根性論なんて、もう古い? 終
魔法を見ている気分だった。
ボクは、洙田裕也を低く評価した。
視線は常に下方向。覇気の感じられない声音。何を話しても伝わっているのかどうか分からない空返事。典型的な無気力人間だ。柳さんには申し訳ないけれど、あれはダメだと思った。
しかし、帰り際の彼は別人だった。
たった一時間の講義、指導、あるいは会話で、彼女は人を変えてしまった。
優れた技術者は、常人に理解できない技を披露することで「魔法使い」と呼称されることがある。
佐藤愛は、まさに魔法使いだった。
ボクは、いっそ恐怖さえ覚えた。彼女には人の心が目に見えているのかもしれない。そしてオルラビシステムを作り出したように、人の心さえもプログラムの如く制御できるのかもしれない。
ありえない空想だ。しかし否定できない。
ボクは、彼女が何か得体の知れない存在に思えた。
洙田裕也が去った後、しばらくして彼女はボクに目を向けた。
ドキリとした。
同時に、自分の中にある感情の正体に気が付いた。
これは、劣等感だ。
ボクが考える常識を尽く覆して、ボクが望む理想の結果を生み出す魔法使いに対する劣等感だ。
息を飲む。
刑罰の執行を待つ罪人のような心境で言葉を待つ。
彼女は右腕を伸ばした。
次に左腕を伸ばして、両手をくねくねさせた。
「ケンちゃ~ん」
……え?
「ごめ~ん。やらかし~」
涙目でちょっとずつ近付いてくる佐藤さん。
ボクが混乱して動けないで居ると、彼女はボクの手前で膝をついて、土下座の姿勢になった。
「ごめ~ん!」
ボクは面食らった。
「いやっ、いやいやっ、どうしたの急に」
「どうしよ~。あの人もっと大変なことになるだけかもなのに、私……どうしよ~」
うわーんと子供みたいに泣く佐藤さん。
「でもケンちゃんも悪いんだよ!? 正論なんか言われなくても分かってるの。それを一方的に伝えられても辛いだけだよ。ロジハラだよ。何も意味ないよ」
「……返す言葉が無い」
佐藤さんはズビッと鼻をすすって、
「これもロジハラ~」
また泣きながら額を床に擦り付けた。
「私の方こそ根性論だよ~」
その姿を見て、ボクはもう笑うことしかできない。
気にしないでと言って彼女の肩に触れると、胸に飛び付かれる。とてもドキリとしたけれど、ボクは受け止めて、彼女の背をトントン叩いた。
……まったく、見当違いも甚だしい。
得体の知れない存在?
違う。彼女は、ボクが良く知っている存在だ。
本当に昔から変わらない。
とても純粋で、周りのことをよく見ていて、何より弱者の心を誰よりも理解している。寄り添うことが出来る。他人のために本気で怒ることが出来る。
……そうだ。ボクは、そんな彼女に憧れていた。
「ほんとごめん。ちょっと八つ当たり入ってた。最近嫌な電話あってその、沸点下がってた」
「嫌な電話?」
彼女は少しムッとした表情で言う。
「……なんか、前の会社が金出すから戻れって」
「前の……確か、理不尽に解雇されたんだよね」
「そうだよ。なのに困ったから戻って来いとかさ? そもそも謝ってないし。しつこいし。ほんともう……私は都合の良いペットか!」
苦笑して相槌を打つ。
そして愚痴を聞きながら、あらためて思う。
こういうところが、本当に魅力的なのだ。
――数日後。
柳さんが花束を持って訪れた。
あれから洙田さんは別人のように前向きになったらしい。もちろん転職が直ぐに決まるわけではないけれど、柳さんの感覚値としては、時間の問題ということだった。柳さんは号泣しながら感謝していた。
そして、真のプログラマ塾は、この一件をきっかけに、転職業界を中心として劇的に知名度が向上する。
それは「本命」に対して有利な武器となる一方で、邪な存在を呼び寄せることにもなった。
ボクは後になって思い出す。
きっとここが、ボク達のスタートラインだった。
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