9.隠者は早朝の神殿で…

※祈る場所を「教会」から「神殿」に変更しました。ボチボチ前の話の分も変更していきます※


 結局、あまり寝付けなかった。家に戻って寝ようかとも思ったが、何か緊急の用事とかで部屋に来られても…と悩んでいるうちにウトウトできた。朝日が宿のまどから差し込んでくるので目が覚める。城壁越しの朝日なので、夜明けではなく6時過ぎだった。

 二度寝はできそうになかったので、起きて身支度をした。昨晩は宿のお風呂に入れたし、服は昨日と同じだが生活魔法をアレンジした、衣料用の消毒洗浄術でサッパリ&パリッと仕上がっている。不潔では無いはずだ。

 ローブにベルトを締め、肩からボディバッグのような袋をかける。昨日はセカイさんに祈りに行けなかったので、今のうちに済ませておきたい。神殿は朝から開いていると前に聞いたことがある。

 一階の受付には店主らしい男性がいた。

 朝が早すぎるからか、びっくりしているようだ。

「おはようございます。どこかに行かれるんですか?」

「ええ。神殿に行ってみようかと」

「なるほど。鍵をお預かりしますね。朝食は7時から9時ですから、それまでに食べてくださいね。無理そうなら、お弁当にしてお部屋に届けますが…」

「いえ、そんなに長くはなりませんから」

「そうですか。いってらっしゃいませ」

「行って来ます」

 外に出ると、街中とは言え空気はひんやりしていた。歩いている人も少ない。とは言え、どこそこで馬車が動く音はしているし、人気がなさすぎると言うわけでも無い。神殿の尖塔はすぐそこだ。少し肌寒いが、歩けば身体も温まるだろう。


 神殿は、神に仕える者達が朝の祈りを行う為に朝早くから開いている…と聞いていたが、実際に朝早くに見るのは初めてだ。それに、信心深い者達もそれなりにいるようで、神殿の中には、一般人も50人ほどいるようだ。備え付けの椅子に座って、神官や巫女などの関係者達が祈りを捧げるのを眺める。

 私が知っているのはセカイさんだけだが、レイヴァーンでは、たくさんの神様が存在するとされている。太陽の神、それに属する光の神、二つの月にもそれぞれ女神がいるし、闇の神とか水の神風の神…それぞれに名前があり、それぞれ自分に関わりの深い神様に祈るスタイルのようだ。例えば、鍛治工房で働くなら、火の神と土の神、良い水を求めるのなら水の神も、と言った具合だ。大きい街になると、それぞれの属性の神様に特化した教会もあるらしい。

(…呪文の詠唱なんかに、この概念が深く関わってるよね…)

 たくさんの神様の名前をそれぞれ唱える祈祷を延々と聞いていると、眠くなりそうだったので気を引き締める。

 どうやら、朝はこの祈りを聞き終えるまでがお勤めのようだ。聴きながら胸の前で手を合わせて緩く握り、目を閉じてセカイさんに呼びかける。

(ちょっと遅くなりましたが、今月も元気に過ごせています。ありがとうございます) 


 壇上で皆に背を向ける形で祈りを捧げていた司祭は、一節を唱え終えて振り向き、神殿に集まる者達に祝福の祝詞を唱えていく。昼間に祈りに来た時には見たことのない人だ。


 ちなみにこの司祭は神殿長で、この日、朝の祈りの時にごく普通のローブ姿の若者が、静かに祈っている。それだけなのに、なんとなく神々しさを感じてチラチラ2度見していたらしい…と言う噂をアーバンさん経由で耳にしたのは、しばらく後のことになる。


◇◇◇


 朝のお勤めは、本来3時間くらい続くらしい。宿の店主が心配していたのはこれかと納得した。一般の参拝者は途中のタイミングの良いところで抜け出しても良いようだったので、人の流れに乗って抜け出した。

 朝焼けは消え、青い空には二つの月のうちの一つ、銀の月が白く見えている。夜になると、また青の月が銀の月と並ぶのだろう。

 朝市を冷やかしながら宿に戻ると、食堂は大盛況だった。それでも並ばずに開いた席に呼び入れられ、パンとスープ、茹で卵入りのサラダが運ばれて来た。

「神殿に行ってきたんだって?偉いねぇ」

 運んできた女将さんが笑顔で話しかけて来た。

「いや、一度朝のお勤めを見てみたかったんですよ」

「若いのに偉いよね!ああ、手紙が届いてたらしいから、受付で受け取っとくれよ」

「はい」

 おそらくは、サブマスからのお手紙だろう。今日は、辺境伯とのお話し合いの結果を聞かなければならないし…まあ、これが終わればすぐに帰れるし、言質は取ったと聞いているので、いつもの生活に戻れるだろう……今日を乗り切れば大丈夫。

 野菜が溶けこんだ素朴なスープを啜りながら、お腹が暖かくなる感触にほーっと息をついた。

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