21.瘴気とそうでないもの


「主様、飲み終わったらカップをくださいな」

 お礼を言ってハルにカップを渡す。ハルは少し離れたところで魔法で水を出して、カップを洗っている。そして、その水を歪んだ木に何気なく振りかけた。

(あれ?)

 地表にうっすら立ち昇るモヤは、少しだけ降りかかる水に反応して何かが焦げつくような反応を見せたが……

(土も木も、普通に水を吸い込んだ)

 アイテムボックスのディスプレイを出して、「魔力素マナの書」を探す。数年前に一度だけ読んだ事がある。

(闇の精霊王は『瘴気を変換する魔法』を使っていたって言っていたから、これは全て瘴気の塊か何かだと思っていたんだけど……瘴気なら、精霊魔法にもっと反応するような気が…)

 瘴気など見たこともないのでこれがそうだと思い込んでいた。本を見つけて瘴気について書かれているところを読みながら、モヤを風魔法で払いのけて沼のような土に手を突っ込んでみる。

「主様!」

「瘴気に触るな!」

「なんてこと!」

 土、闇、水の精霊王の大きな声と、カルラの悲鳴のような声が聞こえた。ビックリさせてごめんねとカルラに笑いかけて、私は掴んでいた土を鑑定した。

「主様!危ないです!」

「いいえ、これは……瘴気ではないよ」

  正確に言うのなら、地表のモヤは瘴気と分類しても良いだろう。しかし、土自体に含まれているのは、分かりやすく言うなら……

「濃度が高くて、不純物がたくさん混じった、魔力の素…だと思う」

 精霊達は興味津々で私の手を覗き込もうとして…精霊王達の方がそんな彼等を手当たり次第に引きとどめようとして失敗している。

「え…これ、マナ⁉︎」

「そんなはずは……!」

 カルラと闇の精霊王は驚愕の表情で口をパクパクさせている。

「地表のモヤの部分は薄い瘴気と言っても差し支えありません。ですが、この土に溶け込んでしまっているのは、不純物が多いとは思いますが、おそらくはマナと呼ばれているものかと」

 私の感覚でいうと、植物を過分に砂利の混じった土に適当に植えて、高濃度の肥料を与え過ぎている状況に近いように思えた。

「なんだと…」

 土の精霊王が表情を強張らせたまま私の手の中の土というか、泥の塊に手を伸ばした。少しだけ掴み取ると、掌に載せた。そのまま魔力が掌の泥に集まって行く。おそらく、自分の魔力……この場合はマナと呼んだ方が良いかもしれない…それを加えているのだろう。

「薄めるように、と思えばいいんだな?」

「はい。おそらく」

 泥土は、『薄めている』のにみるみる普通の土へと姿を変えた。

「なんと…ならば、この地は……」

 精霊王それぞれが愕然と土塊を見つめている。その中でも1番驚愕していたのは、おそらく闇の精霊王だろう。

「なぜこんなことに……いや、なぜ今まで……」

 漆黒の瞳になんとも言えない光を揺蕩わせて、握った拳を震わせている。その身に纏う魔力が一気に澱んだようにも見えた。

「闇の精霊王」

 私は握り込まれた手を取った。拳ごと手のひらで包む。

「お気を確かに持ってください。」

 漆黒の瞳に、苛立ちのような悲しみのような光が揺らめいては力なく消えていくように見えた。

「まだ、調査の結果、状況が少しわかっただけなのです。お聞きしたいことが沢山あります。それに———」

 私はハルが水をかけた木に目を向けた。沼のような色をしたモヤの中の部分は歪に歪み、葉も変色しているのだが、モヤから抜けた上の部分は緑の色を取り戻している物もある。

「瘴気を取り除き続けていたのは、無駄ではなかったはずです」

「いや……それでも」

「これは私の推測ですが」口調を変えると、虚をつかれたのか注意が私に向く。「精霊王様方は、おそらく長い時間をかけて少しずつその力を削がれて来たのかもしれません。疲弊した状態が日常化していて、なおかつこの土地と深くつながっているのなら……それを当然として生きているのなら、気付きにくいこともあるかと」

 闇の精霊王にこっそりまた治癒をかけると、魔力の揺らぎが穏やかになった。

「リッカ、貴女だから気づいたと言いたいのか?」

「どうでしょう」

 苦笑が漏れた。

「私の暮らしていた国には、『他人の方がよく気がつく』という意味の言い回しがありました。きっと、そういうことなのでしょう」

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