第51話 デートは唐突に③


     ◇


「前案内してもらった時も思ったけど、人の多い国なのね」


 繁華街を歩きながら、黎は少々人ごみに辟易したように、そう感想を洩らした。

 単純に、この人の多さに慣れていないといった、印象。


「場所によるって」


 隣を歩きながら、俺は答える。


「そうなの?」

「そーだよ。例えばさっき弁当食ったところなんて、そんなに人はいなかっただろ?」


 もちろん観光客の姿は適当にあったが、ここほどではない。

 というかここの人の多さは、俺だってけっこうしんどい。


 弁当を食べた後、北から南に向かって、適当な神社仏閣を案内しながらたどりついたのが、四条河原町しじょうかわらまち付近。

 この辺りは京都では、一番の繁華街である。


 色々な店があるが、それにつられてやってくる人の数も、半端じゃない。

 とはいえ今日は休日ではないから、多少はマシであるが。


「それに俺の住んでたとこなんて田舎だったから、人なんて本当少なかったぜ」


 俺みたいな田舎者は、こういう所に来ると、必要以上に疲れる。

 京都でこんななのだから、東京なんぞに行ったらもっと凄まじいのかと、時々思ってしまう。


 まだ行ったことはないけど、行ったら一発でおのぼりさんだってバレるだろうなあ……。


「ま、観光するような所なんて、だいたい人は多いもんだよ。ここもその一つだって、思っておけばいいだろ。普通に土産物屋もたくさんあるし」

「そうね。わたしも興味はあるし」


 頷いて、黎は周囲の店をきょろきょろと見回しながら、歩いていく。

 心なしか、前案内した時よりも、軽い足取りのような気がした。

 あの時と違って、由羅が一緒ではないからかもしれない。


「ところでこれからはどうするの?」


 聞かれて、俺はうーんと考え込む。

 といっても、大して考えるほどのことでもなかったが。

 この近くには、有名所が続いてるし。


「ざっと見て回ったら、祇園ぎおんの方に行ってみるつもりだ。八坂神社あるし」

「それで?」

「次は清水寺……ってとこかな。って待てよ。あそこって有料だったかな」

「ふうん……。本当にこの町、お寺や神社ばかりなのね」

「そうだよな」

「何か、特別な町なの?」

「特別ねえ……」


 いくら京都に住むようになったからといって、詳しく知っているというわけでもない。そもそも自分の地元のことだって、よく知っているわけでもないのだから。


 とはいえこの町は、確かに有名といえば有名だ。

 俺はなけなしの知識を引っ張り出してきて、答えた。


「確か京都って、ずっとこの国の都があったんだよ。その時の名残なんじゃないか?」

「今はこの国の首都って東京だけれど、あっちも多いの? そういうの」

「いや、よく知らん」


 都道府県の知名度といえば、やっぱり東京が一番なのかも知れないが、如何せん俺は行ったことがないし、縁も無い。


「けど東京って幕府があったわけだし、適当にあるんじゃないか? ここと比べてどうかって聞かれても、答えられんけど」

「……機会があったら行ってみたいわ」

「まあ、一度くらいは見とくのも悪くないかもな」


 東京といってもピンとこない俺にしてみれば、大して興味も無いけど、確かに一度くらいは見ておいてもいいかもしれない。

 とはいえ、用事でもなければ行くことなんかないだろう。

 何て考えていたら、不意に黎と視線が合う。


「?」

「連れて行ってはくれないの?」


 俺がかい。


「上田さんがいるだろーが。それに俺、行ったことないから案内なんてできねえぞ」

「……彼は駄目よ」

「なんで?」

「じきにいなくなるわ。……恐らくね」

「はあ? そりゃまたどうして」

「どうしてかしら。きっともう……時間がきたのよ。だから」


 相変わらずの意味深な物言いで、黎ははっきりとは答えなかった。

 俺にはよく分からないが、二人の間にも色々あるのかもしれない。


「そんなことよりも、もっとたくさん案内してね」


 一瞬見せていた表情を元に戻して。

 笑顔でそう、黎は誘った。


     ◇


「はあ……。さすがにちょっと疲れたな」


 ようやく到着した最後の目的地に着いて、俺は大きく息を吐いた。


「だいぶん……暗くなってきたわ」


 西の方を見やって、黎が目を細めてそうささやくのが耳に届く。

 確かに太陽は沈みかけていて、西日が眩しい。

 さすがにこの季節だと、暗くなるのが早いな。


「でもまあ、時間的にはこんなもんだろ。全部回ってたら真っ暗になっちまうだろうけど、適当なとこで引き返せばちょうどだな」


 そう言って、俺はその場所を見上げた。

 やってきたのは、京都駅よりさらに南にある、伏見稲荷。

 鳥居がたくさんあって、有名な所だ。

 何度か来た事があるけど、延々と続く鳥居の下を歩いて回るのは悪くない。


「これ……ずっと続いているの?」


 鳥居を指して、黎が聞いてくる。


「ああ。ずっとだな」

「そう……凄いわね」


 素直に、黎は感心してみせた。

 俺もそう思うけどな。


「少し登るぞ」


 そう言って、俺は先になって進んだ。


     ◇


「はー……疲れた」


 目的の所までやってきた俺は、手摺にもたれかかって遠くを見る。

 ここはまだまだ途中の場所だが、視界が開けていて、京都の町並みを遠くまで見渡せる。

 個人的に気に入っている場所だ。


「どうだ? けっこう見晴らしがいいだろ?」

「そうね……」


 隣にやってきた黎は、頷いて、同じように遠くを眺めやる。


「清水寺なんかでも見えただろうけど、こっちの方が落ち着いて見られるしな」


 時間帯のせいもあるだろうが、あそこに比べてここは、人の姿はほとんどない。

 今までずっと人の多い所にいたせいもあってか、妙に落ち着けた。


「良いところ、知っているのね」


 満足そうに、黎は言う。


「悪いところではないっていう自信はあるけどな」


 とはいえいくらここに住み始めたとはいえ、隅から隅まで完璧に知っていて、把握しているわけじゃない。

 俺が行ったことがあって、そこそこに良かったと思える場所を案内しただけだ。

 きっとまだまだ、いいところというのはたくさんあるのだろう。


「お前はどうなんだ?」


 何となく、俺は聞いてみた。


「え?」

「だから、いいところ。ずっと生きてたんだろ? だったら俺なんかよりもずっと……知ってるんじゃないのか?」


 もっともそれは異国の話になるだろう。

 それでも興味はある。


「さあ……わたしはあまり知らないの」


 苦く笑うように、黎は答える。


「そうなのか?」

「わたしはね。人生のその大半は、引きこもっていたから。情報として常に周囲のことは把握していたけれど、そういう感傷に浸れるような場所は、心得てはいないわ。つまらない女だと……思うでしょうけれど、ね」


 自嘲といえば、それは自嘲のようにも見えた。

 僅かとはいえ、自らを恥じるかのように。


「お前」

「千年……二千年。今見える風景、町、山、川……。それらはいつからそこにあったのかしら。たとえ千年前からそこにあったとして、ここから今見えるものと、同じだったのか。……答えは否。きっと、少しでも何かが変わっていると思う」


 独白するように、黎はつぶやいた。


「わたしだって、少しは知っていた。お兄様と歩いた場所、妹たちと遊んだ場所……。どれも素敵な思い出だったと思うわ。でも今は、何一つ残ってはいない」

「思い出も?」

「ええ、そう。今となっては苦い思い出に過ぎないわ」


 なぜ黎がそんな風に言うのか。

 それは、あいつのことがあるからだろう。


「お前、さ」


 遠くを眺める黎の横顔を見ながら、俺は聞いた。


「結局……どうしたいんだ?」

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