閑話 冒険者ギルド辺境都市バルガ支部にて 副ギルマスの場合


 アスター子爵は、ガルダ近辺を治める辺境伯の親戚筋にあたる家だ。

 ルドヴィック・ルロイ・アスターは、アスター子爵の弟にあたる。本来は長兄のアスター子爵と自分の間にもう1人次兄がいたそうだが、2歳の時に流行病で亡くなっている。その後に生まれたのがルドヴィックで、長兄とは12歳年齢が離れていたのもあり、伸び伸びと育てられた。

 勉強も人よりも頭ひとつ抜きん出て出来たこと、何より魔法の才があった事もあって、18歳で王都の高等学舎を次席で卒業…華やかな将来が約束されているかに思えたが、彼の爵位が低かった事と、属する派閥の力が弱体化していた時期だったことが重なって、王宮で働くのは早々に辞退していた。顔や成績だけで近寄ってくる誰それや、自分を家に取り込もうとして差し向けられる何処ぞの娘にウンザリしていたのだ。当時存命だった父も、貴族同士のゴタゴタに巻き込まれて家ごと潰されるくらいなら、と数年は修行に行ってこいと背中を押してくれた。

 そんな彼が行き着いた場所が、冒険者ギルドだった。そこで、王都で剣術を教える道場で働きつつ冒険者をやっていたアーバンと出会い、意気投合してパーティを組んだのだった。その後、別の護衛任務で出会ったハーフエルフのフロニア、ジェイガンも加わり、パーティとしてはほぼ最高峰のランク1、個人としてもランク2まで上り詰めた。

 何もかも順調だったわけでは無い。それでも、当時は苦労を乗り越える事も、金欠でヒーヒー言っていたことさえ、懐かしく感じる。

 10年前のアーバンの怪我とそれに伴う冒険者引退を機に、ジェイガンはギルドの仕事に着く事を決め、ルドヴィックも一度は家に帰ってこいと兄に泣きつかれて冒険者を廃業して結婚し、今の仕事…ギルドのサブマスターをしつつ、アスター子爵の領地経営を手伝う毎日だ。兄夫婦には子供がいないため、兄は自分の死後はルドヴィックかその長男に継がせると王家に届けも出している。

 書類仕事ばかりの毎日は正直退屈だが、そこは少しばかりの楽しみを見出しつつ、子供達の成長を見守りつつ、なんとか退屈をやり過ごしていた。いや、そのつもりだった。


 しかし、アーバンからもたらされた希少職業レアジョブの報告から、何かが変わった。

 忙しくなった。書類仕事だけではなく、アーバンの報告から、しばらくは隠者…リッカと穏便に接触するまで、なんとか時間を稼ぐ事を提案したのはルドヴィックだ。受付の女性達の中でも、口が固いものに契約魔法まで使って秘密を遵守させた。

 この国は、今は小康状態を保っているが、数年前から若年層の優駿な人材の流出が止まらない。もしも、この若い隠者の扱える魔法に、この国の益になるものがあれば…と考えてもいた。

 それ以上に…隠者が確実にいくつか使えると言われている失伝魔法ロストマジックに、興味が掻き立てられるのをとめられなかった。だからこそ、忙しさなんてどうでも良くなった。職員の7割が隠者の存在に気づき始め、アーバンが隠者とそこそこ仲良くなって来たようだ、とギルド内で言われ始めたとき、ルドヴィックはジェイガンとアーバンにこう提案した。

「今月採用した新人が、隠者に気づいたタイミングで声をかけましょう」…と。


◇◇◇


「おかえりなさいませ、あなた」

辺境伯のところから戻ると、深夜にもかかわらず、11歳年下の妻エリーナが出迎えてくれた。

「待っていてくれたんだね。ありがとう」

「急な事でしたでしょ?心配で眠れなくて」

 上着を受け取る妻は、心配だと言いつつも内心楽しんでいるのがよくわかる。

「話が聞きたいかい?」

「もちろんですわ!」

 エリーナは、辺境伯の姪にあたる。もちろん政略結婚ではあったが、剣や乗馬も嗜む、溌剌とした素直な気質を好ましく思い、結婚してそれは愛へと変わった。

 子供も3人生まれ、自分はますます仕事が忙しく、苦労をかけてしまっているとも思うが、時折可愛い文句だけで頑張ってくれている妻には、本当に感謝しているのだ。


 湯浴みを早々に済ませ、寝室に行くと、妻はテーブルにお茶やらワインやらを用意していた。

「何かお飲みになります?」

「うん。お茶を」

 ルドヴィックは火魔法で湯を温め、一度緩くなったであろう湯に空気を少しだけ入れる。その方がお茶が美味しくなる、と結婚してすぐエリーナが言ったので、そうすることにしている。いそいそとお茶を入れる妻を眺めながら、ルドヴィックは、さてどこから話そうかと悩んでいた。

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