大人の夢 2
私っ、佐藤愛28歳!
どこにでもいる平凡な女の子!
うえーん、今月の残業も百時間オーバーだよう。社会人になった私は、過酷な労働で心が壊れそうだった。でも、ある日を境にミラクルチェンジ! 私は手作りのコスプレ衣装を身につけて、仲間と一緒に業務を自動化したのでした!
やったー! これで楽になるぞ! って思ったら大変! 私以外みーんな異動になっちゃった!
こうして社内システムをワンオペすることになった私なんだけど、サキュバスコスで働いている姿を新しい社長に見られて解雇されちゃった! ぐぬぬ、これで勝ったと思うなよ!
それから約一ヵ月。
現実逃避のためアキバで散財した私は、帰りに立ち寄ったファミレスで幼馴染のケンちゃんと再会!
――君が輝ける場所は、ボクが作る!
口説かれちゃった!
不覚にもキュンってなった私は、交わした約束を忘れないように魔法少女コスでケンちゃんと契約! 合同会社KTRに入社したのでした!
それから沢山の出会いと別れ、失敗と成功を繰り返しながら辿り着いた大規模イベント!
少し埃っぽいイベント会場。壁も床も飾り気がなくて全体的に寂しい場所。でも、まるで星空みたいにキラキラしていた!
星の鼓動が聴こえたような気がした。
こうして私は、キラキラでドキドキな夢を探すことにしたのでした! あらすじ終わり!
事務所。
ポッピンパーリナイな衣装と猫耳っぽい髪型で出社した私は、ソファに座ってノートパソコンをカタカタ叩いていた。
イベント後はじめてのお仕事。
それはスマメガのマニュアルをつくること。
詳しい話は分からないけど、スマメガを高く買ってくれる相手が現れたらしい。だから私は、初見の人でもソースコードやら何やら管理できるような説明書を用意することになった。
カタ、カタタタ、タタッ、ターンッ!
「はい終わり! 今度こそ終わり!」
うーんと背伸びをして、ソファで横になる。
くったくた。体力ゲージ真っ赤っかである。
「おつかれ。確認するね」
「もう直さないからね! これ以上は無理!」
私はギャーと不満を述べて膝を抱えた。
作文なんて大嫌いだ。システムの仕様は全部プログラムで書いてあるのに、どうして何日もかけて日本語に翻訳する必要があるのだろう。
しかも日本語ぜんっぜん伝わらないし!
プログラムなら私も機械も一瞬で分かるのに!!
もうやだ限界これ以上は
うがー! 日本語じゃなくてプログラム言語で理解しろー! ソースコード読めー! ……とは口が裂けても言えない悲しい世の中……およよ、およよよよ。
「佐藤さん、口が裂けてるよ」
「ケンちゃんのえっち! 聞き流して!」
愛ちゃんは膝を抱えて丸くなるを使った!
防御力がぐーんと上がった!
「うん、かなり分かりやすくなった」
ケンちゃんは褒めるを使った!
愛ちゃんのテンションが上がった!
「でしょでしょっ、もう文句ないでしょっ?」
「あとは誤字を直して終わりだね。結構多いよ」
「うががー!」
しまった! 褒めるは罠だった!
おのれぇ~! 上げてから落とすなど卑怯だぞ!
「あと一息だよ。頑張って」
「もうやだ! 誤字くらいケンちゃんが直して!」
「もう少しだから。子供みたいなこと言わないで」
「やーだ!」
再び丸くなる。
はぁ、と溜息が聞こえたけどしーらない!
「これが完成したら少しボーナスを増やそうかな」
「わ、私がお金で動く女だと思うにゃよ!」
起き上がってパソコンを強奪してカタタタタタ!
ボーナス! ボーナス! うぉおおおおおおお!
「ところでケンちゃん」
私は誤字チェックを続けながら言う。
「随分と大盤ブルジョアだけど、どれくらい儲かったの?」
「大盤振舞ね。利益は、そうだね……確定してる分は一億円くらいだけど、スマメガ関連で、まだかなり増やせると思う」
「……いっちゃおぉく」
別世界の話を聞いている気分だった。
イベント直前には「利益がっぽがっぽでしょ?」と冗談を言えたけれど、今は少し感覚が違う。
私は夢について考えている。まだ何ひとつ行動を起こせていないけれど、いざ始める時には、お金が必要だと分かる。
だから──お金が、重い。
私がボーナスを受け取ることで、彼の夢が現実になるのを遠ざけてしまうと考えると、気が引ける。
「ボーナスは嬉しいけど、会社のこと優先してね」
……返事が無い。ただの屍のようだ。
手を止めてケンちゃんを見る。ぽかんとしていた。
「おい、何だその顔」
「……ごめん。驚いた。急に真面目なこと言うから」
「なにゃおぉ!?」
反射的にノーパソをバンと叩いた。直後にハッとして、慌ててコントロールZを連打する。
「お金については大丈夫。むしろ、もっと要求してもいいくらいだよ」
「じゃあ全部よこせ」
「それはちょっと、勘弁して」
ベーっと舌を出して不満を訴える。
彼は困った様子で笑った後、軽く息を吐いた。
「しつこいけど、本当に、ありがとね。佐藤さんと出会わなければ、絶対に成功しなかった」
「だから、大したことしてないってば」
「意外と自己評価低いよね。もっと自信を持っていいと思うよ。君は、最高のエンジニアなんだから」
「……褒めても何も出ないぞ」
ぷいっと照れ隠しで顔を逸らす。
この泣き虫、本当に生意気になった。
「佐藤さんの接客で口コミが広がった。短期間で次々とアプリが完成した。イベントも大成功。全部、君無しではありえなかった」
なんだこいつ、今日めっちゃ褒めるじゃん。
「営業は翼と遼が頑張ってくれたけど……そもそも翼がウチに来たのは佐藤さんのおかげだ」
「待って待って、なんでそこで私?」
「ん? ……ああ、言ってなかったね。実は、ボクのプランは翼に不評だったんだよ。妄想扱いされてた」
そういえば翼様ってオンオフ激しいんだっけ?
妄想扱いって……オンの時は攻撃力高いのかな?
「だから、ならボクの妄想を形に出来るエンジニアを雇えたら手を貸せ、みたいなことを言って説得したんだよ。いやあ、懐かしいな」
何その話すっごい詳しく聞きたい。
「まあ余計な話は置いといて、言いたいことは伝わったかな?」
「……ケンちゃんの言いたいこと」
直前までの話を整理する。
曰く、今回の成功は私のおかげである。
さらに過去の記憶をピックアップ。
曰く、イベントが失敗したら破滅する。
さらにさらにいくつか情報を足し合わせると──なるほど、完全に理解した。
スッと立ち上がる。
それから彼の顔に向けて足を伸ばした。
「ごめん佐藤さん、何を理解したのか分からない」
「あれ、違った?」
「……うん、多分、違う」
「そっか。違ったか」
私はソファに座り直して誤字チェックを再開した。
カタカタ。カタカタ。カタカタカタカタ。
「そ、そういえば佐藤さん。夢について、何か進展はあった?」
何か取り繕うような様子。突然の沈黙が歯痒かったのだろう。私もである。
「うーんとね、ひとつ分かったよ」
「おお、どんなこと?」
「大人の夢って、薄汚いね」
「……あはは、辛辣だね」
苦笑する彼を尻目に、回想する。
ここ数日、私は職権をらんよ──塾の雑談を有効に活用して、いろいろな人から話を聞いた。
質問。
あなたの夢はなんですか?
ケース1。三十代男性。会社員。
「うーん、お金欲しいですね。仕事辞められるくらい。アーリーリタイアしたいです」
「……なるほど」
ケース2。二十代男性。会社員。
「夢……不労所得?」
「ははーん、アーリーリタイアですね」
「いやそれもいいけど……ふひっ、まあ、色々と買いたいですね。ふひひ」
「……お買い物、いいですよねー」
ケース3。三十代女性。会社員。
「お嫁さん、かなぁ」
「お嫁さん!」
「はい。とりあえず年収一千万以上の男性と結婚して、後はのんびり専業主婦したいですね」
「……ですねー」
ケース4。三十代男性。会社員。
「アイドルっすかね」
「ほう! アイドル!」
「こらこら佐藤さん、今ちょっと『その顔で?』とか思いませんでした?」
「そうですね」
「まあでも──いやそこ否定するところ!」
わぉ、ノリが良い人だ。
「ま、まあでも。今は顔とか関係ないんすよ。そう、Vチューバーならね」
「おお! 話題の!」
「うむ。
「……なる、ほど?」
ケース5。二十代女性。会社員Y。
「新作ゲームを大ヒットさせたいです!」
「おお! 頑張れ頑張れ。応援してるよ!」
「ありがとです! めっちゃ頑張ります!」
「ゲーム以外には何かある?」
うーん、と考え込むYちゃん。
「ペアプロしたいです。お姉様と」
「ふふ、お安い御用ですわよ。さあ始めましょう」
ケース6。四十代男性。自営業。
「夢ですか。そうですねぇ……高校生の娘がいるのですが……内気で家が好きな子でして……ええ、まあ、そうですね……夢を見る娘の姿が見たいですねぇ」
「素敵なお父様ですね」
「いえいえ、だらしない父ですよ」
「まあ、お腹はだらしないかもですねぇ」
ケンちゃんに脇腹を摑まれた。
「えっち!」
「佐藤さん、お客さんに失礼だから」
「ははは、気にしてませんよ。娘にもよく痩せろと言われます」
ケース7。四十代男性。経営者。
「東証一部上場」
「ほう!」
「時価総額ガン上げして、さっさとイグジットして、のんびり豪遊したい」
「……わかるー」
ケース8、9…………
──回想を終えて、私はケンちゃんに言う。
「私、夢を語る時って、もっと目がキラキラするものだと思ってた。でも、キラキラしてたのは百合ちゃんとバ美肉おじさんだけだったよ」
「……疲れてたんじゃないかな。多分」
なるほどねー、と返事をして会話が途切れた。
私は軽く自分のほっぺたを叩いて、誤字チェックを再開する。
カタカタ、カタカタ。
静かな事務所にタイピングの音。ここ数日、イベント前のドタバタが嘘みたいな日々が続いている。
もちろん仕事はある。ケンちゃんは忙しそうに書類を処理したり、あちこちに電話をかけたりしている。
翼様とリョウは、イベント前よりは事務所に顔を出す回数が増えたけれど、やっぱり外出していることが多い。
私は、夜に受講生の指導をしたり、マニュアルを作ったりしながら、夢についてのんびり考えている。
もちろん今も、誤字チェックしながら考えている。
……あれ、これ誤字が多い原因では?
げふんげふん。
とにかく、ずっとずっと考えている。でも何も思い浮かばなくて……しばらくは、お手伝いが優先かな。
ちょうど、そう思った直後だった。
「そういえば佐藤さん、神崎さんに随分と気に入られてたよね。あれから連絡取ったりしたの?」
「かん、ざき……ああ、なんかグイグイくる人」
「あはは、あの神崎さんをその扱いか。流石だね」
「そんなにすごい人なの?」
「すごいなんてもんじゃないよ。おそらく、現時点で最高のAIエンジニアだろうね。無謀な計画も圧倒的な技術力で押し通すような人だよ」
「はえー」
後でググってみよう。ウィキとかありそう。
「佐藤さんと似てるかもね」
「えー? 私あんなペラペラ喋らないよ?」
「……そっか」
ああん? なんだその含みのある返事は?
「神崎さんから名刺とかもらった?」
「えっと……うん、財布に入ってる」
「なら連絡してみるのもありかもね。きっと面白い話が聞けるよ」
──これが、きっかけ。
半年前、ファミレスで出会った時と同じように、彼の言葉が、きっかけだった。
お仕事が終わった後、私は名刺にあったアドレスにメールを送った。内容はシンプル。夢について考えていること、それから話を聞きたいこと。
送信後、軽く息を吐いた直後に着信。
ビックリした拍子に指が受信ボタンに触れ、すぐに声が聞こえた。
『こんばんは。神崎です。佐藤さんですか?』
電話越しでも分かる自信に満ち溢れた声。
私はイベントで会った男性の顔をぼんやり思い出しながら、返事をした。
「はい、佐藤です。お久しぶりです」
『メール読みました。次の日曜、空いてますか?』
「え? ええっと……はい、空いてます」
『最寄駅は、どちら?』
「最寄……上野?」
『西郷隆盛の銅像、わかります?』
「はい、分かります」
『なら日曜の正午、そこで会いましょう』
「あ、はい。分かりました」
『楽しみにしてます。それでは』
ブチっと電話が切れる。
私は、ぼんやりスマホを見つめて、パチパチと瞬きを繰り返した。
なんで電話番号分かったのかな?
……あっ、メールの署名か。そういえば書いてた。
ちょっと情報を整理しよう。
すごいスピード感で、理解が追いついていない。
……ええと、つまり?
日曜日、神崎さんと対面でお話するということ?
「わーお」
びっくり仰天。驚いた。ほんとだよ。
「とりあえずケンちゃんに電話しとこ」
電話する。繋がる。かくかくしかじか。
『わーお』
「だよね。そうなるよね」
私と同じリアクション。流石は幼馴染。親近感。
『本当に気に入られたみたいだね』
「そう、なのかな?」
『そうだよ。神崎さん、興味の無い案件なら、大手の社長からの誘いでも無視するらしいよ』
「……わーお」
神崎さん、もしかして超大物なのでは?
『……』
「ケンちゃん?」
長い沈黙。
私が声をかけると、はぁと息を吐く声が聞こえた。
『なんでもない。週明け、話を聞かせてね』
「おっけー」
いや絶対なにかあるだろ。
言葉を飲み込んで返事をした。
それから少しだけ雑談をして電話を切る。
私は静かになった部屋で腕を組み、うーんと真剣に考える。そして、結論を出した。
「未来のことは~? 未来の私に任せるぅ! だから今日はおやすみ~!」
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