24.推測と疑惑
闇の精霊王は相変わらず私を胡散臭そうに見つめている。
「手元のそれは途中から白紙だった」
最初は、私が自分の研究論文のようなものを眺めていると思っていたのだそうだ。
「主様は、主様にしか読めない本をもってるの」
闇水の精霊ファイは秘密を話す子供のようにむふふ、と得意そうに笑った。
「その通りです」
ファイと目を合わせて笑い合う私を、顰めっ面で眺める闇の精霊王。
「そういう技能を持っていると言うか、頂いたと言いますか…」
「なるほど。あとで良いから教えてもらえるか?」
「はい」
「ふふ、それまで秘密ー!」
ファイが無邪気に笑うと、闇の精霊王もふっと息をついた。
「分かった。楽しみにしておく」
漆黒の瞳が私を見た。
「土のとの話の後で良いからな」
ふ、と口角が上がった。疲れているように見えるが、先ほどよりも余裕があるようにも見える。もしかしたら、土の精霊王より闇の精霊王の方が好奇心が強いのかもしれない。ファイからグミキャンディを渡されて、指でグニグニと感触を確かめている闇の精霊王から、手元の資料に意識を戻す。
(多分、魔の森の伐採だけが原因じゃないとは思うけど…原因の7割方はこれだろうなぁ…)
ちなみに、『魔木』と一括りにされているが細かい種類は違うし、他の植物が無いわけでは無いようだ。ただ魔の森では、どの植物も基本的に大きく、黒っぽく育つのだという。おそらくは、土が違うのだろうなと予想する。
そしてもう一つ気になるのは魔道国家が開発した魔木由来の燃料だ。
(煙が出ない代わりに、生き物にとっては良くないものが放出されてたり……とか?)
5年以上前の段階で、異常を来した人が複数いた、ということは分かっている。その後何か対応はされたのだろうか?
(……してないんじゃないかな)
聖地に向かう直前にガルダの冒険者ギルドに行った際に、魔導国家の精霊魔法の使い手について尋ねたのだが、その情報はやはり得られず、その代わりと言ってはなんだが魔導国家内のギルド支部が国外に向けて大量に求人を出したらしい、という情報を聞いたのだ。
(その依頼票を見せてもらったけど…特に注意事項だとかは記載されてなかった。その割に異様に報酬が高かったし…)
魔導国家ヤウェハは物価が高いから、ということになっていたし、そもそも人手不足なのだから高くても当然なのかもしれないけれど、なんとなく不自然な気がしたのを思い出した。それでも高額な報酬を目当てに、ガルダを出る冒険者もそれなりにいたようで、魔物の異常発生が続いている状況なので、ギルマスたちも悩んでいるようだった。
普段は国外に向けて大々的に呼びかけて冒険者を集める、というのはあまりやらないらしい。それこそ、国家レベルの危機であったり災害復旧の際の人足であったり、その護衛であったりすることは稀にあるが、こんなパターンで世界中の冒険者をかき集めるようなことをすることは今まで無かったようだ。
(何かあった、ということだろうけど……)
そこまで考えたところで、メモに『魔導国家内に大量の冒険者が必要な理由』とだけ書いて立ち上がった。これは、世界樹をなんとか出来た後で確かめても遅くないはずだ。
(まあ、とりあえず…先ずは世界樹を正常に機能させる方法を試してみようか)
この方法で上手くいったら…聖地の異常の原因を特定する材料の1つにはなるはずだ。ぬるくなったコーヒーを飲み干して、立ち上がって伸びをした。
視線を感じで振り返ると、光の精霊王が私に近づいてくる。
「どうしました?」
「あ、あの…」
胸の前で両手を握りしめ、もじもじとしている姿は可愛らしささえ感じさせる程だ。目鼻立ちこそセカイさんに似ているが、この違いはどうしたものだろうと思う。
「今から世界樹になにかされるんですよね?
「大掛かりなものではありませんが、その前段階として、試してみたいことがあるんです」
「あ、あの……近くで見ていてもよろしいでしょうか…」
「もちろん、かまいません」
光の精霊王は、パッと笑顔になった。名前そのままの笑顔だった。きっと、世界樹のことも本当に心配しているのだろう。
「あ、ありがとうございます!…お、お邪魔はしませんから!」
「いえ。何か気づいた事があったら教えてください」
世界樹の前に立つ。私の傍らにはカルラとライ、イーリス、ファーナとイシュがやって来た。3メートルくらい後方で光の精霊王も世界樹を見つめている。
(よし…)
計測用に世界樹の紋様、念のために発動を一時停止させた治癒紋様を起動して、ひとつ、深呼吸をした。
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