第50話 デートは唐突に②


     ◇


 外に出て。


「ごめんなさい」


 二人きりになった途端、黎はいきなりそう言った。


「謝ってもらってもな」


 答えて、俺は頭を掻く。


「そりゃあさ。お前、けっこうな美人だし、デートに誘われて悪い気はしないけど」

「光栄ね」


 くすりと、黎が笑う。


「てか結局、何か目的でもあるのか?」

「言ったように、あなたにこの町を案内して欲しいだけ。二人きりは、初めてでしょう?」

「それだけか?」

「ええ。こうしてお弁当も作ってみたの」


 そう言って、ひょいと持っていた包みを見せる黎。


「柴城所長に頼んで、事務所の炊事場を使わせてもらったの。この国の一般的な料理はよく知らないから、所長にも手伝ってもらって。……いい人ね」


 まあ、確かに所長はいい人だけどさ。


「それで、できて待っていたのだけど……なかなか真斗は来てくれなくて。見かねて、九曜さんが」

「俺を起こしに来たってわけか」

「そう」


 なるほどな。


「あいつ、かなり機嫌悪そうだったけど。それにお前、あいつと喧嘩……したわけじゃねえけど、何つうか」


 茜のやつ、かなり険悪になってたし。


「大丈夫よ……九曜さんとなら。今回のことをすすめてくれたのも、実は彼女なんだから」

「茜があ?」


 思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。

 あいつ、またなんでそんなことを。


「とりあえず、わたしのことを認めてくれたのだと思うわ。だから、一緒に」

「うーん……。でもさっきもずうっと、俺のこと睨んでたぞ」

「それは」


 また、黎が笑う。


「東堂……さん? だったかしら。あの人が怒った理由とよく似ているんじゃないかって、思うけど」


 そーいや思いっきり、胸倉掴まれたよな。

 東堂さんは、黎に一目惚れ状態で、つまるところ嫉妬のよーなもので……。

 茜も同じ理由って。


「ま、まあいいけどさ」


 俺は思考を打ち切った。

 何ていうか、信じられんし。


「で?」

「え?」

「だから。どこ行きたいとか、要望は?」

「そうね……。本当は静かな所がいいけれど、どうせだから、人の多い賑やかな所にも行ってみたいわ」

「また漠然としてるな……。具体的に、ここに行きたいとか」

「前もそうだったけど、わたしはこの町のことはよく知らないの。歴史のある町、くらいにしか。だから真斗に任せるわ」

「ふむ」


 まあ、それはそうだろう。

 観光目的で京都に来たんだったら、事前に色々と行きたい所なんかを調べておくんだろうけど、こいつの場合、目的は観光じゃないしなあ……。


「じゃあとりえず」

「うん」

「腹がへったし、食べていいんだったら、それでまず腹ごしらえをしたい」

「……お弁当?」

「おう」


 頷くと、どうしてだかちょっとだけ困ったような顔になる。

 黎にしてみれば、珍しい表情。


「……あまり、自信ないのだけど」

「じゃあ採点も兼ねて」

「もっと嫌よ」

「むう……」


 恥ずかしがっている、というのは分かるけど、それじゃあ食えないぞ。


「とりあえず、飯の食えそうな所まで行こうぜ。適当に静かな所知ってるし。まずはそこからってことで」


 俺の提案に、とりあえず黎は頷いた。


「またバスで?」

「それでもいいけど……待ち時間、勿体無いだろ。それに混んでるし。単車でどうだ?」


 今回は二人きりだから、後ろに乗っけることもできる。

 俺はこっちの方が慣れてるし、気疲れしないしな。


「いいわ……任せる」


 もう一度、黎は頷いた。


     ◇


 というわけで。

 俺たちがやって来たのは、大学よりもさらに北にある、上賀茂かみがも神社。


 ここには開けた場所があって、まあちょっとしたピクニック気分になれる。

 人も意外に少ないし。


「……こんなところもあるのね」


 しみじみと、黎がつぶやく。


「まあな」


 頷いて、俺は適当に腰を下ろした。


「北から南に向かって俺の知ってるところを順番に案内してやるよ。スタートは、とりあえずここからってことで。鞍馬くらまなんかもいいとこだけど、あんまり欲張ると時間がなくなるからな」


 で、だ。

 まずは腹ごしらえ。


「ここで?」

「おう」

「……そう」


 頷いて、そこはかとなくおずおずと、黎はそっと弁当を差し出してきた。


「えーっと……。開けていいのか?」

「ええ」


 了承を得たので、では早速と、俺は包みをほどいてみる。

 どれどれ。


「ほう」


 開いてみて、俺は感心して声を上げた。

 見目はいい。


 別に奇抜でも無く、ごく普通の弁当だったが、それだけに基本に忠実で、よくできていると思う。


 ウインナーがたこさんになっているのは、なかなかどうして凝っているというか何というか。


「……それね。その、そうした方がきっと真斗は感心するって」

「だーれがそんなことを?」

「所長と、九曜さんが」

「…………」


 なるほどな。

 まあとりあえず一口、と。


「……うん、まあ普通だな」

「味気ないかしら」

「まさか。これでいいんだよ。ウインナーにウインナー以上の味があるかっての」


 答えながら、別のものに箸を伸ばす。

 うん、これもなかなか。


「もしかすると、失敗する方が難しいのかしら」


 しばらく俺を眺めていた黎は、ぽつりと聞いてくる。


「うーん……。ものによるとは思うけど、この場合はそうかもな」

「そう」


 頷いて、また俺を眺めるのを再開した。

 さすがに気になって、黎を見返す。


「いや、そんな風に見られても食いにくいんだが」

「いいじゃない。せっかく作ったのだから、それを食べるところを見る権利くらい、あるはずじゃない?」

「てかお前は食わないのか?」

「わたしは……」


 なぜか、そこで一瞬言葉をつまらせる黎。


「いえ……。わたしはいいの。そんなにおなかへっていないから」

「そうなのか? 俺が腹へってたもんだから、いきなり弁当要求しちまったけど……悪かったな」


 そういや弁当も一つきりだ。最初から黎は食べるつもりが無かったってことだろうか。


「気にしないで。時間は関係ないから……わたしの場合」


 そんな言葉に、俺はふと気になった。


「お前って、ずいぶん長いこと生きているんだろ?」


 未だに信じられないが、話によれば、黎も由羅もずっと昔の人間だ。

 そして、今まで生きている。


「……どうしたの? 突然」

「いや……ちょっと気になって。お前も由羅も、そんなに長い間どうやって生きてきたんだろうなってさ。そういう力があるんだとして、だとすると飯なんかは食わなくても平気なのかな……とか。まあ色々思ってさ」


 黎の言葉を聞いて、もしかして食事なんか必要ない身体なんだろうかと、少し気になっての質問だった。

 しばらく黙っていたが、やがて黎は小さく頷く。


「そうね。あまり必要ではないわ。わたしの場合」

「ふーん……。やっぱりそうか。あいつも?」

「ユラならば、生きていくために必要とする糧など何もないわ。あれの身体は、不完全ゆえに、完全なのだから」

「はあ」

「わからないようね」


 そりゃあまあ、その通りなんだが。


「言ったでしょう? 欠陥なの。そして失敗作。だからあの子は死ねない。少なくとも、時間がユラを殺すことはできなくなったわ。呪いのようなもの」


 そう言われても、俺は首を傾げることしかできなかった。

 だってよく分からんし。


「生きているものは、ちゃんと死ぬことができるものよ。始めがあって、終わりがある。自らで選ぶことができるもの。けれどユラは、死を他者に依存するしかない。その依存する相手に支配されるのだから、その他者と在って初めて存在でいられる。けれどそんなものは、玩具の人形と同じようなもの。ユラの場合、もっと性質が悪いけれどね」

「…………」


 すらすらとそう言われても、理解しがたいのは相変わらずだった。

 そんな俺など気にした様子もなく、最後に黎は言う。


「哀れといえば……哀れなのかもしれない。それに取りつかれている、わたしも」

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