新第5話 ライナ、力を開放する
レムーハ記 モンスター図鑑より
レムーハ大陸において、モンスターとはこのように定義されている。
すなわち、人間を積極的に襲い、スキルによる討伐を必要とする狂暴な動物。
半人半狼のワーウルフを討伐する際は、Cランクの使い手3人かBランクの使い手1人を必要とした。
「グルアアアアア!!!」
ワーウルフの突進。
目を合わせていた俺めがけ、両腕の爪を振り下ろす。
声を出す暇もない。
全力でかわす。
「…っ!!!」
爪が俺の眼前をかすめていった。
一歩間違えればそのまま首を落とされていただろう。
だが、流石にバランスを崩して尻もちを付いた。
怪我はないが、次の攻撃を回避できない。
「ウゥゥゥゥゥ…」
だが、ワーウルフは別の人間に興味が移ったらしい。
すなわち、意識を失っているライナ。
匂いを嗅ぎ、右腕で両足を掴んで宙づりにする。
「おい!!!」
俺は慌てて叫んだ。
「その立派なシックスパックは飾りか!男なら俺と戦え!」
ワーウルフは意にも介さず、笑みすら浮かべている。
人間の男性よりはるかに恵まれたシックスパックと身体能力を持ちながらー、
か弱い女性から捕食しようとしている。
それが、モンスターと人間の違いだと言わんばかりに。
「男の風上にも置けないやつ!」
俺は落ちていたこぶし大の石を拾った。
懐に入っているとある物を使えれば良かったんだが、条件を満たせそうで満たせない。
石で、強靭な肉体を持つワーウルフの弱点を狙う。
でも。
もし当たらなかったら。
ーあたしは【英雄戦士】ロザリー。あなたの飼い主よ。
ーへえ、人間の女性より身体能力高いんだ。
ーでもスキルないんじゃどうしようもないよね。
「うるせえクソ女あああああ!!!」
俺は人生で一番右腕に力を籠める。
恨みと願いを載せ、ワーウルフに石を投げた。
狙うのは、無防備な右目。
「ギャアアアアア!!!」
当たった。
ワーウルフの身体能力なら防げたはずだが、右腕でライナを掴んでいたため対処できなかった。
ワーウルフは両腕を抑えて苦しみだし、ライナは地面に落ちていく。
「危ない!」
なんとかライナを両腕でキャッチして、少し離れた木陰に下ろす。
「おい!目を覚ませ!」
声をかけるが、ライナは顔を赤らめたまま目を覚まさない。
「目が覚めたら逃げるんだぞ!分かったな!」
ワーウルフから見えないよう茂みに隠した。
「…グググググ」
振り返ると、すでにワーウルフは冷静さを取り戻しつつある。
右目から血を流しているのも意に介さず、俺に殺意を向けていた。
「いいぞその顔!それでこそ男ってもんだ!俺と勝負しようぜ!」
再び石を投げつける。
あっという間に防がれるが、一瞬時を稼げればいい。
くるりと背を向け、走り出した。
「勝負内容は、追いかけっこだ!!!」
こうして、再び命がけの逃避行が始まった。
==========
「…ここは」
胸がどきどきする。
体が、熱い。
そのまま身を休めてしまいたかったけど、恐ろしいワーウルフのうなり声を聞いて飛びあがった。
「そうだ!私、あの男にく、口づけされて…」
女性同士が親愛の証として行う口づけ。
何度か目撃したことはあるけど、ほとんどが軽く唇を合わせるだけだった。
なのに、私の初めてがあんなに荒々しくー
「って何考えてるんだ私!」
頭を振って恥ずかしい記憶を追い払う。
幸い、【木の杖】はすぐそばに落ちていた。
拾って、この後どうする?
「おい!その爪の長さ反則だろ!審判呼ぶぞ!!!レフェリー!!!」
その時、ワーウルフのうなり声と共に、誰かの声が聞こえる。
走って見てみると、どうやらワーウルフに追いかけられているらしい。
(私の唇を奪った男?)
意識を失う前の記憶や状況から考えると、私を助けてくれようとしているらしい。
「でも、私じゃワーウルフは倒せないよ…」
最底辺のCランク1人じゃどのみち叶わない。
死にたくない。
怖い。
彼に背を向け、逃げようとした。
その時ー、
ー彼を助けなければ。
ー何があっても。
ーそれが、【支配】された者の責務。
頭に声が響いた。
思考にもやがかかり、私は足を止める。
何だろう。
再びあの男の元へ向かおうとする。
「…いや、違う!」
歯を食いしばって、足を無理やり止めた。
助けるのはいい。
でも、私にはその動機がもう一つある。
(あの男性、恐らく私を助けてくれようとしている)
今回だけじゃない。
何度も倒そうとした私に口づけしたのも、恐らく私を傷つけるのを嫌ったため。
「どれだけ落ちぶれてもー」
私は【木の杖】を構えなおした。
杖の先端に、かすかに火が灯る。
いつもより、強い力を感じた。
「借りは返さなくちゃ!!!」
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「くそっ!ルール無用かよ!」
俺は、圧倒的に不利な異種格闘技戦(コンチの光景で見た)を延々と強いられていた。
「グアアアア!!!」
ワーウルフは捕食者としての冷徹さを完全に取り戻しており、かわすのが精一杯だ。
あと数十秒もすれば、俺のシックスパックを頂くだろう。
「がっ!」
いや、もう少し早くなりそうだ。
後方のワーウルフに気を取られ、前方の木に激突してしまう。
「いてててて…ちっ、潮時か」
前方の木、後方のワーウルフに挟まれ、逃走ができなくなる。
仕方なく、ワーウルフに向き直った。
「アオオオオオンンン!!!」
ワーウルフは勝ち誇った叫び声をあげる。
「なあ…」
言葉が通じるわけもないが、呼びかけた。
「今から種目をシックスパック比べに変更するってのはー」
もちろん無視。
爪を振りかざし、俺の命を刈り取りにかかる。
(ま、かっこいい男に少しでもなれたかな…)
諦めかけたその時ー、
「待ちなさい!!!」
凛とした声が、ワーウルフの腕を止める。
ライナだ。
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ワーウルフが私に向き直る。
「ウゥゥゥゥゥ…」
明らかに喜びを含んだうなり声を上げた。
もともと、ワーウルフは女性を好むモンスターなのである。
「ウグルアアアアア!」
当然ながら、地面を荒々しく踏みしめ、一気に飛びかかってきた。
いつもの私なら、泣いて逃走していただろう。
でも、負けない!
【ファイア】とは違う別のスキルが私に宿っているのを感じる。
呼吸を整え、その名前を唱えた。
「【フレイム】!!!」
いつもよりはるかに大きく強力な奔流。
制御に苦労するも、なんとか狙いを定める。
狙うのはー、
ワーウルフの顔!
「…!」
ワーウルフは声も上げなかった。
炎で、頭部が跡形もなく吹き飛ばされたからだ。
私を切り裂かんとした両腕が、寸前で止まる。
足が完全に止まり、倒れた。
「やった…」
そしてー、
私も倒れた。
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「大丈夫か?」
「ん…」
しばらくライナを抱えて声を掛けていると、ほどなくして目覚めた。
「あっ…」
ライナの体が少し震える。
「おっとすまん。怪我はないようだな。立てるか?」
「…ええ」
ライナは、少しふらつきながらも立ち上がる。
「助けてくれたのは礼を言う。あなたのやりたかったことも理解できた」
「いや、俺も助けてもらったしな」
「でも…」
そしてー、
「私の初めてをいきなり奪うなんてどういうことよ変態!!!」
【木の杖】を俺に構えた。
顔をこれまで以上に真っ赤にしている。
「いや待て!それしか選択肢がなかったんだ!」
「嘘よ!おそらく私の口をふさぐとかでも良かったはず!」
「…何故わかる?」
「あなたのく、唇に触れたとき、なんとなく分かったの!」
「そういう効果もあるのか…いや、何かこう男の血が騒いだっていうか、本当にすまん!」
「ぐぬぬぬぬ…」
ライナは俺をジト目で睨んでいたが、ため息を付いて【木の杖】を下ろす。
「…私はあなたを全力で倒そうとしたし、あなたは私を2度助けた。強く責めるのは良くないわね」
「あ、ああ」
「それで、私は今どういう状態なのよ」
「…【完全支配】されました」
「どういうこと!?」
「…言うことをなんでも聞くって感じです」
「し、証明しなさい!」
「いや、申し訳ないっていうかー」
「いいから!!!」
どうやら引いてくれないらしい。
やるしかなさそうだ。
比較的穏便な方法で、【支配】を分かりやすく証明する方法。
あれしかないか。
「本当に、いいんだな?」
「ええ!」
「分かった。行くぞ…」
「ライナ!!!【ジャンピング土下座】だ!!!」
「いや、私がそんなことするわけーってえええええ!?」
ライナは突然走り出す。
「えええええ!?」
そして、両腕を前に出し、海に飛び込むような姿勢でジャンプ!
「えええええ!?」
滞空して数秒後、見事に着地し、土下座体制に移行!
「えええええ…」
そして、見事な土下座を遂げた!!!
これぞレムーハ大陸に伝わる最上級の謝罪法ー
【ジャンピング土下座】だ!!!
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次回予告
第6話 ドミーとライナ、ワーウルフを食べる
「とりあえず飯にするか!」
ドミーはライナをもてなします。
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