25.隠者の発見と実験そして希望


 世界樹の根の位置をスキャンして…あることに気づいてとりあえず止めた。そして、世界樹からすこし離れたところにヒョロンと立っている木の方に近づく。そして、その木の紋様も出してみる。

「…なるほどね」

「あの…主様、どうしましたか?」

 おずおずと近づいて来るカルラ達に、たった今わかった事を口にする。

「あのね、ここに生えている木が、多分全て世界樹なのよ。むしろ、世界中の木が世界樹になる可能性がある」

「…はい?」

「主様?」

「隠者殿……?」

 精霊達の戸惑いに気づいたのか、光の精霊王も近づいて来た。

「見ていてください」

 世界樹の紋様を近くに移動させ、詳細鑑定をかけて大きく広げる。そして、ヒョロンとした木の紋様の形を検索する。2秒ほどで該当箇所が見つかった。

「ここですね」

 世界樹の大きな紋様の端の方、いくつか重なるように描かれた紋様の一部に小さな木の紋様が重なった。

「不思議なことに、樹木の種類としては違うものなのですが…この木も、世界樹の一部なのですよ」

 先程世界樹を調べた時の違和感がスッキリしたところで、この小さい木で実験をさせてもらうことにした。

「ごめん、少しだけ私に付き合ってね」

 小さな木のそばにしゃがんで、根の位置を探索術で探る。そして、根を覆うように簡易的な結界を張った。そして、結界の上に魔力譲渡の時に使う紋様を描く。フィルターというか、ろ過装置代わりだ。まあ、いつもと使い方は違うのだが、理屈上は使えるはずだ。

 万が一の時のための治癒紋様を用意して、もう一つ紋様を出して、小さな木の紋様と重ねた。

「…成長促進グロウアップ

 ぽわ、と最後に重ねた紋様が光る。葉がふるふると震えだした。

「…成長促進グロウアッププラス

 覗き込んでいた精霊達が息を飲んだ。それは、驚きも含んでいるが、より多くの歓喜を含んでいるのがわかる。

「わあ…!」

「あ……なんて…!」

「わーい!」

 精霊達の歓喜に混じって、光の精霊王の声もする。

 ヒョロンとした木…高さ1メートル弱程の小さな若木は、あっという間に私の肩辺りまで葉を茂らせた。青々とした若葉は、表面がきらきらと光っているようにも見える。

「…なんと」

 土の精霊王が走り寄ってきて、葉に触れる。

「ふわぁ…なんか、あっという間だね。凄すぎて実感が湧かないや」

「今だけ、心から風のに同意ですわ」

「土は変わって無ぇのに、なんでだ?」

 火の精霊王が木の周りを眺めて尋ねてきた。

「これが聖地の土であるのは間違い無いようでしたので、根の栄養を吸い上げる部分にフィルター代わりになるものを設置して、木が栄養を摂れるようにしたのです」

「へぇ……」

「いや……土も戻った」

 闇の精霊王が、木の根元を凝視して呟いた。木の根元部分の土が、少しだけ普通の土になっている箇所がある。見つめていると、木からジワジワとその部分が広がるのがわかった。

(実験は今の所成功、かな……)

 若木の紋様を眺めつつ、異常が出たらアラームが鳴るように設定しておく。成長促進の重ねがけを弱くしようかと思ったのだが、なんとなく必要ないと言われている気がしたのでそのままにした。

「隠者よ」

 若木の紋様を眺めていた私に、土の精霊王が近づいて来た。私が向き直ると、不意に片膝をついて私の手を取る。

「えっ?」

「礼を言う。ありがとう」

 ゴツゴツと骨ばった大きな手で、大切なものを扱うように私の手をとり、指先を自分の額に押し戴くような仕草をした。ふわりと魔力が流し込まれるのを感じた。

「…そ、その……」

「僅かばかりの加護だが、今の私にできるのはこれくらいだ。受け取ってくれ」

「ま、未だ終わっていませんから……」

「希望が見えた。それがどんなに嬉しいことか、伝えたかった」

 サンストーンのような虹彩に映るのは、安堵と喜びだった。穏やかに微笑む顔は、先程よりも顔色が良い。

「あー! 土の、もしかしてリッカに求婚してるの?」

 風の精霊王が駆け寄ってきて私に抱きついた。

「求婚では無いな。感謝を伝えていたのだよ」

 土の精霊王は立ち上がって、私と風の精霊王の頭をポンポンと撫でた。

「さて、後は今の術を使って、世界樹を元気にするのだな?」

「はい。そのつもりです」

 一時的にでもこの木々が元気になれば、まずは精霊王たちの状態を完全に元に戻すか、それに近い所までは行けるはずだ。

(だって……多分、精霊王たちが疲弊してた理由は…)

 この実験で確証が得られた推測の内の1つ、魔力素の循環が悪くなった理由と、精霊王達が疲弊した理由は、関連はあるけれどだいぶ違う。

「実験で得られたことと、今後の予定を考えましたので、お話しします」

 そのまま口を開こうとして、さりげなく風の精霊王の抱擁を剥がしたのだが、今度はふわっと手を取られた。

「じゃあさ、休憩してからにしようよ。リッカ、魔法いっぱい使ったでしょ?」

「いえ、これは魔力の消費はあまり…」

「いいお考えですの!」

「コーヒーを……ううん、今度はお茶を淹れるよ」

 そのまま強引にティータイム兼報告会に移行した。


◇◇◇ 


 結果的に、報告会はかなり良い時間だった。わかりやすく言えば、精霊王が世界樹の苦し紛れの栄養になっていた、という話はみな頭を抱えていたが……土の精霊王は世界樹の根に絡まっていた状態だったという事もあり、色々な意味で合点がいったと苦笑していた。

 そして、本人曰く植物のことは本能的に分かるという土の精霊王の助言で、フィルターがわりの紋様は、世界樹以外は中心になる根の部分だけで間に合うはず、と教えてもらえた。これで大分効率アップが見込めるだろう。

 カルラとイリスなぜか風の精霊王からも精霊草を食べるように勧められ、光の精霊王がモジモジとしているので尋ねると、べっこう飴が気に入ったらしく美味しいとお礼を言われたり、途中から普通にお茶会の様相だったが、精霊王たちは最初に治癒をかけた時から比べると顔色が格段に良くなっているし、口数も多くなって、笑顔も増えている。まだすこし表情に疲れも見られる時もあるが……。

(これが終われば、もっと元気になれるはず)

 薔薇の花びらジャムを入れた紅茶に口を付けると、ふわりと良い香りがした。

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