リアル×バーチャル 1

【前書き】

「リアル×バーチャル」は色々な都合で無かったことになった話です。


「子供の夢0」までスキップするか、書籍2巻を読んで、第2章後半までスキップしてください。



ーーーーーー



 こんにちは、本日の実況を務めます佐藤愛です。

 真っ白な吐息が青空に溶けて消える朝、私達は都会へ向かう車に乗りました。


 二人で完成させた大切な機械などをキャリーケースに入れて、フロアマットに置いても車内は広いまま。


 帰宅です。ほとんど揺れを感じない静かなスタートとなりました。窓の外には次々と横スクロールする田園風景。同じ人工物でも、車内と比較すれば自然を感じます。


 遠くに目を向けると古びた家。数メートル離れて別の家。ぽつりぽつりと並ぶ家を見守るような形で背後にあるのは緑豊かな山。山と田に囲まれた人々の名字は全て山田なのでしょうか。気になるところです。


 車内に目を向けましょう。運転席と完全に隔離された後部座席。横幅は普通の車より僅かに広い程度ですが、縦幅は机か何か置けそうな広さです。


 実に優雅な車内。しかしテレビなどの娯楽は皆無。都会からここへ向かう時間は本当に退屈でした。


 だけど今は違います。

 私の隣、ぽつんとひとり、めぐみんです。


「遠くない?」

「……ん?」


 脳内実況終わり! めぐみん遠いよ! 寂しい!


「おいでおいで」


 左手で隣をぽんぽんする。

 めぐみんは何度か瞬きをして、小さな声で言った。


「いいの?」

「もちろん」


 ゆっくりとスライド。めぐみんは肩が触れ合うくらいの位置に座り直した。かわいい。


「愛は、お金持ちなの?」

「え? ああ、違う違う。これ神崎さんの車だよ」

「……そっか」


 こくりと頷いた後、めぐみんはギュッと目を閉じて両手で口を隠した。そして、大きなあくび。


「眠いならお膝貸すよ~」

「……ううん、寝ないよ」


 めぐみんは小さな手で自分の頬をぺちぺち叩く。


「愛と、お話したいから」


 まぁ!? まあまあまあ!? 聞きましたか愛ちゃん! ええ聞きましたよ愛ちゃん! ぐへ、ぐへへ。


「会社、行くんだよね?」

「そうだよ」

「何してる会社?」


 真面目な話だったか。ちょっとしょんぼり。


「最近は、塾やりながらスマメガ売ってるのかな?」


 自分で言ってみたけど疑問系。

 ケンちゃんの目的とかは理解してるけど、お仕事の内容についての理解は正直ふんわりしている。


「スマメガ?」

「拡張現実と複合現実って知ってる?」

「うん、知ってるよ」

「それ専用の眼鏡って言えばいいのかな? ハードは普通に買って少し改造しただけで、メインはソフトなんだけどね? ステータスオープンごっこできるよ」

「すてーたすおーぷんごっこ?」


 きょとんと首を傾けられる。そういえば、めぐみんはサブカル系に疎いんだった。うっかりうっかり。


「空中に文字とか見えちゃうのだよ」

「映像も?」

「もちろん」

「じゃあ、恵のアレとコラボしたら、すごそうだね」

「……コラボ?」


 少し考えて、私はハッとした。


「めっちゃ未来じゃん!」


 スマメガでは架空の世界を見ることしかできない。でも今は架空の世界に触れられる技術が手元にある。


「ボール遊び禁止の公園で野球とかできそう!」

「ふふ、スケール、小さい」


 きゃわわわっ、笑っためぐみんマジ天使!


「めぐみんなら何するの?」

「……握手かな?」

「私と?」

「……なぜ?」


 刺さるなぁ……ボケに対するめぐみんのマジレス胸に刺さるなぁ……ツッコミ担当欲しいなぁ……と、愛ちゃんは心の汗を流すのだった。とっても健康的。


 頭の中に戯言を並べて現実逃避。めぐみんに冗談を言うのは、もうやめよう。決意した直後、急に手を掴まれた。


「直接、できるよ?」


 ……はわわ。


「愛の手、温かいね」


 ……はにゃわわ。


「愛? どうしたの?」

「め、めぐみんの手は、冷たいね」

「うん。だから吸収。そのうち、平均になるよ」


 ダメッ、このシチュエーションで平均なんて言葉を使わないで! もっと少女漫画的な表現をしてくれないと、体温グラフの右肩、上がり続けちゃうよう!


「パラドックス!」

「わっ、びっくり。急に大きな声、どうしたの?」

「カラオケ行きたいね」

「カラオケ……歌うところ?」

「行ったことない?」

「うん、知らない」

「よ~し、じゃあお姉さんがめぐみんの初カラ貰っちゃおうかな!」

「お姉さん? 違うよ?」


 あっちゃ~、油断した。めぐみんのマジレス。胸を貫かれました。致命傷です。


「友達、だよ?」


 小悪魔! 下げてから上げるのが本当に上手い! どこで学んだのよ!? もう! 好き!


 ──このあとすっごくフレンドした。



 *  *  *



 平日、お昼、事務所、ドアの前!


「入らないの?」

「ちょっと待ってね」


 隣に立っているめぐみんに微笑んで、悩む。

 レインで有給を申請して、それから一週間ほど音信不通。我ながらとってもワイルド。

 

 ……どんなテンションで入ろうかな?


 悩ましい。普通に「ただいま~」って軽いノリで入るべきか……それとも少し反省した感じで……いっそのことドラマチックな再会を演出して全てをうやむやに──などと考えていた私は、彼女の接近に気が付かなかった。


「……お、姉、さま?」


 聞き覚えのある声。


「ゆりち~! おひさ~」


 手を振ってみると、ゆりち(百合ちゃん)が両手を広げて胸に飛び込んできたので受け止める。


「どうして既読無視したんですかあ!?」

「ごめんね。ちょっと集中してた」

「バカ~!」


 うへへ、過剰なスキンシップ大好き。

 さておき良いエンカウント。色々と聞いてみよう。


「私がいない間、何かあった?」

「メンタルゲージが激減しました」

「塾の方はどうだった?」

「そうですね……せっかく足を運んだので、鈴木さんに教えて貰いました」

「ふふ、なるほど。そして私との格の違いを痛感したわけだね」

「そうですね」


 ククク、哀れなケンちゃん。

 さぞ、居心地の悪い時間を過ごしたことでしょう。


 あらあら大変。困りました。

 私の評価、そろそろカンストしてしまうのでは?


「ヒトとみじんこくらい差がありました」

「それは言い過ぎだよ~」

「正直お姉さまの五千兆倍わかりやすかったです」

「あれ!? 私が下だった!?」


 コン、一歩下がった彼女のヒールが床を鳴らす。


「今後、教師は彼に依頼します」

「……なん、だと」


 信じない。信じないよ! だって、ゆりち結構レベル高いよ! 育てたもん! ゆりちが満足できる教えなんて、ケンちゃんにできるわけない!


「お姉さまは癒やしだけください」

「……ね、ねと、ねとら」

「違います。指一本触れさせてません。気持ち悪いこと言わないでください」

「ゆりちの言葉にトゲがあるぅ~!」


 ぶーぶー。唇を尖らせる。

 ゆりちも同じように唇を尖らせて言った。


「それで、お姉さま何してたんですか?」

「めぐみんとイチャイチャしてたよ」

「めぐみん? その子ですか?」

「そだよ~」


 めぐみんに目を向ける。

 彼女は私の背に隠れると、小さな声で言った。


「……山田恵」

「かわいい! お姉さまの親戚か何かですか?」

「違うよ。先週会ったばっかり」

「……友達、だよ」

「とも──ふーん? まあ、私はスールですけど?」

「すーる……姉妹? 似てないね」

「お姉さまどうしましょう。義務教育が通じません」


 ククク、どうやらゆりちもマジレスの被害を受けたようですわね。


 私は身を持って知りました。オタクに致命傷を与えるのは、小難しい言葉ではありません。ただ純粋に、ネタが通じていない態度を見せれば良いのです。


 ガシッ! どうでもいいことを考えていると腕に抱きつかれました! ゆりちです!


「スールは、友達よりずっと深い関係のことです」


 はわわっ、ゆりちが張り合ってる!

 ガシッ! 反対の腕にも抱きつかれました!


「この服、お揃いだよ」

「なっ──ど、どういうことですかお姉さま!?」

「あー、これね。めぐみんの家にお泊まりしたんだけど、スマホしか持ってなかったから通販で買ったの」


 黒のジャージ! 友情を感じるペアルック!

 そんなことより、めぐみんも張り合ってる!?


「あと恵、一緒にお風呂入ったよ」

「な、なな──入りましょうお姉さま! 今すぐにです! そして今夜は私の部屋に泊まってください!」

「ダメ。愛は、これから、お仕事」

「お金払います!」

「……ふっ」

「勝ち誇られた!? 何この子ナマイキ!」


 ぐへへ、ニヤけちゃう。

 ついにモテ期が来たのかな?


 腕を引っ張られながら幸せな妄想を始めようとした瞬間、急に事務所のドアが開いた。


 めぐみんとゆりちは動きを止める。そして私達三人の視線を受けたケンちゃんは、溜息交じりに言った。

 

「とりあえず、入って。声、全部、聞こえてる」

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