終末世界に生きる少年は左手にイカヅチを宿す
かんな
第0話 プロローグ
人類社会に終焉が訪れたのはいったい、いつなのか、何故なのか。
人々の口から、様々な噂が上がっては消えていく。
ありえそうなものから眉唾ものまで。
多数の国々が関わる大戦争とか、何らかの感染症のパンデミックが起こったとか。
地震や津波、火山の噴火、気温の急激な変化などの天変地異ならば大人しい方だ。
果ては宇宙人からの侵略兵器の仕業だとか。
あるいは怒れる神が、驕る人類に粛清の鉄槌を下しただとか。
それらの何処が出どころかも定かでない噂も、浮かんでは消え、流れては消える。
噂で腹は膨らまない。
何十年、あるいは何百年かは分からないが。
そんな昔の真実などで、失った「モノ」は取り返せない。
死人は蘇らず、脅威が去りはしない。
その日の食べ物すら、明日の命すら危うい者たちにとっては、そんなことよりももっと大事なことが山ほどある。
荒廃したこの世界を生きる今の人類には、様々な脅威がうごめいている。
一歩でも町を、必死に築き上げてきた頑丈な壁を越えれば、そこには無数の過去の残骸たち。
大小様々な建築物が、荒れた姿で立ち続ける。
崩れ、折れ、樹木が絡みつき、苔に覆われてもなお、その威容を誇っている。
その陰には数多の無法者、動物兵器の成れの果て、暴走する機械兵器たちが潜む。
それら多くの脅威を討伐し、おのれの糧とする強者もいるが、やはり食い物にされる弱者たちは数多い。
そんな世界でも人は、かつての栄華を失おうとも必死に日々を生きている。
町を作り、壁を作り、畑を広げ、家畜を世話し、武器や装備を身にまとい、火器を搭載した頑丈な車両に乗り込み、過去の遺物を活用し、少しづつ生存圏を広げ、守っている。
その陰に無数の死体が積み重なっていようとも、これからどれだけ積み重なろうとも人類の歴史は続いている。
まだ、かろうじては。
だが、その人々の営みの中には、やはり上下が存在する。
その下に当たるものたちの内、スカベンジャー、残骸漁りと呼ばれる者たちがいる。
脅威や強者の目を盗み、廃墟の陰から影へと身を潜め、隙間に潜り込む。
過去の残骸から僅かな物品を引っ張り出し、遺物をかき集め、意味や価値も知らずに二束三文で売り払う。
学もなく、金もなく、家もなく、あるのは痩せ細った体とその身に纏うボロボロの衣服だけ。
そんな者たちに属する、そんな一人の少年のお話し。
そこから抜け出そうと藻掻く、そんなどこにでもいる、とある少年のお話し。
ドカドカとブーツの足音を響かせながら、町の門から警邏隊が外に出ていく。
青年がその横を通りながら、町に入って行った。
その青年の隣には、一人の少女が連れ添っている。
青年は、黒髪に黒目。
少女は、白髪に赤目。
青年は左腕を甲冑の様なもので覆い、背中に散弾銃を背負っている。
少女は左目に黒い革の眼帯を付け、背中にライフルを背負っている。
そんな二人が町の雑踏を歩く。
メインストリートを歩く青年の鼻を、道の両脇に並んだ露店から香る食べ物の匂いがくすぐった。
「なあ、ナナ」
そういって青年は少女を見た。
「シモン、だめ」
ナナと呼ばれた少女は、青年を見ることなく一蹴する。
無表情で、一言でばっさりと切り捨てられたシモンと呼ばれた青年は、がっくりと肩を落とし、右手で腹をさすった。
ふと、前方の路地の陰に誰かが座り込んでいるのに気付いた。
そこには一人の少女が、シモンと同じように腹をさすり、下を向いている。
「…」
ボロボロの衣服に、少し頬がこけている。
それを見たシモンは何気なくポケットに手を入れ、そこに入ったものを握りこんだ。
その少女の前を通る時、ポケットから手を出す際に思わず力が抜けてしまう。
「おっと」
そんな声を上げながら、手からスルリと落ちたもの。
それが足元で跳ね、キンと澄んだ音と共に、少女の前に転がる。
「…っ!」
少女は一拍遅れて気付き、素早くソレを両手で受け止めた。
手を開いたそこには、一枚の硬貨が。
露店の安い食べ物を買うなら十分な額。
すぐに顔を上げて硬貨の送り主を探すが、目の前にあるのは少女を無視して流れる雑踏だけだった。
「シモン…」
少し離れた位置を歩いていた二人。
ナナが無表情で、抑揚のない声で隣の青年へと言葉を投げる。
非難しているのか、していないのか分からないが、シモンはバツの悪そうな表情で言い訳した。
「いや、俺も昔…ナナに会う前に同じようなひもじい思いをしたことあったからさ…」
そう言って謝るシモンは、ナナの表情を変えずにこちらへと視線を送る顔を見返す。
彼女に会った日。
そのきっかけとなった、あの日を思い出しながら。
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