山田さんの過去に、そんな……っ!」

「ビェェ不憫でずぅうう! めぐみん不憫でずぅ!」


 私の名前は佐藤愛!

 話を盛るのが得意な女の子!

 

 めぐみんとの出会い。そして研究!

 二人で完成させた奇跡のアイテム!


 一週間振りのソファ。一人寂しく座るケンちゃんの正面、両手に花で姿勢良く座った私は、それはもう特盛な話を伝えた!


 結果、ケンちゃん落涙。ゆりちは私の右隣からグルっと移動して、めぐみんにギュッと抱きつきビェェと泣いた。


 めぐみんは最初は戸惑っていたけれど、ちょこんとゆりちの背中に手を当てて、なでなでした。尊い。


 さてさて、そろそろトドメを刺そうかな。


「それでねケンちゃん。私、思ったの。自分の夢、やりたいこと、それはまだ難しいけど……がんばってる人の背中を押せたら、それは……えっと……なんか、いいなって、そう思った」


 語彙力っ! 貧困! 悲しい!

 

「分かる! 分かるよ佐藤さん! ボクも同じだ!」


 でもバッチリ! ケンちゃんはチョロい!

 この幼馴染ほんとチョロ過ぎて心配になるレベル。


「それで佐藤さん。話にあった機械は、そのキャリーケースに入ってるのかな?」

「うん、せっかくだから体験してみよっか」

「そう──いや、仕事中だ。本間さんを優先しよう」

「バカァッ!」


 と叫んだのは本間さん家の百合ちゃん。


「最優先です! めぐみんが最優先ですぅ!」


 というわけで、私は例のアレをキャリーケースから取り出して、机に乗せた。


「待ってください! 涙で見えません!」

「あはは、ゆりち顔洗っておいで」

「ひゃい……」


 ズビィィィィと鼻をすすって立ち上がる。その腕の中には、ガッチリホールドされためぐみんが一人。


「ステイ、ゆりちステイ。めぐみん置いてって」

「いやですぅ! ウチの子なんですぅ!」


 えぇぇ……と思いながらめぐみんを見る。

 二人の身長差は十センチくらいかな? 流石に幼い子供を抱く様な形にはならなくて、めぐみんは普通に立っている状態だった。そして安定の無表情だった。どういう感情なのだろう。


 目が合った。

 彼女は右手で丸を作って軽く頷いた。


 それからゆりちが回れ右。めぐみんも良い感じに歩調を合わせて……歩き方ペンギンっぽい。かわいい。


 かくして嵐は去った。

 小休止。私はンーと背伸びをする。


 とりま任務成功! 怒られなかった!

 クソチョロ幼馴染はハンカチで顔をキレイキレイしている! 怒る気配は皆無! 愛ちゃん大勝利!


 心の中で勝ち誇っていると、ケンちゃんは下を向いて、少し疲れた様子で息を吐いた。


 あらあら、お疲れのようです。仕方がありません。今は気分が良いので、労ってあげましょう。


「肩、お揉みしましょうか?」

「どうしたの急に」

「お疲れモードとお見受けしました」

「あー、うん。おかげさまでね」


 おーっと? 言葉にトゲがあるぞ?

 そんなに怒ってなさそうだけど、先に謝ろう。


「ごめんね。忙しかった?」

「忙しいというか……まあ、うん、そうだね」


 これは……どういう反応なのかな? 

 気になるけど、地雷踏むの怖いから黙ろう。待ってればケンちゃんが何か言うはず。


「それにしても不思議な機械だね」


 言わないんかい! ……まあいいけど。


「リング型だから、腕に装着するタイプなのかな?」

「そうだよ。でも体験会は二人が戻ってからね」

「うん、楽しみだ」


 薄らと笑みを浮かべて、また俯いた。

 ……乙女か! 恋に悩む乙女か! 言いたいことがあるならサクッと言いなさいよ!


「……佐藤さん」

「はいはい、佐藤さんですよ」


 私は背筋を伸ばして姿勢を正す。


「神崎さんは……その、どうだった?」

「どう、とは?」

「何を話したのか、とか」

「えーっとね」


 ……ステーキ食べたことしか覚えてないなぁ。


「なんか、ビジネス的な話をしたよ!」

「ビジネス……」


 ケンちゃんの様子がおかしい。

 ……さてはケンちゃん、神崎さんのファンだな?


 うんうん、わかるよ。私も推しの話を聞くときは正座するからね。なんか神聖な気分になるよね。やれやれ、じゃあちょっと真剣に思い出しますか。


 心の中で腕捲りをして、記憶の検索を始める。

 確か最初は西郷隆盛がクラウドファンディングで超すごいみたいなアレで、それからボートは疲れる的な話をして、ステーキ食べて、美味しかったです。


 ダメっ! これじゃ小学生の感想文!

 もっと良い感じの情報を……何か、ファンが聞いて喜ぶような話を……!


「あっ、なんか信号機作ってるらしいよ」

「信号機? ……ああ、5G需要か」


 えっ、どこから5Gが登場したの?

 まあでも、ファンの話が急に飛躍するのは普通だよね! 私的には意味不明だけど、温かい目で見るよ!


「他には、アレだよ。ベンチャーなんちゃら!」

「KVGかな?」

「そうそう、そんな感じ。ケンちゃん詳しいね」

「有名だからね」


 はっはっは、照れておる照れておる。

 うんうん、推し知識を褒められると嬉しいよね。


「……それで、佐藤さん」

「はいはい、佐藤さんですよ」


 軽く呼吸を整えるケンちゃん。

 多分、聞きたいことがあるのだろう。


 何を聞きたいのかな? 

 私に遠慮することなんて……いや、それはそれで腹が立つな。よし、もうちょっと遠慮していいよ。


「神崎さんは……」


 はいはい。何が聞きたいのかな?


「神崎さんから……引き抜きの話とか、なかった?」

「引き抜き? あー、うん、あったよ」


 わわ、どしたのケンちゃん。世界の終わりみたいなリアクション──瞬間、愛ちゃんは全てを察した。


「ふーん、なるほどなるほど。そういうことか」


 笑いを堪えて、ちょっとだけ顔を近付ける。


「私があっちに行くって言ったら、どうする?」

「それは…………」


 やばい、楽しいかも。

 そっかそっか。そんなに私が大事だったのか。


「……神崎さんが、本業とは別に優秀なエンジニアを集めていることは知ってる。億単位の報酬が提示されることも知ってる。彼とボクでは、格が違う」


 え、マジ? 億単位?

 それ先に知ってたらもう少し悩んだかも。


「それでも、それでもボクは……」


 おっとおっと、ケンちゃん超シリアスモードだ。

 もう少し真剣にからかわないと。


「それでも、なに?」


 彼はスッと鋭く息を吸って顔を上げる。

 目が合って、少しだけ間が生まれた。アニメの最終話直前みたいに真剣な顔をした彼は、笑いを堪える私に向かって、苦しそうな様子で言った。


「それでもボクは、君を、手放したくない」


 ……無理、限界。


「佐藤さん……?」

「ごめんごめん、笑うとこじゃないよね」


 でも今のはケンちゃんが悪い。そんな恥ずかしい台詞、このタイミングで言われたら笑うしかないよ。


 ダメダメ、反省反省。ケンちゃんは私が断ったこと知らないんだから。でも……でもそっか。そんな表情になるくらい私を手放したくないのか。


「すぐ断ったよ」

「断った? どうして?」

「何ビックリしてるの。約束したじゃん」

「……ごめん、どんな約束だっけ」


 あー、なるほどね。こいつ勢いで恥ずかしいこと言って秒で忘れるタイプだ。……ムカつく。そういうことなら忘れられないようにしてやる。


「一回しか言わないよ」


 真剣な表情。緊張した様子。それを見ると、また笑いそうになる。でもグッと堪えて、私も真剣に言う。


「私が輝ける場所、作ってくれるんだよね」

「……そうだね。ボクが最初に言ったことだ」


 彼は安堵した様子で息を吐く。

 それから困ったような顔をして言った。


「ハードルは神崎さんか。首が痛くなりそうだよ」

「こけたら秒で捨てるよ。がんばってね」

「それは手厳しい。でも君の夢は他人を応援することだったよね。それとは別に、君自身が輝ける何かも探してるってことかな?」

「んー、そうなのかな? ……そうなのかも?」

「なら、まずはそこからだね」

「なんか振り出しに戻ってない?」

「そういうものだよ。ボクもまた、やり直しだ」

「何の話?」


 なんでもない。彼は絶対に何かある様子で言って、一瞬だけ背後に目を向けた。


 窓際、事務所の隅っこ。机と椅子がワンセット。彼が偶に使う専用の作業場である。


 こいつ社長権限で自分だけ席作りやがって……不満はさておき、私は相変わらず資料しかない寂しい机を見て、少しだけ違和感を覚えた。


 ……なんか、めっちゃ増えてる?


「よし、せっかくだから、改めて誓うよ」


 パンッと手を叩いて言った。

 私は作業場から彼に意識を戻す。


「約束する。君が輝ける場所は、ボクが作る」

「うん、期待してる」


 二度目の約束。最初とは違ってドラマチックな雰囲気ではない。雑談の流れで、ちょっと言ってみましたみたいな軽いノリ。


 私も彼も柔らかい表情で互いを見ている。

 そんな時間が五秒ほど続いて──急に、恥ずかしくなった。それはもう穴があったら入りたいくらいに。


「そういえば、あの二人、長いね」

「そ、そうだね。私ちょっと見てくるよ」


 これはチャンス! 私は逃げるようにして──いや全然逃げてませんけど? ケンちゃんが、が、メッチャ照れてて見てられなかったから、離れてあげただけですけど? だけですけどぉ!?


 心の中で叫びながら離席して、ドアを開ける。


「……す、すみませーん。遅くなりましたー」


 ニヤニヤしてるゆりちと、無表情なめぐみん。

 私は全て察して、顔が熱くなるのを感じながら、精一杯の強がりを言った。


「ふーん? なるほどね?」

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