夢物語のその先へ 3
私っ、佐藤愛28歳!
昨日なんか幼馴染に口説かれちゃったの!
んがー! んがががー! んがんががー!
なんだあいつ! なんだあいつなんだあいつ!!!
なーにが「……君に会えて良かった」だよ!
うわーはずかしはずかし! よく出てくるなあんな言葉! うぎゃー! わーわー! わー!
そもそも――――ッ!
こっちはスタートアップなんか始めちゃった理由を聞いただけなんですけど――――ッ!
金儲けってことにしとけよー!
ふっ、俺は雇われるだけで満足できるような"器"じゃないんだぜ。キリ。みたいなこと言っとけよー!
んがー!
なんだあの理由ぅううう! わにゃわー!
真面目か! 真面目だ! まじめぇー!
「……ケンちゃんのくせに」
呟いて、ぼーっと天井を見る。それから十秒も持たず発作が起きて、暴れる。そんなことの繰り返し。
――果たして私は、一晩中ベッドで転がり続けた。
事務所。
相変わらず簡素な部屋の隅にはくまが一匹。
くま……? はい、そう、わたしです!
実は先日までコスプレ自粛期間でした。
なぜ? それはボロクソ言われたからです。
幼馴染のスタートアップ。本当に始まったばかり。私のせいで悪評が広まって大失敗。なーんてことになったら、とてもとても責任が取れません。なのでスーツ姿のキャラをローテしていました。
でも終わり! 自粛終わり! どうにでもなれー!
「あぁ? なんだテメェそれパジャマか?」
最初の訪問者はリョウ! 珍しい!
普段の私なら、おう、今日は営業行かないのか? という絡み方をしていたでしょう。でも今日は違います。私は、ガルルると威嚇するだけです。ガルルる。
「……イカれ女のことなんぞ考えるだけ無駄か」
「くまパンチ!」
ぽこっ
「暇なのか?」
「……ガルルる」
暇じゃない! 警戒中!
私はリョウから目を逸らしてドアを睨む。
しゃーこい鈴木ぃ! 鈴木こいやぁ!
「あ、くまさんだ」
ぁゎゎ、翼様だぁ。
「また、手作り?」
「……ぁぃ」
「かわいい」
「……ぁざす」
ほんとっ、もうっ……ツボっ!
かっこいいょぉ~><
「リョウ、はやいね」
「うすっ、おはようございます」
ゆるりとリョウが座るソファに向かって歩く翼様。リョウの対面にドシッと腰を下ろして、コロっと横になった。
「健太が来たら、起こして」
「うすっ、了解です」
リョウは翼様が相手でも丁寧な感じなんだね。やっぱり私にだけ厳しいんだね。そうかそうか、リョウはそういう奴だったんだね。
それはさておき、二人が朝から顔を出すのは珍しいです。私は何も聞いていないのですが何かあるのでしょうか?
「ねぇ、今日なんかあんの?」
「あぁ? テメェ何も聞いてねぇのかよ」
リョウはスマホを弄りながら、鬱陶しそうに、だけどきちんと返事をしてくれる。
「始まんだよ」
「なにが?」
「例のイベントだ。他にねぇだろ」
「わお。初耳過ぎる」
エンジニア向けの大規模イベント。かっこいい名前だけれど、やることは単純。スマメガを装備したエンジニアが集まって食事しながら話をするだけ。参加費なんと一人5万円。お高い。
「何人くらい集まったの?」
「……テメェのアプリで見られんだろ」
「あっ、そっか」
私はカバンからスマホを……くまハンド邪魔だな。スマホ持てないじゃんこれ。外そう。
あれ、これ意外と難しい。
んー、どうにか歯を使って……よしっ、外れた。
――瞬間、三度目の開閉音。
ドアに目を向ける。そこには、奴が居た!
「くまロケットぱーんち!」
「えっ、わっ、手? なに?」
ちょうど手から外したばかりのくまハンドを発射! しかし、効果は今ひとつのようだ!
「佐藤さんか。そういうコスプレ久しぶりだね」
「……」
いつも通りの声音で微笑む鈴木。
その表情を見ていると、なんというか、なんというかもう……生意気だ。
「はい、これ返すね」
「……ん」
受け取ったくまハンドをカバンに入れて、代わりにスマホを取り出した。それから鈴木を無視してスマホに目を向けて……あれ、どうしてスマホを取ったんだっけ?
「おはよう。みんな早いね」
「うすっ、おはようございます」
「おはよー」
姿勢を正したリョウと、目元を擦る翼様。
「さて、早速だけど話を始めようか」
鈴木はリョウと翼様が挟む机の側面で膝立ちになって、黒色のダレスバックから紙とペン、そして謎の機械を取り出した。
ポータブルプロジェクタ。
泥OS搭載の機械が、机にスマホのホーム画面みたいな映像を映し出す。鈴木は机を指でなぞって、資料と思しきものを表示した。
「まず翼と遼、本当にありがとう。参加者は現時点で3734人。団体数は268。約6割のコミット数。最も重要な三日目は満席。たった二人で成し遂げたとは思えない成果だ。……本当にボクは、素晴らしい仲間を持って、幸せだよ」
ちょっと離れた位置で話を聞く。
いつも通りおっとりしている翼様と、ちょっぴり照れているリョウ。そして、開幕からもう泣きそうな鈴木の三人。きっと私が入る前から活動していた三人。
3734人。
人数では凄さをイメージするのが難しい。だから、売り上げで考えてみる。一人あたり5万円なので、ざっと二億円くらいだろうか。
たった三人で二億円のサービスを生み出す。
途方もないことだと私は思った。きっと私の知らない苦労が沢山あるのだろう。
そう思うと、鈴木の涙には納得できる。どこか誇らしげなリョウと、翼様の表情も理解できる。
なんとなく私は、仲間外れな気分だった。そう思った直後、鈴木が私を見て言った。
「佐藤さんも、ありがとう。塾の口コミ……特に洙田裕也さんの一件から参加者数が激増した。あれだけの申請を処理するのは、佐藤さんのアプリが無ければ不可能だった。本当にありがとう」
……こいつはほんと、いつも絶妙なタイミングで。
ちょっぴり顔が熱くて、目を逸らす。
鈴木は小さく息を吐くように笑って、
「さて、ここからはボクの仕事だ」
なんだか、かっこいいことを口にする。
「これから見せる資料に当日の食事と人材の発注先をまとめてある。どこに発注するかは未確定だ。これについて三人の意見が聞きたい」
しっかりと用意された言葉。
私は机に投影された資料を遠目に見ていた。
鈴木は一呼吸置いて、
「佐藤さん、遠いよ」
生意気なことに、私に気を遣いやがる。
「おいで」
翼様が隣をトントンした。
私は息を止める。こういうのは直ぐに移動しないと微妙な空気になる。だけど一瞬、足が動かない。
ほんのちょっとだけ壁を感じた。
べつに拒絶されたわけではない。何か決定的な発言があったわけではない。ただ三人の雰囲気を肌で感じて、近寄り難いと思った。
「えいや!」
「……テメェほんと、普通に動けねぇのか?」
体当たりでリョウの隣に座る。打撃を受けたリョウが小言を口にすると、翼様がクスッと笑った。
「なかよし」
「勘弁してください」
本気で困った様子のリョウ。
私は机の資料に目を向けて、感想を言う。
「わーお。鈴木の資料は細かいね!」
「ちょっと詰め込み過ぎたかな?」
「説明して説明して!」
会話に入ることはできる。簡単だ。
でも、私と三人では言葉の重みが違う。
……私は、これを知っている。
前の会社に居た頃、みんなで一緒にオルラビシステムを開発していた頃。今みたいに話し合うことが何度もあった。
正確には、似ているだけで全く違う。
あれは戦いだった。あまりにも過酷な業務から自分と仲間を守るための戦いだった。
思えば私は、昔からずっと、いつも目の前のことに必死だった。
だから、目にするのは初めてだ。夢を持ち、形にして、今まさに掴もうとしている姿を見るのは、初めてだ。
とても眩しい。
しっかりと目を開けて見ることは難しい。
ただ、思う。
届け。三人の想いが――ケンちゃんの願いが、未来に届けと、そう思う。
「やっぱりピザは必須だよピザ! ピザが嫌いなプログラマは存在しない!」
「なるほど……? 佐藤さんはどんなピザが好き?」
「なんかあのっ、タルタルしたやつ!」
だから私は、元気に口を挟む。
少しでも力になれるように、笑顔を振りまくのだ。
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